50歩だろうが100歩進んだところで変わりはない
前回までのあらすじ。
翔太は昨日、駄菓子屋で起きた奇妙な出来事をクラスの友人に話したが、信じてもらうことが出来ず、自らの体験が真実であった事を確かめるべく、クラスメートの裕哉と共にもう一度あの駄菓子屋へ訪れる事にした。
その日、授業が終わると一斉に生徒が下校をはじめたが、翔太と裕哉は自宅には向かわず高橋さんの駄菓子屋へ向かうことにした。
「なぁ、今のうちだぜ、あの話が嘘なら今白状すれば許してやるよ」
裕哉は笑いながら、目の前の石を蹴り上げそう言った。
あの話とは昨日、休みのはずの高橋さんの駄菓子屋が営業していた話だ。そして、店の主人である高橋さんはおらず、謎の老人が接客していたというものである。
「本当だって、多分、高橋さんに聞いてみればすぐ分かるよ。」
「それに、おれ昨日駄菓子買ったんだから間違いない」
翔太は昨日の記憶をしっかり思い出しながら、裕哉の蹴った石が自分の前に来たのでそれを蹴り返した。
カツ、カツ、カツと翔太の蹴った石は転がっていき、ちょうど裕哉が歩いてた目の前にたどり着いた。
自分でも絶妙なところに蹴れたと翔太は思った。しかし裕哉はそれまで、丁寧に蹴り上げてきた石ころに見向きもせず、真剣な表情になった。
「買ったのか?昨日、その店で駄菓子?」
「う、うん買ったけど?」
「そうか」と裕哉はポツリと言うと、自らの口に何かをあてがった。
大きく口で息を吸いこむなり、一気にそれを吐く。
ピューー!ピーーーー
甲高い音が鳴った。
「なんだそれ?笛ラムネの音じゃん」
翔太はその音に聞き覚えがあった。
丸く穴の空いたそのラムネは、息を吐くと音が鳴る駄菓子。翔太もたまに買ってはピー、ピーと鳴らしたものである。
「悪いな翔太。」
裕哉はニヤリと笑みを浮かべる。
「どう言うことだよ?」
「お前もあのジジイから駄菓子を買ったんだろ」
「なら、分かるはずだ。駄菓子戦争はもう始まってるってことをな!」
裕哉はまたもピーーと笛ラムネを吹く。
翔太には裕哉の行動と言葉の意味が分からなかった。何より、笛ラムネを吹いている姿がどう見ても遊んでいる様にしか見えない。
「急に笛ラムネ食いたくなったのか?学校にお菓子持ってくんの流石にルール違反だろ」
翔太は笑ってやり過ごそうとした。
けれど、その判断は間違いだったと気づく。
足元がフラつき出したのだ。おかしい。
真っ直ぐ立つことが出来ない。
「な、なんだこれ?」
翔太は立っていることもままならず座り込む。
「効いたようだね。僕の笛ラムネ」
裕哉は笛ラムネを口から外して話し出す。
「いやー、びっくりしたよ。まさか同じクラスで駄菓子戦争に参加する奴が居たなんてさ。」
「それに、そいつは超がつく馬鹿野郎だ。」
裕太はケタケタ笑う。
「…馬鹿野郎だ?」
翔太は未だ立つことができない。なんとか裕哉の話に意識を集中させるが、目眩が酷くなってきた。
「あぁ、そりゃそうだろ。駄菓子戦争に参加できるのは顔も名前も知らない7人なんだぜ。それなのに、お前はクラスで大きな声出して皆んなに話してたろ」
「そんとき、確信したね。コイツは馬鹿だ。お前から食ってやろうって。」
裕哉はそう言うと、また笛ラムネを口に含み息を吐いた。
甲高い音が鳴る。ピューー、ピューー、ピューーー。脳裏に焼きつくような音。
翔太はその音を聞くたびに具合が悪くなる。
「…お前、それなんだよ…」
明らかにあの笛ラムネが原因だ。ラムネの甲高い音を聞くたびに体が麻痺した様な感覚に陥る。
