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第二話 鬼龍寺鉄馬は田舎を出たい


 朝起きて、ご飯を食べて、午前中は畑の世話をする手伝いをして、午後は村のはずれでひっそりと魔法の訓練。

 それが俺の日課である。

 普通だって?

 しょうがない。ここは田舎の寒村で、畑で作物を育ててそれを売らなければ生活していけないのだ。

 働かざるもの食うべからず。

 それはまだ七歳の俺でも当然のように当て嵌まる、世界の摂理なのだ。

 というわけで。

 アルフォニカの力を借りることで手を使わなくても畑から雑草を抜いたり、害虫を取り除いたり、土と小石を分けたり。

 それは、傍から見るととても奇妙な光景だろう。

 畑の傍に座った子供の目の前で、畑の状態が見る見るうちに整えられていくのだから。

 ちなみに、村の皆は見慣れたもので、そんなに驚いていない。

 それどころか、暇があるなら自分の畑も見てくれと言ってくるくらいだ。

 まあ、一年も前からこんな調子なんだから、そりゃあもう『いつも通りの光景』というやつだ。

 ただまあ、同年代とか俺より年下の子供達は怖がって近づいてこないけど。

 魔法使いというのは希少な存在で、田舎の村には余程のことが無ければ近寄らない……というのは偏見なのかもしれないけど、子供達にとって未知の力を使う俺は恐怖の対象らしかった。

 今も遠目に俺を観察しているのは、魔法というのが未知であると同時に、珍しいからだろう。

 そんなに珍しいならもっと近くで見てもいいのに、と思う……まあ、別にいいけどさ。


『また難しい顔をしてるわね……なに、友達が欲しいの?』

「違う」


 また変なことを言い出した相棒――ある意味両親よりも長い付き合いの精霊、俺の相棒を自称するアルフォニカが俺にだけ聞こえる声でそんなことを言い出した。

 ふよふよと、まるで祝日に家の庭で飾られていた鯉のぼりのように長い金髪と装飾過多な服を風に揺らしていた女性。

 ……鯉のぼりって、そういえば前世の記憶だったなあ、と他人事のように思い出す。

 咄嗟に反論してしまったが、その所為で遠目に俺の様子を眺めていた子供達が怖がって少し離れたような気がする。

 何せこのアルフォニカ、テッド達が田舎へ引っ越してくる前までは俺にしか見えず、こうやって話していると誰も居ない場所で延々と独り言を口にしている変人にしか見えなかったのだ。

 そりゃあ、怖がられて当然だ。

 むしろ、両親がよく俺を怖がらずに育ててくれたと思う。

 そのあたりは本当に感謝の気持ちしかない。


「友達なんていいよ、相手は子供だし。俺は早く大人になって、大きな街に出て、冒険者なり騎士なり魔法使いなり……そんなのになってみたいよ」

『こういう田舎での暮らしも悪くないと思うけどね、私は。のんびりできるし、平和だし』

「俺は退屈だよ。毎日畑仕事をしてばっかりで」


 せっかく少しだけ『特別』な才能があるんだから、それを生かした仕事をしたい。

 そう思うことは悪いことだろうか?


『んまっ、ご両親のお仕事をそんな風に言って。罰当たりっ』


 こういうところがおばさん臭い――と思うと、俺の隣にアルフォニカが下りてきた。

 内心を読まれただろうかと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。

 胡坐を組んで座っている俺の隣で、膝を立てて座る。まだ子供の俺よりも頭半分高い位置から、垢抜けた雰囲気を持つテッドのお母さんよりもずっと美人な顔が俺を見下ろしていた。


『そういう事を言うものじゃないわよ、テツマ。お父様とお母様に感謝して生きないと、いつか罰が当たっちゃうんだから』

「感謝しているさ。だからちゃんと畑仕事は手伝ってる」

『まあ……退屈なのはわかるわ。貴方、普通の子供より精神が老成しているし』


 その言い方だと、俺がお爺ちゃんみたいだなあ、と思ったが言わないでおく。

 口を挟むと怒られそうな雰囲気だったからだ。これでも、それなりに空気を読むのは得意なのだ。


「アルフォニカは、俺より長生きしているのに若作りだよね」

『いつも少し余計な事を言うわよね、貴方』


 代わりにそんなことを言うと、アルフォニカの声質が少し低くなったような気がした。

 だったらその服装を止めて、もっと落ち着けばいいのに、と。


『ちぇっ。私がせっかく心配してあげてるのにさー』


 そう言って、アルフォニカはまたふよふよと空へ舞い上がった。


「心配?」

『友達はいない。気持ちも実家じゃなくて都会の方へ向いている――そんなんじゃ怪我しちゃうんだから』

「ご忠告ありがと。気を付けるよ」


 さて、と。

 魔法の訓練を兼ねた日課である畑の世話を終わらせると、川へ水汲みに行っていた父親が戻ってくる。

 着ている服は質素だけど、その下にある農作業で鍛えられた肉体と日に焼けた肌は健康的で力強く、腕なんて俺の何倍も太いし、体感だが川まで子供の足で一時間以上はあるはずなのにそれでも息切れ一つしていない。

