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帝国最強の騎士の稽古は厳しい

「勇者さんヨォ、アドルフが謹慎になってるのって、お前のせいだからな?」


「こういった処罰が、全部貴族の評判に繋がるんですよ。知ってましたか?」


「なんとか言えよ、おい」




練兵場の入り口で、2人の騎士が僕の行先を塞いでいる。ここ最近はずっと他の騎士にも疎まれている。物がなくなるのはよくあることで、もう荷物は練兵場に持っていくことにした。騎士達と模擬戦も始めたが、かなりいたぶられている。


でも、僕自身の弱さのせいで死にかけたのに、それでアドルフが処分を受けたのには申し訳ないと思っている。




「ごめん、なさい……! 僕が弱いせいでアドルフが処罰を受けて。以後気をつけます」


「弱いだけで、あるのは潔いさぎよさだけですね」


「……」


「じゃ、この後、剣の練習相手を私たちがするので、ちゃんと強くなってくださいね」




そこにローランが来た。




「ごめんね、2人とも。ぼく、この後ファウストと練習する予定なんだ。また今度でもいいかな?」


「ちっ」


「……仕方ないですね」




2人は僕を睨んで去って行った。




「ありがとう、ローラン」


「いいよ、気にしないで。それよりもあの2人、やな感じだな……」


「仕方ないさ。僕が悪いんだし」


「うん……じゃあ切り替えて訓練しよ?」


「そうだね」




この世界に来て一週間が経つ。僕はある程度剣を扱えるようになり、レベル10前後のオークを倒せるようにはなった。ローランの指導のおかげだ。的確に、分かりやすく丁寧に教えてくれる。


緊張していたのは初めだけで、要領さえ掴めれば慣れてきた。




「他の騎士はああ言ってるけど、ファウストは飲み込みが早い方だよ。普通の騎士見習いならオークを1

人で倒せるまでにもっと時間がかかるけど、もう倒せたもん。すごいね!」


「いや、まだまだだよ。勇者ならこんなの倒せて当たり前だって。もっと強くならないと」




オークを倒せたくらいで喜ぶことはできない。頑張ってはいるけど、まだまだ足りない。この調子じゃいつまで経ってもバカにされ続ける。




朝起きて訓練、沐浴してご飯を食べて、モンスター狩り、帰って晩ご飯を食べてまた訓練して寝る。単調なリズムでそれの繰り返しで、あまり面白くない日常生活だ。




今はローランといつもの定食屋でお昼を食べている。




え!? なんだアレは?


鏡の中で絵が動いていて、音楽が流れてくる……




「ねぇ、あれって何? あの動く鏡みたいなのは……」


「そっか、ファウストはまだ見たことがなかったね。あれは放送用の魔法鏡だよ。連絡用と違って、今は子供向けに神聖教の物語の演劇を放送してるんだよ。この時間は見習いの子供でも休憩時間だからね。文字の読めない人に向けても新聞が読み上げられるよ」


「あれが魔法鏡か。初めて見た」


「おう、兄ちゃん、気がついたか。俺もとうとう魔法鏡を買っちまったぜ! これで客足も増えるってもんだな!」




はっはっはと笑う。




「でもそれっていつでも向こう側にいる人に見られることにはならないの?」


「そうはならねぇよ。そんな監視されてるみたいなこと言うなよな。魔法道具はいいもんだぜ」


「帝都の貴族地区はもっとすごいよー。夜も魔法灯のおかげで暗くならないし、夏も冬もとても快適に過ごせるよう、空気を調整する魔法道具まであるんだから」


「貴族様はいいよなぁ。でも最近は俺たち庶民でも魔法道具が使えるようになってきたからな。この国にいてよかったぜ! まだ普及してない国も多いってのに」


「へぇ。魔法道具ってすごいんだ」




僕は魔法鏡から流れてくる劇よりもローランの頼んだ定食の多さに目が奪われてしまう。彼の腹ペコキャラはいつものことだが、今日は特に多い。




「それにしても……ローランって食欲旺盛だよね。その小さい体にこんな量のご飯……どこに入ってるんだよ」


「もう、恥ずかしいよー。騎士ならこのくらいいっぱい食べないと!」


「いやぁ嬢ちゃん、良い食いっぷりだなぁ。はい、追加の肉!」




いや、ローランは男だけどね?


