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第七話 鬼龍寺鉄馬は友人と別れる


 テッドの家に来ていたのは、王都から来た騎士団の人達らしかった。

 それも、こんな田舎でも名前が知れているらしい『有角獣騎士団』。言葉を直せば、ユニコーンの騎士団である。

 そういえば、馬車に描かれていた紋章にも遊郭の獣、ユニコーンが描かれていたことを思い出す。

 夕食時にその話をしてくれた父さんは、しかしあまり興味が無いようだった。

 まあ、そうだろう。

 確かにこんな田舎まで騎士が来たというのは驚きだが、その目的はテッド達――たぶんカルサのおっさんだ。

 俺達には関係ないし、騎士が何をしようがやることも変わらない。

 今までと同じように畑を耕し、麦や野菜を育て、町まで持っていって売る。

 そうしなければ生活が出来ず、生活が出来なければ死ぬだけなのだから。


「なんとも寂しいもんだ」

『そうね』


 自室に戻り、長年使って草臥れたベッドの上に座って窓から夜空を眺めながら、ついそんな言葉が口から洩れた。

 寂しいというのは、テッド達と俺達の間に溝があることだ。

 いや、俺達と言うよりも、大人達……農業で生活している者と、どういう理由か分からないが王都から去ってきた者。

 それを気にしているというよりも、どうせいつか田舎暮らしを辛く感じて去っていく――そう考えているというか。

 今でも俺は、理由はちょっと違うけど、そう感じている。

 きっとテッド達はこの村を去っていくだろう。

 同年代の女子から人気のある美形のテッドと、口は悪いけど垢抜けた美人のカルサ。

 どっちも……言葉は悪いけど、田舎には似つかわしくない。きっといつか王都なり大きな街なりに行ってしまうだろう。

 なんとなく、そういう予感があった。

 そしてそれは、きっとそう遠くない。騎士たちがこんな何もない辺鄙な田舎の村に来たのは、その予兆なのではないだろうかと思う。

 ランタンなんて上等な物は無い。月と星の輝きが窓から差し込む明かりだけが頼りの、田舎の夜。

 けれど驚くことに、それだけの自然な明かりでも手元は見えるし、部屋の中のどこに何が置かれているかというのも蒼い世界の中でしっかりと見る事が出来た。

 記憶の中にある異世界の記憶とは全然違う。

 人口の明かりが人の視力を弱くしたのか、それとも田舎の生活が俺の視力を鍛えてくれたのか。

 そんな事を考えながら、少しだけ窓から身を乗り出した。

 涼しい夜風が、寝間着代わりの薄着から出る肌を撫でて心地よい。


『今日はなんだか考え込んでるね』

「そうか?」

『うん。いつもはもう少しお喋りだよ?』


 そうかなあと考えながら夜空を見上げる。

 空には、細い三日月にかけた純白の月。そして、数えきれないくらい沢山の星々。

 この世界にも星座という概念はあるのだろうか。

 ふとそう思ったが、アルフォニカはそのあたりの事に疎いし、父さんや母さんに聞いて不審に思われるのも避けたいので、今でもその謎は、謎のままだ。

 まあ、そのうち、気が向いたら誰かに聞いてみるのもいいかな――ああいや、明日にでもテッドに聞いてみようか。

 そんな事を考えていると、耳に微かな違和感。

 虫の鳴き声とは違う、何かが砂利を踏む音が聞こえた。

 それが段々と近づいてくる。


『誰だろ?』


 どうやらアルフォニカの方も気付いていたようだ。

 俺と同じように、音がした方を見る。

 流石に夜目が鍛えられているとはいっても、何とか音が聞こえる程度に離れているとそれが誰か分からない。

 ただ、その音がこっちに近づいてきている事だけは確かで、うっすらとその輪郭が夜の闇の中に浮いていた。

 ちょっと怖い。

 まるで顔の無いオバケである……と。少しずつそれが何者なのか、分かってきた。


「あれ、テッド」

『どうしたの、こんな時間に?』


 そう言って、アルフォニカが浮いたままテッドの方へ移動した。

 ……誰か分からないならアルフォニカに確認してもらえばよかったと、今更ながらに気付く。


「うん。ちょっと」

「ん?」


 そこでようやく、テッドの表情が夜闇の中でも曇っていることに気付き、その声音もいつもより沈んでいるような気がした。

 そして、テッドの声を聴いたのが数日ぶりだと気づき、少しだけ喜んでいる自分に苦笑する。


「どうした。何かあったのか?」

「ん――と」


 テッドが窓の傍に来ると、テッドが歩いてきた方からまた足音。

 たぶん――。


「カルサのおっさん?」

「お、よく分かったな」


 まあ、うち……というか、こんな時間にテッドと一緒にいる人物ってなると、カルサのおっさんくらいしか思いつかないし。

 まあ、それは黙っておく。


「カルサさん、声を落とさないと」

「気にし過ぎだろ――わかったわかった」


 どうやら、テッドがカルサのおっさんの手を握ったようだった。

 面倒くさそうに声を落としたおっさんが俺を見て、ため息を一つ。


「いつの間に仲が良くなったの?」

「仲良くなったっていうか、成り行きだ……」


 ふうん、と。木野寧返事をすると、おっさんがまたため息を吐いた。


「ごめんね、ジミー。こんな時間に」

「いや、別にいいけど――」


 一応、父さんたちの部屋がある方を気にしてみたけど、こっちに人が来る気配はない。

 家の壁は薄いけど、ランタンも無い田舎の家だ。陽が落ちればあとは寝るだけである。たぶん父さん達ももう寝ているか――まあ、夫婦の色々だろう。

 その辺りを知らないだろうテッドは無邪気なものである。

