地獄の序言
最近はアタマを空っぽにしてそのまま無防備に読んだり、観られるラノベやアニメが多いですよね。それもそれで好きなのですが、時には異世界ものでも、少し考えるものがあってもいいと個人的には思ってます。
あなたはどう思いますか? ほんのちょっとだけアタマを使って考えさせられるような物語に、久しぶりに触れたくはありませんか? コロナウイルスで暇だし、読んでみませんか?
振り返ってみると、現代と近世、今も昔も我々人間が「日常」に抱える問題――デマ、フェイクニュース、いじめ、女性差別、身分差別、同性愛に対する偏見と誤解、大量虐殺、イデオロギー戦争、経済危機、命に関わる流行病などなど、は変わっていないようです。ですので、主人公がこれらの問題に挑む王道異世界ファンタジーラノベテンプレ物語を、ゲーテ作『ファウスト』を題材にして書いてみたいと思います。
舞台は16世紀ヨーロッパをモデルにした架空の世界です。ウィンナワルツ等、その時代に存在しないものも登場しますがご了承ください。
激動の時代に書かれた『ファウスト』には様々な解釈をすることができますが、今回は私なりに解釈したものとなります。内容は原作と全く異なりますので、原作ファンの方はどうかご容赦ください。ゲーテ原作より自由に翻案です。
前半は陰鬱な、後半はラノベチックな雰囲気になっています。もっとキャッチーな内容にしてもいいかと、自分で書いていて思いました。
では、私なりのファウスト博士の伝説をどうかお楽しみください。
--あなたは同じ人生を何度も繰り返すことになったら、耐えられますか?
何か、真っ暗闇の中に、地面を掘る音が聞こえる。
「――ファウスト君……ファウスト君、起きてください」
声が、聞こえる……
「安らぎは過ぎ去りました――ようやくお目覚めですか」
わかる、目の前に立っているのは悪魔のメフィストフェレスだ。
「終わった、のか……?」
僕は自然とそう口にしていた。
「終わり? 愚かな言葉ですね。まだアナタにはワタクシの道を歩いてもらいますよ。それが契約ですからね」
「契約?」ってなんだっけ?
「その記憶も無くなってしまったのですか……説明が面倒ですね。アナタは初めの人生でワタクシと契約をし、魂の所有権を引き渡したのですよ。ワタクシは神との賭けに勝ち、その後も全勝しております」
「……」
「ファウスト君、アナタはあらゆる世界のあらゆる時代を生きてきました。その度に魂の自由を賭けてきましたが、先程も言いましたように、アナタは全敗です。ですが悠久の時を過ごす中で、ご自身の魂に負担がかかり過ぎ、新たな肉体に宿っても精神が分裂するほどになりました。そうやってアナタが泣き喚くから先程全ての記憶を消し去ってあげたのですよ。もしかして、最初の人生もお忘れですか?」
確かに覚えている。永遠に近い、途方もなく長い時間を、苦痛と憂鬱の中で死ぬように過ごし、時には何度も同じ人生を回帰していたことを。
もう2度とあんな日々は送りたくないと魂が言っている。
だから記憶を消してもらったのか……悪寒が走る。
でも、さっきの音は、魂に残っている残響? 記憶だろうか?
「多分一番古い記憶は、暗闇に聞こえてくる地面を掘る音だけど……」
「ふむ。まぁ良いでしょう。ファウスト君、アナタにはこれからある世界に勇者として舞い降り、その世界の問題を解決してきてもらいたいのです。それが成功すればアナタの魂を私から解放して差し上げます。ただし、その過程で『ある一言』を発した時点、もしくは問題を解決できなかった時点でアナタの負けとなります。何か質問はありますか?」
「勇者……? 僕が解決すべき問題って?」
「それは自分で見つけてきてください。以下は次の世界の神からの伝言です。『自ら問題を発見し、定義し、解決に臨むべし。また必死に足掻き、迷うことを科す』。これが神から与えられたアナタへの贖罪の機会です」
「それって、難しいのかな……?」
「そうですね。ワタクシとしては楽しみですがね。急な山道を黙々と登るのは大変な苦行ですが、ワタクシはその物語を側から観て愉しみたいのですよ。ワタクシにとっては、生にも死にも価値はありません。時間にすらも価値はありません。魂の物語にこそ、価値が生まれるのです。まぁ、亡者の物語なぞは見たくはありませんがね」
メフィストフェレスは不吉に、不気味に笑う。
「難しいってことか……」
「ほら、復活祭の朝の合唱が聞こえてきませんか?」
「ああ、聞こえる。この歌声と、鳴り響く鐘の音。どこか、懐かしいような……」
「これからアナタは、以前この世界を救った勇者の英霊として、復活する段取りになっています。さぁ、事件の渦潮の中心へと飛び込んでください」
「ちょっと待って。僕の魂は今から勇者の肉体に宿るってことであってるよね?」
「仰る通りで。召喚される時には魂はその肉体に宿ります故、所有権は一時的にアナタに移りますが、くれぐれも自由になったと勘違いしないように。死んだら全ての記憶をまた植え付けて、悲鳴を聞かせてもらいますからね」
メフィストは変な形の時計を確認する。
「おっと、そろそろ時間ですね。ではいってらっしゃ〜い」
とハンカチを振りながらそう告げた。
「ではでは、第一の試練、『虚構』をお楽しみください〜」
と、遠くなる意識でメフィストの声がこだました。