2人で目を合わせて笑いを堪える。ローラン、少し照れてるな。


僕たちは黙って今はそういうことにしておく。




「魔法鏡を買ってもこの時間帯は暇だからなぁ。嬢ちゃんのおかげで赤字にならずに済むぜ。ああそうだ、兄ちゃんは騎士だろ? 他の騎士さんも連れて来てくれよな! サービスするぜ!」


「大勢で来てくれた方が儲かるってことだね。うーん、また考えておくね」




ローランが僕に代わって返事をする。


他の騎士との仲はあんまりよくないからなぁ……魔女だったら良い人数補充になるかな?




「そうだ、ローランの奴隷魔女は連れて来ないの? もっと売り上げに貢献できるじゃん」




店主とローランを取り巻く空気が変わった。何かまずいこと言ったかな?




「……」


「……それは……ここは魔女の立ち入りが禁止されてるからね。無理なんだ」


「そうなんだ」


「そうそう。兄ちゃん、冗談きついぜ。そんなんされたら誰も寄り付かなくなっちまわぁ。それに騎士にとって魔女は家畜同然だろ?」




はっはっはと店主は動揺した素振りも見せず剛気に笑い、またすぐにいつもの調子に戻った。




こんな感じで、僕は至ってごく普通の日常生活を送っていた。


刺激が足りないというわけでもない。毎日、一応は命のやり取りをしているし、騎士達からは皮肉を込められた会話をする。


けど、つまらない。つまらなさすぎる。


ずっと城にいると、この国がやばいだとか、世界の危機だとか、正直言ってあまり実感がない。




繰り返す。




ペストとか言う流行病で大勢の人が死んでいるとか、銀の価値が下がって物価が高騰しているだとか、農民が領主に対して偉そうだとか、ハッキリ言って全く実感が湧かないんだ。


勇者の僕が言うのもなんだけど、自分とは関係がないように思う。こんなのだから騎士に嫌がらせをされるのかもしれない。


でも、実は連中も同じ気持ちだろう。


だから彼らが僕に嫌味を言うのだって無理もない。つまらない業務、変わらない毎日の生活で溜まった憂さ晴らしか何かは必要だろう。




リーダーなんだ。彼らの欲していたのは、カリスマ的リーダーだ。


あらゆる問題を解決する圧倒的な英雄を求めているんだ。


そのために英霊を復活させたのに、出てきたのはこの僕だからな。身に余る期待にこの結果じゃ、嫌味の1つや2つは仕方がない。






ディスアキア皇女が僕に話しかけてくる。




「ねぇ、勇者のキミ。ボクと一緒に魔女狩りに行かない?」


「え、魔女狩りですか……?」




そうして皇女のパーティーに誘われ、魔女狩りにも参加するようになった。勇者見習いから昇進したってことかな?


メンバーは皇女、寡黙で厳粛な面持ちの神官サヴォナローラ、その他魔女と僕だ。




やはり、皇女は強かった。普通の魔女狩りでは乱戦になり、生け捕ることはかなり難しいらしいが、皇女は必ず捕縛するほどの実力があった。そのため僕の出る幕はなく、道中のモンスターを狩る程度にしか貢献できていない。




帝都に帰る途中、今日はディスアキア皇女と一緒の馬車に乗っている。


すると唐突に話しかけられた。




「ねぇ、キミ弱過ぎるから、ボクが剣を教えてあげようか? そろそろ魔女狩りも本格化するし。それに、父上達も困ってるようだし」




え、アレで本格的じゃなかったの……?




でも、確かに僕は弱すぎる。早く強くなって魔王軍との戦いに備えないといけない。身に余る期待に応える為には訓練して強くならないといけない。そして、いつか騎士達を見返してやろう。


皇女の気遣いはとてもありがたいことだ。




「は、はい。よろしくお願いします」


「じゃあ、今日晩ご飯食べたら練兵場でね」




それから、朝はローランと剣の稽古、夜は皇女とのレッスンの日々が始まった。




初めてのディスアキア皇女との剣と体術の稽古は、悲惨だった。




「まずは体術からだ。さぁ、かかっておいで」


と何も持たずに僕にそう言い放つ。




えっと……僕は真剣を持ってるんだけど……?


