18.会談への誘い
「精霊の加護も持たんお前のせいで、何故我らが滅びねばならん……!」
正気を失った目で見下ろし吐き捨てるのは、ヴィルダに仕えていた男の内の一人。また勝手をほざくものだと呆れた目で見返すと、既に痛いところになお力を込めて腕を引かれ、無理やり立たされる。軽く蹈鞴を踏んで何とか転ぶのを堪えると、既に色のなかった男の目に憎しみさえ重ねられたのが分かった。
「転んでやったほうが気も晴れたか」
小さい男よなと鼻で笑うと、頭に血を上らせた男が我を忘れたように手を振り上げた。
だから挑発するなと言うのにとノーザラストの悲鳴なら聞こえた気はするが、ここで自分を曲げられるようならば苦労はしていない。泣いてみせるよりは殴られるほうがましだと開き直っていると、手が振り下ろされるより早く後ろで未だ揉めていたヴィルダたちがいきなり部屋の壁まで吹き飛ばされた。
さすがに呆気に取られて何が起きたのかと目を瞬かせていると、手を取っている男も族長に振り返って呻いている様に目を瞠っている。
「ヴィルダ様、?」
何がと男が口を開いたところに、見つけたと弾んだ声がそれを遮った。
嬉しくないが男と同時に声がしたほうへと視線をやると、半円を描くように反った剣の峰が下から振り上げられてきた。みしっと痛い音に思わず眉を顰めたが、悲鳴を上げたのは男のほうだった。彼女の腕を掴んでいた左腕が一瞬とはいえ関節と逆に曲がり、その手を庇うようにして背を丸めかけると姿勢を正すようにまず腹を蹴られ、仰け反りかけたところを横手から蹴り飛ばされて族長たちと同じく壁に激突させられた。
流れるような動作で男を片付けたのは二人の少年で、そっくりの顔立ちに子供らしい笑みを浮かべると男を蹴り飛ばした足を同時に下ろしてサスウリザに向き直ってきた。
「フォンセイが長、シェイルード様とお見受け致します」
「クシン王がご依頼により我ら竜子のリイが、長を会談の場までご案内申し上げます」
いつかフェイルオンがしたのと同じように左手に右の拳を当てて軽く頭を下げてくる二人の少年に、サウスリザは何度か瞬きをして金鎖にじゃれる光の精霊をちらと見た。成る程、彼らの到来を教えてくれていたのかと小さく笑って双子に視線を戻す。
「このようなところにまで足を運ばせて申し訳ない。クシン王は私の無茶を聞いてくださったのか」
有難いと目を細め、王はどちらにと尋ねると左側の少年が頭だけを上げて答える。
「今頃は東の港にお着きと思われます。東はニグラ族長のご協力の元、会談は東にて執り行うとのことです」
「さすがはクシン王。迅速な対応、痛み入る」
竜子の遣いまで頂けるとはなと笑うと、双子は幾らか申し訳なさそうな顔をした。
「クシン王は長が遣わされた精霊から伝え聞くなり、大陸へのお運びをお決めになりました。そうしてとにかく長のご無事を確保するように、と竜子を雇われたのです」
「大陸の近くにありましたので、我らが派遣されました。急ぎフォンセイに赴いたのですが、今一歩遅く間に合いませんでした。もっと早く着いていればこのようなご不自由をな目に遭わせることもありませんでしたのに、申し訳もございません」
深く頭を下げて謝罪してくる双子に、気にするなと片手で制した。
「ここに来なければ見えないことが色々とあった。別段傷を負わされたわけでもないのだから、心遣いは感謝するが気にするな。しかし、よくここが分かったな。クシン王におかれては、西の共謀さえもご存知だったのか」
「いえ、ご存知ないと思います。我らはフォンセイに戻った盟約の精霊に従って、ここに辿り着いただけですので」
頭を振りながら案内を思い出したのだろう、精霊とは綺麗な姿をしているのですねと目を輝かせる双子の言葉で、そういうと盟約の精霊だけは万人の目に映るのだったと思い出す。けれど今ここに風の貴婦人の姿がなく、捜すように視線を揺らすと
「盟約の精霊ならば、クシン王が元へと再び戻られました。長が西においでをお伝えすると」
気づいた右側の少年が答えたそれにサウスリザは何度か頷いて、話も聞けない様子で呻いているヴィルダたちに振り返った。
