第〇話:プロローグ
2作目にして、本編『青緑の川』の外伝的な作品です。
「⋯⋯だから、何度言ったら分かるんだ!」
私は倉葉真澄、22歳。現在とある一流ホテルで正社員として働いている。部署はフロント。お客様をお迎えし、部屋へと案内する『ホテルの顔』である。週休2日。給料は月25万円。現状の生活自体に不満はない。
「おい!ぼさっとしてないで、早くお客様をお迎えしてこい!」
ホテルに勤め始めて4ヶ月。大学を出たばかりの社会人1年生に、会社の洗礼はかなり堪える。が、仕事が出来ないのは事実なので、特に不満はない。
⋯⋯そう、不満はないのだ。
――――――――
「お疲れ様でしたー」
「おう、お疲れさん」
午後8時。仕事が終わり帰宅する。
今日もたくさん文句を言われたが、ミスをしたのは自分の落ち度なので仕方がない。私は特に不満を感じなかった。
―――――私は小さい頃からずっといじめられてきた。小学校、中学校、高校ですらもいじめを受けた。受け続けた。教科書を破かれたり、体育の授業で制服を隠されたりと、色々だ。その為、私は未来に何も思う事は無かった。
大学に入れば何か変わるかと思ったが、何も変わらなかった。いじめは無かった。だが、それだけだ。新発見がある訳でもなし。色恋沙汰がある訳でもなし。友人も出来ず、無為に4年が過ぎた。
そんな過去があってか、私の目には色が消えていた。街の風景も、人だかりも、全てが色褪せて見えた。
将来への夢も希望もない。ただ、無為に時を生きるだけ⋯⋯。
―――――――
帰宅の前に、高台にある小さな公園へと立ち寄った。
自宅からわずか5分のところにある小さな公園『紅い鳥公園』。遊具など何もない。ただ周囲に柵を立てて囲っただけの、空き地にしか見えない公園。
そこに、私は毎夜通っていた。理由は、夜空がキレイに見えるからだ。ここは丘の上。街の外れにあり、周りには街灯すらもない。夜になるとここは真の闇が訪れるのだ。私はこの暗闇と、晴れた空に広がる夜空を眺めるのが好きだ。この時だけは、世界に色が感じられる。現実の喧騒から離れ、この一時だけの夢の世界に浸る。これが私の唯一の癒やしだ。
いつもの通り、公園の中心で夜空を眺めながら缶コーヒーを飲んでいると⋯⋯。
《⋯⋯か⋯⋯⋯⋯て》
「⋯⋯ん?」
声?こんなところで?
周囲を見渡す。だが、人影は見当たらない。そもそも、ここでは街の喧騒も届かない。音がしたらすぐに分かるはずだ。
だが⋯⋯。
《⋯⋯が⋯⋯⋯⋯た⋯⋯》
「やっぱり聞こえる⋯⋯」
空耳じゃない。確かに聞こえた。誰かの声だ。
「⋯⋯誰だ。誰が呼んでいるんだ⋯⋯」
《⋯て、⋯⋯⋯の⋯⋯い⋯⋯て》
「⋯⋯⋯⋯っ」
くらっ。
視界が歪む。眠気が襲ってきた感覚と似ている。だが、それの非じゃない。一気に意識を持っていかれる。
からん。からから⋯⋯。
その場には、中身が少しだけ残った缶コーヒーだけが残されていた⋯⋯。