いくら彼女といえども、さすがに危ないと思う。


しかも女の子に向かってこれは、ないだろ。




「でも、僕は男で真剣で、君は女の子で丸腰だ」




一瞬で練兵場が静まりかえった。




「ぷっ、ふははははははは! いーひひひひひひっひ!」


彼女は急に笑い出した。




「ちょ、何笑って――、」




「ねぇ、本気で言ってるのかい?」




目の色が変わった。


声も怖い。


まずい、怒らせてしまったか?




すると彼女が消えた。


文字通り、いなくなった。


と思った刹那――、




「鈍にぶい」




僕の背後で、声がした。




え……




いつ後ろに回ったんだ……?




急に両足がなくなったかのような錯覚に襲われ、瞬きすると練兵場の天井が視界に映った。遅れて頭痛に襲われ、背中に痛みが走る。




「――いっ!?」




僕はそのまま剣を奪われ、地面に転がっていた。受け身すらもとる暇がなかった。




「痛って……」


「痛い? 今、痛いって言った?」




ディスアキア皇女の顔が僕の視界に入り、逆光で暗い影を落とす。倒れた勢いで土埃が舞っていて、目に入らないよう細めた。




――今のは? 全く見えなかった……




「キミ、何してるの?」


「……何って」


「いつまでへたり込んでるんだって聞いてるんだ」




はっ――、


そう言われてすぐに立ち上がる。


戦場だったら、死んでいた。


「キミはボクの心配をする余裕は無いハズだけど」


「すみませんでした」




僕は悟った。真剣をもってしても埋まらないこの実力の差を。


そして再度投げ倒される。




「頭を守って、剣を離すな!」


「はい!」舌を噛んだ。




「だから剣! 初心者は剣がないと戦えない。絶対に落とすな!」


「はい!」




その後、僕は何度も、何度も何度も何度も何度も投げ飛ばされた。




頭部を打つことは絶対に避けなければならない。


打ち所によればそのまま死ぬこともあるし、最も意識を失う可能性が高く、それも即ち死を意味するからだ。




だからって受け身を取り続けていると、目も回るし、今度は受け身を取る身体の部位が痛んでくる。主に足の指と足の裏から側面、そして何より、腰にもくる。投げられる時に生まれる遠心力のせいで、脳にだって衝撃は伝わっていて頭痛がして目眩めまいもくる。



「うぅ……」




震える唇から思わず漏れた呻きうめき声は醜く、弱々しい。


腰の大部分がもう変色しているはずだ。さっきからべとりとした感触がある。触ると腰の皮膚から何かが飛び出て来そうな程痛む……


もう、立てない……




「はやく立つんだ。立って構えろ!」




もう無理だ、痛い。本当に痛い。痛すぎる。


痛みに耐えられず、さっきから涙が流れっぱなしだ……




「立つんだ。キミは男だろ」


「もう足が、腰が、砕けそうに痛いんです……少し休憩してもいいですか?」


「だめだ。さっきも休憩はした。始めてまだそんなに時間も経ってない」




ディスアキア皇女は嘆息たんそくするも、厳しく続ける。




「キミには時間がないはずだ。勇者のキミには、少しでも早く魔王軍に立ち向かってもらわないといけないんだ。悠長に休んでいる暇なんてないはずだよ」




そうだ、僕は勇者なんだ。


でも、僕には普通の人と違う点なんてないんだ。


ただメフィストに送られてきただけで、この世界の住人が望んだ勇者の英霊でもなんでもないんだ。




投げられれば痛いし、骨だって普通に折れる。


その痛みに悶もだえるし、涙も出る。


モンスターを前にすると震えが走り、逃げ出したくなる。


まだこの世界に来てから1週間ちょっとしか経ってないけど、すでに何回か死にかけた。




「キミ、本当に男なの?」




女性であるディスアキア皇女は僕にそう問う。




「男なら立て! 立ちあがって戦え!」


「もう、無理です――僕は、僕は普通の人間なんです! 僕は英霊じゃない! 望まれた勇者なんかじゃない! ただの、人間なんです……」




「キミが誰で、どんな所から来たのかは知らない」




うずくまっている僕に、皇女は冷たく言い放つ。




「でもこの世界は弱肉強食の世界だ。キミも実感したはずだ。強いものが正義で、弱いものが悪だ。強いやつだけがホンモノになれ、弱いやつはニセモノになるしかない。キミはこれから、理不尽なほどに強い敵を相手にすることになる。ボクでも勝てるかわからない相手と戦うことになるんだ。キミが勇者としてこの世界に来た以上、それは確定事項だ。逃げるなんて許されない」