「なにって、これは俺が選んだ駄菓子だよ。お前もあのジジイから聞いただろ。駄菓子戦争は自分で選んだ駄菓子を武器に闘うって。」
…翔太は、そんな話聞いていない。いや、聞いていないと言うより、老人の話を途中で投げ捨てて駄菓子を買ってしまった。
ただ、確かあのとき老人は鼻息を荒くしながら、翔太に駄菓子戦争の参加を認めると言っていたはずだ。だからきっと翔太の意思とは関係なく。もはや、翔太も駄菓子戦争に参加させられているのだろう。
「そうか、なんとなく。なんとなくだが、分かった気がする。」
翔太は、まだ足元がふらついている。いや、足元だけじゃない。全身が重い、まるで鉛にでもなってしまったのではないかと感じる程に。
「駄菓子戦争…馬鹿馬鹿しい名前だな。本当。」
翔太は、できる限りの力を込めて立ち上がろうとした。
「ふん無駄だよ…僕の笛ラムネの音色の前には誰一人立つことは許されない。」
裕太は余裕の表情を見せながら笛ラムネを吹く。
「確かにお前の笛ラムネって気色悪い音だよ。…だからさ、こうすればいいだろ!」
翔太は、自らの耳に指を突っ込んだ。
ズボッ。
「…ほらこれで、お前の笛ラムネの音は聞こえなくなったぜ!」
笛ラムネの音が聞こえなくなった。けれどもまだ翔太の体は重い。
「へぇー、やるじゃん。ただの馬鹿じゃないのは、認めてあげるよ。けどさ、両耳に指を突っ込んでどうやって反撃するの?」
確かにそうだ。現状、笛ラムネの音は聞こえなくなったものの。それは両手と引き換えに得たものである。ふらつきながら立ち上がれても反撃する手立てがない。
2人の間に静寂が訪れる。
「…なんて?」
裕哉にとって思いもよらぬ言葉だった。
翔太は両耳に指を突っ込んでいるため、笛ラムネの音はおろか、裕哉の声も聞こえていなかった。ただ目の前で口をパクパクさせているだけで、肝心の内容が聞き取れていなかったのである。
「お前、まさか僕の声も聞こえてないんじゃ?」
裕哉は目の前の翔太に愕然としながら声をかける。
「……………………」
またも、2人の間に静寂が訪れた。
どのくらい間があっただろうか。きっとほんの数秒であることは間違いない。裕哉は次に翔太が発する言葉を知っている。それはまた、「…なんて」である。
きっとこのままでは、裕哉が喋りそれに翔太が「…なんて?」を返す、堂々巡りになってしまう。
さっきまで一方的に笛ラムネを吹いて攻撃していた裕哉は、この一瞬の間に考える。
(このままでは、戦いが膠着してしまう。…まさか、僕の選んだ笛ラムネにこんな弱点があったなんて。
…いや、そもそもこれは戦いだったのだろうか?翔太は駄菓子をまだ出していない。僕の攻撃は笛ラムネの音色以外にはない…どうすればいいんだ。)
裕哉は考えを巡らせるというよりも、このままでは戦い自体が破綻することを危惧していた。
するとそんな裕哉の考えなど御構い無しに、翔太は口を開いた。
「…なんて?」
やはり翔太には裕哉の声は聞こえていなかった。
こうなれば裕哉が導く答えは一つ。
「わかった、翔太。ここは一度休戦しよう。」
裕哉は笛ラムネをポケットにしまい込み、両手を高く上げ、敵意がないことを示した。
しかし、その投げかけに対する答えも…
「…なんて?」
翔太にはその声すらも聞こえていなかった。
道端に少年2人。
片方は、両耳に指を突っ込んだまま立ち尽くし、もう片方は両手を挙げて立ち尽くす。側から見ればおかしな状況。
ー駄菓子戦争はまだ始まったばかりであるー