「クシン王が耳に西の共謀も伝わったならば、これも会談に出席させるべきだろうが。果たして素直についてくるか」
「それでしたらば、我らにお任せを。長をご案内がてら、引き摺ってでも連れて参ります」
にっこりして力技を告げる双子に竜子は皆こうなのかとちらりと苦笑し、ふと思い出して改めて二人を見た。
「竜子のリイと言ったか。フェイルオンが言っていた、リイの双子か? 停戦の申し入れを送ってきた」
「ああ、やはりフェイルオン師の契約された相手はシェイルード様なのですね!」
「お目にかかれて光栄です、リイのイエンと申します」
「名乗りが遅れまして申し訳ございません、リイのチエンと申します。フェイルオン師が契約された長のお役に立てるなんて、身に余る光栄です!」
勢い勇んで詰め寄ってくる双子に軽く引きながら、遠くフェイルオンに同情する。雛と言うよりは子犬に似た子供を上手くあしらう術は、彼は持ち合わせないだろう。島に戻って常にこの状態になるのなら、戻らないと言った彼の気持ちは何となく分からないではない。
さてどうやってこの子たちを落ち着かせて話を戻そうかと考えていると、いきなり双子が頭を抱えて蹲った。
「だからお前たちは雛だと言うのです、長がお困りでしょう。申し訳もございません」
多分に双子を殴りつけたのだろう鞘ごとの剣を戻しつつ頭を下げるてくるのは、肩までの髪の女性。纏う服と双子に対する態度から彼女も竜子なのだろうと見当をつけていると、恨めしげに双子が振り返った。
「ツアイリィン師、ひどいです……っ」
「ツアイリィン師の剣の重さはただでさえ尋常じゃないのに、鞘ごと殴るだなんて!」
殺す気ですかと嘆く双子をさらりと無視して、竜子の女性は改めて頭を下げてきた。
「雛がご迷惑をおかけしました、ワングのツアイリィンと申します。お迎えに上がるも遅くなり、重ねてお詫び申し上げます」
「いや、彼らにも言ったがここに来たことには意味があった。足労をかけてこちらが謝罪せねばならないところだ。それにシュグナとの仕事を潰したのも私だろう、知らなかったとはいえすまなかった」
「あれは単に我らの流儀です、長のせいではございません。それよりもクシン王は東に着かれたご様子、急ぎ東に向かいませんと」
ご案内致しますとサウスリザを促し、ツアイリィンは双子に振り返ってヴィルダを指差した。
「あれも持っていきなさい。王がお召しです」
「族長だけでいいですか?」
「構わないでしょう。後は勝手について来させればいいのです」
さらりと見捨てて部屋を出るよう促してくるツアイリィンに、一ついいかと提案する。
「東に向かうのは当然だが、フォンセイを通る道程の他に北と南の三手に分かれたいのだが」
「三手? 南はナヅクの族長に会談のご列席を求める為として理解できますが、北にも? こちらはクシン王が正式に使者を立てておられると思いますが」
「そうだろうな。だが、フェイルオンも北にいるはずだ。一応精霊は遣いに出したが……止めに行きたい。会談の場に引き摺り出す前に、族長を失わせるわけにもいかないしな」
クシン王の遣いさえ区別がつかんと困る、と本気で言うのに竜子の三人は驚いたような顔をする。何か困るのかと尋ねるとリイの双子が互いにちらりと目を見交わし、恐る恐る口を開いた。
「フェイルオン師が……その、冷静さを欠いておられるのだとすれば、長が行かれては危険だと思うのですが」
「我らは元より、ツアイリィン師でさえお一人では彼の龍の子を押さえられるかどうか」
やめておかれたほうがと控えめに忠告する双子に、ツアイリィンも言葉にしないだけで同意見らしい。けれどサウスリザは大丈夫だと気安く頷いて、未だ金鎖にじゃれている光の精霊を撫でた。
「私にはどうやらまだ精霊の加護があるらしい。女神の加護篤い竜子に声くらいは届くだろうさ。それに、彼を引き摺り込んだ責任がある。私が行かなくては終わらないだろう」
なぁ、と同意を求める先は不審な顔をしている竜子たちではなく、光の精霊。柔らかく瞬く彼の光で金鎖は、しゃりと柔らかく泣いた。