なんで逃げちゃダメなんだ。


なんで僕がやらなきゃいけないんだ。




そう思ったが、メフィストに握られた心臓が、魂が憶えている。記憶がなくても憶えているんだ――長い長い年月を苦痛と憂鬱で過ごしてきた痛みを。


もう嫌だと言っている。


もうあの絶望には耐えられないと訴えている。


死んでも死ねない、また送り返され別の物語を見せ続けないといけない、あの拷問の時間を。


自由になりたいなら、この世界で足掻かないといけない。


それが、贖罪だから。それが契約だから。


そういうことか……慣れてきたと思ったら、また次の試練か……






「このまま魔王軍と、強敵と戦えば間違いなくキミは死に、世界は滅ぶ」




ディスアキア皇女が僕の後ろ襟を乱暴に掴んで顔を上げさせる。




「男は、この世界では強くないと生き残れない。待つのは死のみだ。男なら強くなるんだ。女は、強くなる資格すら与えられていない。キミはその資格を放棄するのかい?」




この世の真理を語る、くもりのない瞳に真っ直ぐに見つめられる。




「無理でも、無理をするんだ。限界を突破しろ」




鬼だ。


皇女にはツノが生えているんじゃないか?




そんな精神論では無理をできないやつだから、僕はメフィストに記憶を消してもらったと思うんだが。




でも、やるしかない。


涙を拭う。


覚悟を決めて、立て。




そうして、僕はまた投げ飛ばされ続けた。




もう、逃げ出そうかな……そう思ったことは、実は毎日何回もあった。


何度も心が折れそうになった。実際、幾度も立ち止まった。


でも、今逃げても、もっと酷い未来が待っている。


「勇者さんヨォ、アドルフが謹慎になってるのって、お前のせいだからな?」


「こういった処罰が、全部貴族の評判に繋がるんですよ。知ってましたか?」


「なんとか言えよ、おい」




練兵場の入り口で、2

人の騎士が僕の行先を塞いでいる。ここ最近はずっと他の騎士にも疎まれている。物がなくなるのはよくあることで、もう荷物は練兵場に持っていくことにした。騎士達と模擬戦も始めたが、かなりいたぶられている。


でも、僕自身の弱さのせいで死にかけたのに、それでアドルフが処分を受けたのには申し訳ないと思っている。




「ごめん、なさい……! 僕が弱いせいでアドルフが処罰を受けて。以後気をつけます」


「弱いだけで、あるのは潔いさぎよさだけですね」


「……」


「じゃ、この後、剣の練習相手を私たちがするので、ちゃんと強くなってくださいね」




そこにローランが来た。




「ごめんね、2人とも。ぼく、この後ファウストと練習する予定なんだ。また今度でもいいかな?」


「ちっ」


「……仕方ないですね」




2人は僕を睨んで去って行った。




「ありがとう、ローラン」


「いいよ、気にしないで。それよりもあの2人、やな感じだな……」


「仕方ないさ。僕が悪いんだし」


「うん……じゃあ切り替えて訓練しよ?」


「そうだね」




この世界に来て一週間が経つ。僕はある程度剣を扱えるようになり、レベル10前後のオークを倒せるようにはなった。ローランの指導のおかげだ。的確に、分かりやすく丁寧に教えてくれる。


緊張していたのは初めだけで、要領さえ掴めれば慣れてきた。




「他の騎士はああ言ってるけど、ファウストは飲み込みが早い方だよ。普通の騎士見習いならオークを1

人で倒せるまでにもっと時間がかかるけど、もう倒せたもん。すごいね!」


「いや、まだまだだよ。勇者ならこんなの倒せて当たり前だって。もっと強くならないと」




オークを倒せたくらいで喜ぶことはできない。頑張ってはいるけど、まだまだ足りない。この調子じゃいつまで経ってもバカにされ続ける。




朝起きて訓練、沐浴してご飯を食べて、モンスター狩り、帰って晩ご飯を食べてまた訓練して寝る。単調なリズムでそれの繰り返しで、あまり面白くない日常生活だ。




今はローランといつもの定食屋でお昼を食べている。




え!? なんだアレは?


