第1話:双子とドラゴンと少年と
〈〜こんこらむ:1〜〉エルフについて
エルフは総じて容姿端麗であり、全種族トップクラスの長寿。平均寿命は800〜1000年。最高齢は1200歳らしい。
別名『森の狩人』。武器の扱いが上手く、魔法適正もずば抜けている。
世界各地にエルフの村が点在しており、それぞれ環境に応じて独自に発展しているようである。
魔の力に魅入られ、反転した個体がいくつか確認されており、それらは『ダークエルフ』と呼ばれている。詳細不明。
ここはリヴェラ王国、最西端の街マルベラから北へと広がる森の最奥にある小さな村。そこは通称『エルフの村』と呼ばれる場所である。崖に密着するように存在するこの村では、外界との交流は断絶され、全て自給自足で賄われている。
エルフ族は人間に対して特に嫌悪感を抱いている訳ではない。それでは何故人間との交流を断っているかというと、彼らの文化が関係している。
彼らは『シルフ』と呼ばれる風の精霊たちと、数1000年単位で交流している。エルフ族とシルフたちは、互いに共存しながら暮らしてきた。そしてシルフは『邪な感情』を嫌う傾向にある。人間を含む他種族は邪な感情を持つ者があまりにも多い為、エルフ族はシルフたちに合わせて他種族たちとの交流を断っていた。
一部の者たちは人間との交流を望み、村を出る事もあった。そして、それを咎める者は誰もいなかった。
―――――――
「それじゃ、ちょっと狩りに行ってくるわ」
「あ、待ってお姉ちゃん。アタシも行くー!」
エルフ族の村から2人の娘が飛び出した。先に出てきたのはラン。金髪に左のサイドテールで、手には弓矢を持っている。ランの後を追って飛び出したのはユリ。同じく金髪でサイドテールなのだが、こちらは右側だ。腰にはロングソードを提げている。
2人はエルフ族唯一の双子の姉妹である。顔も身長もスタイルも、声すらも同じである。その為周りは中々見分ける事が出来ないでいた。なので、区別をつける為にサイドテールで差をつける事にした。今では使用する武器や性格の違いもあって、村人たちはかろうじて見分けられている。それでも間違えられる時はあるのだが。
狩りの為に村を飛び出した2人は、村から東に少し進んだところにある『キュリンの泉』に着いた。この泉は古くから『緑泉の精霊キュリン』が棲みついているとされている。水の純度も相当なもので、底が見える程に綺麗に透き通っている為、この森に棲む全ての生き物たちの水飲み場となっていた。2人はいつもこの泉を中心にして、泉に寄ってくる生き物たちを狩っている。ヘタに探して回るよりも、こちらで待ち伏せした方が効率が良いのだ。
今日もいつものように狩りに訪れたのだが、この日は泉の様子がおかしかった。
「⋯⋯おかしい。動物たちの気配が無い」
「ホントだね。こんなの初めてだよー」
姉のランは警戒の為声を潜めながら、妹のユリは緊張感の無い声で、それぞれつぶやいた。
「⋯⋯お姉ちゃん、あれ、見て」
ユリが小声でランに声をかけながら泉の先を指差した。同時に2人は草影に身を隠した。
泉の先には⋯⋯。
ドラゴンがいた。
全長10メートルはあるかという程の巨体、その巨体からにじみ出る淡い緑色の光、額から伸びる螺旋状にねじれた1本のツノ⋯⋯。
「間違いない。フェアリードラゴンだ」
「えぇっ。フェアリードラゴンって、あの山の主だよね。⋯⋯ここに降りてくる事は、無いハズだよね?」
「そう、降りてくるのはありえない。······はずなのだけれど···」
実際、フェアリードラゴンは山から降りてきている。
フェアリードラゴン。
それは精霊の力を宿したドラゴンの頂点とも言える存在であり、同時にこの大陸に存在するとされる『四大龍』の1体と言われている。
精霊の力を宿しているだけあって、この世界全ての精霊を統べる存在であり、エルフ族の中でも神聖視されている。
2人が草影に隠れていると、フェアリードラゴンは泉へと近づいていく。すると、ランがフェアリードラゴンの違和感に気づいた。
「⋯⋯ユリ。あのドラゴン、背中に誰か乗せてる」
「⋯⋯え?!⋯ぅぐっ」
ランの言葉に驚いたユリが声をあげようとしたところを、ランが慌ててユリの口を塞いだ。
「しーっ⋯⋯。⋯⋯気づかれたらどうするの?」
「ご、ごめんなさ⋯⋯」
『聞こえていますよ。エルフの娘たち』
「「?!!!!」」
2人は驚いてドラゴンへと顔を向けた。ドラゴンは真っ直ぐ2人がいる草むらに視線を向けていた。
『そこにいるのは分かっています。⋯⋯顔を見せてくれませんか?』
ドラゴンに穏やかな声で話しかけられた2人は、観念したかのように草むらから出た。ちょうど泉を挟んだ対面で向かい合う。
『ほう、エルフの双子ですか。これは珍しい······』
「まぁな。⋯⋯それで、ここへ現れた理由を聞いても良いか?」
ランは弱味を見せまいと、敢えて強気に尋ねた。
『気構えずとも良いのですよ。⋯⋯貴女たちに、この子を託したいのです』
そう言うと、ドラゴンは背中から1人の子供を咥え、2人の前に差し出した。それを見た2人は、慌てて側に駆け寄った。
小さな人間の子供だった。年は10歳くらいだろうか。ぶかぶかの、見た事も無いような服を着ていた。
「⋯⋯この子は」
『私の前に突然現れました。そして何故か瀕死の重症を負っていたので、私の力の一部を彼に譲渡しました。おかげでなんとか一命を取り留めました』
「え! せ、精霊の力を⋯⋯!」
『はい。なので彼が目を覚ましたなら、頃合いを見て教えてあげてくださいね』
ドラゴンは穏やかな声で少年を渡した。
『では、私は山に戻ります。その子をよろしくお願いしますね。どうか、真っ直ぐに育ちますよう⋯⋯』
そう言うと、ドラゴンは光の粒となって消えていった。光の粒は風に乗って山へと流れていった。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯とりあえず、村に戻ろうよ。お姉ちゃん」
「⋯⋯そうだな」
2人はドラゴンから託された少年を抱えて村へと戻った。
その後、獲物を狩るのを忘れており、慌てて狩りに戻る羽目になったのは言うまでもない。