■□書籍1巻発売記念SS――桜視点のオープンベータ版世界の最終日(2xx1/05/06)
これは【01 オープンベータ版『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』再始動編】の第12話と第13話の時の桜視点のお話です。
2xx1年5月6日、オープンベータ版『プラネット イントルーダー・ジ エンシェント』世界の最後の日。
ネクロアイギス王国のハウジング区画にあるLの一等地の1つ――それが傭兵団「餅屋」の根城である。
家は昔ながらの合掌造りの外装と内装で、塀や門は時代劇の奉行所にそっくりの高い壁が特徴。その塀は内部の様子を外に見せない。
最初は江戸時代の町屋風で、高い門も無く開放的なものだったのだが、〝5.5ブラディス事件〟ですっかり今の防衛スタイルに様変わりしたまま定着している。
「インしてない」
餅屋の副団長・赤色ネームの『桜』は、団員の1人『まゆ』のログインがないのを見て肩を落とす。
桜は胸元に鱗があるイグアナの尻尾持ちの砂人女性だ。ピンク色のサイドダウンの髪型に紫色の瞳で袴姿。この非現実なアバターを、桜自身はかなり気に入っている。
(連絡、したんだけどなぁ。公式からも正式版のメールがあったはず……。今日はオープンベータ版が終わる、最初で最後の日なのに)
襖を開けて自室から出た。共用スペースの土間には、珍しく人がいた。ワラの被り物で顔を隠した和服の巨漢――団長の『ワラ人形』だ。
桜は喜んで明るい声を出して駆け寄った。
「嘘っ、団長だー! おっすー!」
「おう」
「最後の日に会えるなんてやったね! 正式版からは遂に完全復帰する感じ!?」
「正式版なぁ……。1年延期だったのが本当に出るのだな」
どこか半信半疑な感情を含んだワラ人形の呟きを聞いて、桜が思い出すのはブラディス事件時のPKだったので、酸っぱい顔をする。
ワラ人形は桜の顔つきに肩を揺らして笑った。
事件当時は、桜もPKをしている。
きっかけは餅屋の団員が、マナー違反のPK集団側の青色ネームプレイヤーに騙されておびき出され、集団にイジメのようなキルをされたこと。しかもその囮役の青色ネームプレイヤーが団員の持ち物を奪っていた。
デスペナルティのレベルダウンでどうにも対抗出来なくなっていた団員に代わって、彼らをキルしてアイテムを奪還したのは桜だ。
被害に遭った団員の1人に、まゆがいる。まゆはそんな目に遭っても、未だに時々ログインすることのある貴重な餅屋の団員なのだ。
「団長団長、今日はみんなで集まってメンテを迎える予定なんだよ! だから団長も!」
「自分はいい。じゃあ正式版でな」
ワラ人形は首を横に振って断り、あっさりとログアウトしてしまった。
桜は気落ちして盛大に嘆息するが、直ぐに顔を上げて「よぉし!」と気合いを入れる。ネクロアイギス王国の中央噴水広場へ向かった。
「ネクロアイギス民の方々! 今夜0時、このネクロアイギス王国中央広場で一緒に最後の夜を過ごしませんかー!? 参加自由、というかゲームを運営に落とされるまで一緒に過ごすだけでーす! まったりみんなで最後を迎えましょー!」
とりあえず何度か声を上げて叫んでおく。文字のログには、ちゃんと桜の発言が記録されて残っている。周辺にいるプレイヤーが聞き逃しても、このログを見れば伝わると言う訳だ。
――『Air:ゴミ宣伝女ログ汚してんじゃねーよ』
桜の発言ログの前後にノイズがあったが、見なかったことにした。『クロにゃん』から個別フレンドチャットがくる。
クロにゃん:花火ー最後に花火はいらんかねー
桜 :そこの錬金花火屋さん! 花火ちょうだい~
クロにゃん:まいど! 総合掲示板でネクロ民に呼びかけないの?
桜 :Airがいるからやだ(´-ω-`)フンッ
クロにゃん:名指しw (゜д゜)
書き込んでおこうか?
桜 :ホント!? ありがとー(´-ω-`人)
クロにゃん:おっと隻狼さんが釣れたw
桜 :いらない
クロにゃん:バッサリwww
その後、中央噴水広場にポツポツとプレイヤーが集まってくれた。
最後だからと、色々ぶっちぎってハシャぎ過ぎなのが若干2名ほど。「花火乱舞ぅ!!」と言って、ダメージが0だからと人に向けて打ち上げ花火を放つクロにゃんと、「貴様のもふもふ召喚獣出せやああぁ!」と叫ぶグランドスルト開拓都市所属で飛び入り参加の『隻狼』。
あの2人はオープンベータ版が終われば、ここでの言動が無かったことになるとでも思っているのだろうか。お祭りテンションで賑やかだ。楽しそうで何よりである。
隻狼、クロにゃん、チョコ、嶋乃、名無し、最中、GG、くぅちゃん、ムササビX――と見知った顔が9人、そして新規のツカサと和泉。急だったわりには、よく集まった方ではないだろうか。
桜が満足していると背後から遠慮がちな声が上がった。
「副団長」
桜は笑顔で振り返る。
「これまでのことは全部リセット! ここから新しい門出にしようね、まゆ!」
ハムスターを腕に抱いた種人女性のまゆは、桜の言葉に、はにかみながら嬉しそうに頷いた。
そして正式版後、それまで週2から月に1度と段々下がっていたまゆのログイン率は、再び週2へと戻ってくれたのだ。