鏡の中で絵が動いていて、音楽が流れてくる……




「ねぇ、あれって何? あの動く鏡みたいなのは……」


「そっか、ファウストはまだ見たことがなかったね。あれは放送用の魔法鏡だよ。連絡用と違って、今は子供向けに神聖教の物語の演劇を放送してるんだよ。この時間は見習いの子供でも休憩時間だからね。文字の読めない人に向けても新聞が読み上げられるよ」


「あれが魔法鏡か。初めて見た」


「おう、兄ちゃん、気がついたか。俺もとうとう魔法鏡を買っちまったぜ! これで客足も増えるってもんだな!」




はっはっはと笑う。




「でもそれっていつでも向こう側にいる人に見られることにはならないの?」


「そうはならねぇよ。そんな監視されてるみたいなこと言うなよな。魔法道具はいいもんだぜ」


「帝都の貴族地区はもっとすごいよー。夜も魔法灯のおかげで暗くならないし、夏も冬もとても快適に過ごせるよう、空気を調整する魔法道具まであるんだから」


「貴族様はいいよなぁ。でも最近は俺たち庶民でも魔法道具が使えるようになってきたからな。この国にいてよかったぜ! まだ普及してない国も多いってのに」


「へぇ。魔法道具ってすごいんだ」




僕は魔法鏡から流れてくる劇よりもローランの頼んだ定食の多さに目が奪われてしまう。彼の腹ペコキャラはいつものことだが、今日は特に多い。




「それにしても……ローランって食欲旺盛だよね。その小さい体にこんな量のご飯……どこに入ってるんだよ」


「もう、恥ずかしいよー。騎士ならこのくらいいっぱい食べないと!」


「いやぁ嬢ちゃん、良い食いっぷりだなぁ。はい、追加の肉!」




いや、ローランは男だけどね?


2人で目を合わせて笑いを堪える。ローラン、少し照れてるな。


僕たちは黙って今はそういうことにしておく。




「魔法鏡を買ってもこの時間帯は暇だからなぁ。嬢ちゃんのおかげで赤字にならずに済むぜ。ああそうだ、兄ちゃんは騎士だろ?

他の騎士さんも連れて来てくれよな! サービスするぜ!」


「大勢で来てくれた方が儲かるってことだね。うーん、また考えておくね」




ローランが僕に代わって返事をする。


他の騎士との仲はあんまりよくないからなぁ……魔女だったら良い人数補充になるかな?




「そうだ、ローランの奴隷魔女は連れて来ないの? もっと売り上げに貢献できるじゃん」




店主とローランを取り巻く空気が変わった。何かまずいこと言ったかな?




「……」


「……それは……ここは魔女の立ち入りが禁止されてるからね。無理なんだ」


「そうなんだ」


「そうそう。兄ちゃん、冗談きついぜ。そんなんされたら誰も寄り付かなくなっちまわぁ。それに騎士にとって魔女は家畜同然だろ?」




はっはっはと店主は動揺した素振りも見せず剛気に笑い、またすぐにいつもの調子に戻った。




こんな感じで、僕は至ってごく普通の日常生活を送っていた。


刺激が足りないというわけでもない。毎日、一応は命のやり取りをしているし、騎士達からは皮肉を込められた会話をする。


けど、つまらない。つまらなさすぎる。


ずっと城にいると、この国がやばいだとか、世界の危機だとか、正直言ってあまり実感がない。




繰り返す。




ペストとか言う流行病で大勢の人が死んでいるとか、銀の価値が下がって物価が高騰しているだとか、農民が領主に対して偉そうだとか、ハッキリ言って全く実感が湧かないんだ。