 体を鍛えたらこうなるのかなあ、と思うと俺も体を鍛えようかと思ってしまう。

 いや、筋肉って言うのは男の子のロマンじゃないか。

 それはさておき。


「お帰り、父さん」

「ああ、今戻ったよ、ジミー。畑の世話をしてくれたなら、遊びに行っていいからな」

「うん」


 そう言うと、両手に持っていた木桶をゆっくりと地面に置いて、大きくて硬い手で俺の頭を軽く叩くように撫でてくれた。

 ……内面はもう四十年以上も生きているが、それでも『父親』からこうやって撫でられると恥ずかしいという気持ちと一緒に少し嬉しいとも感じてしまう。

 内面がどうであれ、肉体はまだ若い七歳なのだから、父親に温かみというか安らぎみたいなものを感じているのかもしれない。

 そして、少し遅れて帰ってきた母親も、俺を撫でてくれた。

 こっちは父親よりもずっと優しくだ。

 ちなみに、ジミーというのは俺の愛称だ。本名はジェームズ。

 前世の記憶だと鬼龍寺鉄馬という名前で、今はジェームズという名前だった。まあ、二つ名前があっても、慣れれば特に気にならない。

 というか、鬼龍寺鉄馬の名前を呼んでくれるのは、今のところアルフォニカだけなので聞き間違える事はないんだけど。

 ただ、ジミーだと地味って聞こえて少し嫌だった……まあ、それだって七年間も聞いているので慣れたけど。


『うんうん。いいご両親じゃない』


 頭の上で、アルフォニカがどこか嬉しそうに言う。

 精霊の家族構成っていうのは知らないけど、もしかしたらアルフォニカにも父親と母親が居るのだろうか――そういえば、そのあたりを聞いたことが無かったのを思い出した。

 いや、精霊というくらいなんだから、そういうのとは無縁なのだと勝手に思っていたのだ。


「それじゃあ、また涼しい所で魔法の訓練をしてくる」

「ああ。森には入らないようにな」

「うん」

「あまり遅くならないようにするのよ」

「はーい」


 さて。これで今日の日課は終わりだ。

 本来なら畑から害虫と小石を分けるだけでも半日掛かりの仕事だが、それをさっさと済ませれば両親も文句を言わずに俺の好きにさせてくれた。

 普通の農家だったら、それこそ丸一日を家の手伝いでつぶしてしまうんだろうな、と思うとそれだけで魔法が使えて便利と思える。


「あ、ジミー。アルフォニカさんも。今から森の方に行くの?」


 のんびり歩いていると、村の端にあるまだ真新しさが感じられる家から、そんな明るい声が聞こえてきた。

 視線を向けなくてもわかる。

 この村で俺に声をかけてくれる子供は、今のところ彼――テッドだけなのだ。


「やあ、テッド。そっちはまだ勉強中?」

「うん」


 田舎に引っ越してきたとはいえ、テッドは貴族の息子だ。

 文字の読み書きや数学、この国の歴史といったことを勉強する義務があるのだとか。

 こうやって田舎生活をしていると時々思うが、前世の記憶では当たり前に勉強をする機会があったけれど、こうやって勉強できることは幸せなんだな、と思う。

 田舎では手紙を書く習慣なんかないし、大人でも文字を読めない人が居る。

 農作業をしている関係で父親は簡単な計算なんかはできるし、大きな街へ出かけることもあるから読み書きも……っていうのは、実は恵まれている事なのだ。

 俺なんかは前世の記憶があったから知恵はそれなり。

 文字の読み書きは幼少の時に親が手紙を書いたり帳簿を付けたりしているのを見て覚えた……と思う。あまりに子供の頃の記憶なので、そのあたりの記憶は曖昧だ。

 ただ、物心がついた時には読み書きは出来た。

 けど、他の子供たちは、そうもいかない。

 それが、この世界の現実だ。

 そして、貴族というのはそんな学が無い人達のために学を修める義務がある……のだとか。

 俺は貴族じゃないからそのあたりはまだ分からないけど、ただ、勉強を受けられるだけでも幸せなことで、それを役立てる事が出来るというのは素晴らしい事なんだとは思う。


「課題を終わらせたら、またそっちに行くよ」

「別に来なくてもいいけど……まあ、今日もいつもの森の入り口に居るから」

『そういう意地悪をまた言うー。せっかく出来たお友達なのに』


 別に、友達っていうほど仲が良いとは思わないけど。

 結局、テッドは魔法が使えないことを気にしていて、両親もそんなテッドを気遣っていて、だから何とかしようと俺とアルフォニカに魔法の使い方を教わっているだけなんだと思う。