 それはさておき。


「今日はお別れを言いに来たんだ」

『お別れ?』


 俺より先に、アルフォニカが嬉々返した。

 ああ、いや。俺の方は驚いて、一瞬声が出なかったので、その返事はどちらかと言うと助かったというかなんというか。


「うん……もう少ししたら、村を出るんだ」

「なんでも、暗いうちにってことらしい」


 なんで、と言うのは聞くだけ野暮な事なんだろう。

 以前アロンソさんやアルフォニカから聞いた、この国のお姫様と同じ顔をしているっていうカルサのおっさん。

 きっと、その辺りの事情が関係しているんだと、説明されなくても何となく分かった。


「おっさんだけ?」

「テッド達と村に来ている騎士達がオレを王都まで護衛してくれるんだと。ありがたいこった」


 どこか呆れたような、それとも疲れたような……どう表現すればいいのか分かりづらい声音。

 ただ、少し寂しそうだと――薄暗闇の中、視線を外して喋るカルサを見ていると感じた。


「そっか」

「うん。だから、お別れなんだ」

「寂しくなるな」

「……うん。せっかく仲良くなれたのに」


 いや、魔法や剣術の稽古ばっかりで、子供らしい遊びの一つもしていなかったから、仲が良いというのはどうかな……と。

 茶化す言葉も出なかった。

 テッドが本気でそう思っていて、そして本気で今夜の別れを悲しんでいるのが分かったから。


「お前は良い奴だなあ」

「……なにが?」

「こうやって律義に報告に来るところ」


 なんと言うか――悲しいじゃないか。こうやってお別れを言うのは。

 だから、何も言わないで去っていけばお互いに悲しまないで済むと思うのは、俺が精神的にヘタレているからだろう。自分でもそう思う。

 そして、まだ七歳なのにちゃんとお別れを言いに来たテッドは、俺よりもずっと大人なんだろうな――と。

 窓の縁に肘をつきながら、そんな友人の目をしっかりと正面から見返す。


「じゃあな。きっとお前は、こんな田舎より王都とか、大きな街の方が似合ってるよ」

「そんな事ないよ。田舎とか、王都とか関係なくて……僕は、この村での生活は凄く楽しかったから」

「……そっか」


 俺はあんまり田舎の生活は……退屈だと思っている。父さんには悪いけど、結構頻繁に。

 偶に、アルフォニカから注意されるくらいには。

 だから――きっと、こうやって簡単に村から出ていけるテッドとカルサのおっさんを、ちょっと羨んでいる。

 だから、そんな気持ちは言葉にしないで、ため息と一緒に吐き出した。

 この夜の闇に溶けて消え、誰にも気づかれないように。


「まあ、村を出て行っても……そうだな。元気でな」

「なんだそりゃ?」


 テッドに向けて言ったのに、おっさんから呆れられた。


「病気とかしないで、元気でな」

「うん。ありがと。ジミーも――テツマも元気でね」

「は――俺が病気になんかなるかよ」

『元気だけが取り柄だからねえ』

「そういう事」


 いつもは面倒に感じるアルフォニカの軽口も、今は少し嬉しい。

 他に何を言えばいいのか分からない。

 『別れ』と言うのが初めてで、これが正しい形なのかもわからないから――だから、いつも通りのアルフォニカの声は嬉しくて、何も言わないことでこっちを見守ってくれているカルサのおっさんの対応にも……本人にどれくらいの考えがあるのか分からないけど……ちょっとうれしい。


「それじゃあね、テツマ」

「ああ」


 それだけ。

 最後は、たったその一言。

 でも、それでいい。それがいい。

 変に言い繕っても、変に悲しくだけだっただろうから。


「……はあ。本当に行っちまったよ、あいつ」

『テツマは一緒に行かなくてよかったの?』

「…………行ってどうするよ」


 暗闇の中に消えていくテッドとカルサのおっさんの背中を目で追いながら、つぶやく。

 きっと付いて行っても、今の俺じゃ何の役にも立たないだろうし、何かを成せるとも思えない。

 いや、テッド達と別に村を出ても、何かが変わるとは思えない。

 なんというか――。


「俺はまだ、何をしたいか分からないんだ」


 ただ、村を出たいと思っていた。

 村を出れば、何かが変わると。

 ……そうだろうか?

 その答えは分からなくて、でもきっと――何も変わらないような気がしていた。

 だから一緒にはいけない。

 ジェームズとして。けれど鬼龍寺鉄馬として。

 どうやって生きるのか。

 それを考えないといけないような気がした。

 中途半端な――どっちもどっちのような生き方をしている今のままじゃ、ダメな気がする。


「まだまだ、お前の能力も全然使いこなせていないと思うし」

『あらあら。その辺りは理解してくれているみたいね?』

「さあ? そんな風に感じたってだけだよ」


 なにより。

 俺はテッドやカルサのおっさんだけじゃない。この世界の事も、ずっと一緒に居るアルフォニカの事すら何も知らない。

 ただ……。


「いつか、俺はきっとこの村を出るよ」

『うん。それでいいと思うよ――テツマが本当にそう強く願うなら』


 この能力をもっと生かすために。

 この相棒と――もっとずっと、一緒に居るために。

 もう、テッド達の姿は見えない。

 夜の暗闇はどこまでも広がっていて、きっとその先で、物語の主人公のように格好良かった友人は、旅立つのだろう。

 ……またいつか会えるだろうか?

 ただ、今はそれだけを気にするだけだ。


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