勇者の僕が言うのもなんだけど、自分とは関係がないように思う。こんなのだから騎士に嫌がらせをされるのかもしれない。


でも、実は連中も同じ気持ちだろう。


だから彼らが僕に嫌味を言うのだって無理もない。つまらない業務、変わらない毎日の生活で溜まった憂さ晴らしか何かは必要だろう。




リーダーなんだ。彼らの欲していたのは、カリスマ的リーダーだ。


あらゆる問題を解決する圧倒的な英雄を求めているんだ。


そのために英霊を復活させたのに、出てきたのはこの僕だからな。身に余る期待にこの結果じゃ、嫌味の1つや2つは仕方がない。






ディスアキア皇女が僕に話しかけてくる。




「ねぇ、勇者のキミ。ボクと一緒に魔女狩りに行かない?」


「え、魔女狩りですか……?」




そうして皇女のパーティーに誘われ、魔女狩りにも参加するようになった。勇者見習いから昇進したってことかな?


メンバーは皇女、寡黙で厳粛な面持ちの神官サヴォナローラ、その他魔女と僕だ。




やはり、皇女は強かった。普通の魔女狩りでは乱戦になり、生け捕ることはかなり難しいらしいが、皇女は必ず捕縛するほどの実力があった。そのため僕の出る幕はなく、道中のモンスターを狩る程度にしか貢献できていない。




帝都に帰る途中、今日はディスアキア皇女と一緒の馬車に乗っている。


すると唐突に話しかけられた。




「ねぇ、キミ弱過ぎるから、ボクが剣を教えてあげようか? そろそろ魔女狩りも本格化するし。それに、父上達も困ってるようだし」




え、アレで本格的じゃなかったの……?




でも、確かに僕は弱すぎる。早く強くなって魔王軍との戦いに備えないといけない。身に余る期待に応える為には訓練して強くならないといけない。そして、いつか騎士達を見返してやろう。


皇女の気遣いはとてもありがたいことだ。




「は、はい。よろしくお願いします」


「じゃあ、今日晩ご飯食べたら練兵場でね」




それから、朝はローランと剣の稽古、夜は皇女とのレッスンの日々が始まった。




初めてのディスアキア皇女との剣と体術の稽古は、悲惨だった。




「まずは体術からだ。さぁ、かかっておいで」


と何も持たずに僕にそう言い放つ。




えっと……僕は真剣を持ってるんだけど……?


いくら彼女といえども、さすがに危ないと思う。


しかも女の子に向かってこれは、ないだろ。




「でも、僕は男で真剣で、君は女の子で丸腰だ」




一瞬で練兵場が静まりかえった。




「ぷっ、ふははははははは! いーひひひひひひっひ!」


彼女は急に笑い出した。




「ちょ、何笑って――、」




「ねぇ、本気で言ってるのかい?」




目の色が変わった。


声も怖い。


まずい、怒らせてしまったか?




すると彼女が消えた。


文字通り、いなくなった。


と思った刹那――、




「鈍にぶい」




僕の背後で、声がした。




え……




いつ後ろに回ったんだ……?




急に両足がなくなったかのような錯覚に襲われ、瞬きすると練兵場の天井が視界に映った。遅れて頭痛に襲われ、背中に痛みが走る。




「――いっ!?」




僕はそのまま剣を奪われ、地面に転がっていた。受け身すらもとる暇がなかった。




「痛って……」


「痛い? 今、痛いって言った?」




ディスアキア皇女の顔が僕の視界に入り、逆光で暗い影を落とす。倒れた勢いで土埃が舞っていて、目に入らないよう細めた。




――今のは? 全く見えなかった……




「キミ、何してるの?」


「……何って」


「いつまでへたり込んでるんだって聞いてるんだ」




はっ――、


そう言われてすぐに立ち上がる。


戦場だったら、死んでいた。


「キミはボクの心配をする余裕は無いハズだけど」


「すみませんでした」




僕は悟った。真剣をもってしても埋まらないこの実力の差を。


そして再度投げ倒される。




「頭を守って、剣を離すな!」


「はい!」舌を噛んだ。




「だから剣! 初心者は剣がないと戦えない。絶対に落とすな!」


「はい!」




その後、僕は何度も、何度も何度も何度も何度も投げ飛ばされた。




頭部を打つことは絶対に避けなければならない。


打ち所によればそのまま死ぬこともあるし、最も意識を失う可能性が高く、それも即ち死を意味するからだ。




だからって受け身を取り続けていると、目も回るし、今度は受け身を取る身体の部位が痛んでくる。主に足の指と足の裏から側面、そして何より、腰にもくる。投げられる時に生まれる遠心力のせいで、脳にだって衝撃は伝わっていて頭痛がして

目眩めまいもくる。




「うぅ……」




震える唇から思わず漏れた呻きうめき声は醜く、弱々しい。


腰の大部分がもう変色しているはずだ。さっきからべとりとした感触がある。触ると腰の皮膚から何かが飛び出て来そうな程痛む……


もう、立てない……




「はやく立つんだ。立って構えろ!」




もう無理だ、痛い。本当に痛い。痛すぎる。


痛みに耐えられず、さっきから涙が流れっぱなしだ……




「立つんだ。キミは男だろ」


「もう足が、腰が、砕けそうに痛いんです……少し休憩してもいいですか?」


「だめだ。さっきも休憩はした。始めてまだそんなに時間も経ってない」




ディスアキア皇女は嘆息たんそくするも、厳しく続ける。




「キミには時間がないはずだ。勇者のキミには、少しでも早く魔王軍に立ち向かってもらわないといけないんだ。悠長に休んでいる暇なんてないはずだよ」




そうだ、僕は勇者なんだ。


でも、僕には普通の人と違う点なんてないんだ。


ただメフィストに送られてきただけで、この世界の住人が望んだ勇者の英霊でもなんでもないんだ。




投げられれば痛いし、骨だって普通に折れる。


その痛みに悶もだえるし、涙も出る。


モンスターを前にすると震えが走り、逃げ出したくなる。


まだこの世界に来てから1週間ちょっとしか経ってないけど、すでに何回か死にかけた。




「キミ、本当に男なの?」




女性であるディスアキア皇女は僕にそう問う。




「男なら立て! 立ちあがって戦え!」


「もう、無理です――僕は、僕は普通の人間なんです! 僕は英霊じゃない! 望まれた勇者なんかじゃない! ただの、人間なんです……」




「キミが誰で、どんな所から来たのかは知らない」




うずくまっている僕に、皇女は冷たく言い放つ。




「でもこの世界は弱肉強食の世界だ。キミも実感したはずだ。強いものが正義で、弱いものが悪だ。強いやつだけがホンモノになれ、弱いやつはニセモノになるしかない。キミはこれから、理不尽なほどに強い敵を相手にすることになる。ボクでも勝てるかわからない相手と戦うことになるんだ。キミが勇者としてこの世界に来た以上、それは確定事項だ。逃げるなんて許されない」




なんで逃げちゃダメなんだ。


なんで僕がやらなきゃいけないんだ。




そう思ったが、メフィストに握られた心臓が、魂が憶えている。記憶がなくても憶えているんだ――長い長い年月を苦痛と憂鬱で過ごしてきた痛みを。


もう嫌だと言っている。


もうあの絶望には耐えられないと訴えている。


死んでも死ねない、また送り返され別の物語を見せ続けないといけない、あの拷問の時間を。


自由になりたいなら、この世界で足掻かないといけない。


それが、贖罪だから。それが契約だから。


そういうことか……慣れてきたと思ったら、また次の試練か……






「このまま魔王軍と、強敵と戦えば間違いなくキミは死に、世界は滅ぶ」




ディスアキア皇女が僕の後ろ襟を乱暴に掴んで顔を上げさせる。




「男は、この世界では強くないと生き残れない。待つのは死のみだ。男なら強くなるんだ。女は、強くなる資格すら与えられていない。キミはその資格を放棄するのかい?」




この世の真理を語る、くもりのない瞳に真っ直ぐに見つめられる。




「無理でも、無理をするんだ。限界を突破しろ」




鬼だ。


皇女にはツノが生えているんじゃないか?




そんな精神論では無理をできないやつだから、僕はメフィストに記憶を消してもらったと思うんだが。




でも、やるしかない。


涙を拭う。


覚悟を決めて、立て。




そうして、僕はまた投げ飛ばされ続けた。




もう、逃げ出そうかな……そう思ったことは、実は毎日何回もあった。


何度も心が折れそうになった。実際、幾度も立ち止まった。


でも、今逃げても、もっと酷い未来が待っている。


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