 うん。

 性格が捻くれていると、自分でも思った。


「ごめん。さっきのは言い過ぎたよ」

『あらま。珍しい、貴方が素直に謝るだなんて』


 俺だって、自分が悪いと思ったら謝るとも。

 それに、こういうのは早く謝らないで後に後にって考えると、余計に謝りづらくなるものだ。

 ……あと、自分の性格が捻くれていると自覚して、それを少しでも強制したいという気持ちがあった。こうやって素直に謝れるのは、子供の特権だ。

 意地を張っても良い事が無いと理解していても謝れないのが悪い大人の見本なのである。


「ふん――じゃあな、テッド」

「うん。また後でね、二人とも」


 そう言って別れると、いつもの場所へ。

 村のはずれにある森の入り口。

 子供は森に入ってはいけないと言われているけど、入り口までなら大丈夫……というのは暗黙の了解だった。

 まあ、子供は好奇心が旺盛で、ダメだと言われれば余計に首を突っ込みたくなる性分だ。

 だったら、入り口までなら大丈夫と言っておけば、中まで入ろうとしないと考えたんだろう。


「相変わらず薄気味悪いな」

『そう思うなら、来なきゃいいのに』

「ここが涼しいんだよ。他の子供達も怖がって寄り付かないしな」


 精々が、美形のテッドを目当てに女の子たちが遠目に眺めるくらいである。

 村の真ん中で魔法の訓練をするよりずっと静かで、集中できる。


『怖がられているのはテツマだと思うけど……まあいいか』


 そう言うと、ふよふよと浮いていたアルフォニカがまた降りてきて、俺の隣に座った。

 今度はいわゆる女の子座りというやつで、こっちに肩を寄せてくる。


『ほら、見てあげるから』

「んむ」

『なんでちょっと偉そうなのよ』


 いや、お前がいきなり肩を寄せてきたからびっくりしたんです。

 ……なんて言えるはずもなく、特に集中しないで周囲に転がっていた小石を五つ、宙に浮かせた。

 畑仕事で小石を分ける事は毎日しているからこれくらいは楽で、次は五つを別々に動かし、空中でぶつけ合ったりしてみる。


『器用ねえ……それで、それって何かの役に立つの?』

「さあ?」


 その中で一番大きな石を空中に留めると、それに向かって残り四つを連続してぶつけた。


「こんな感じ?」

『当たったら痛そう』

「それくらいかなあ」


 魔法の使い方なんて、その時々だと俺は思う。

 石を浮かせる、動かす、ぶつける。

 火を出す。氷を作る。風を起こす。

 それで何をできるのかと聞かれれば、『何でもできる』としか答えられない。

 少なくとも、俺はそう思う。俺は、何でもできると。

 前世の記憶にある便利な機械なんかよりも、ずっと万能な魔法だからこそ、と。

 不思議なものだ。

 記憶の中ではあんなにも生きている事が辛くて苦しかったのに、こうやって魔法を使っている間は何でもできそうな気がして気持ちが軽くなっている。

 そして、そう感じるたびに強く思うのだ。

 俺は、どこまでできるのだろうと。

 この魔法の力で、何が出来るのだろうと。子供の幼い自尊心と笑われるかもしれないが、それでも――いつか俺も『特別な存在』になれるのかな、と。

 まあ、精神は四十を超えたおっさんなので、自分にできる事とできない事の区別は何となく出来ていた。

 そして、そうやって『決めつけている事』こそが、俺が凡人である理由なんだとも感じている。


「他の魔法使いの人達も、これくらいは簡単にできるのかな?」

『どうかしら。テッドのお父様に聞いてみたら?』


 あ、その手があったか。

 今更ながら、テッドのお父さんが魔法使いだという事を失念していた。


「そりゃそうだ。身近に大人の魔法使いが居るんなら、聞けばいいだけだった」

『変なところで大人に頼りたがらないよね、テツマ』

「そうかな?」


 そんなつもりはなかったけど、アルフォニカが言うならそうなのかも、と素直に思う。


「まあいいや」

『じゃあ、またテッドの家に戻るの?』

「それはそれで面倒だなあ」


 ちょうど木陰で涼んでいたところなのだ。また暑い日差しの下を歩くというのは、考えるだけで気分が滅入ってくる。


「明日にしよう」

『それ、絶対に明日も忘れてやらないヤツだ』

「その時はお前が教えてくれればいいだろー……相棒」

『こんな時だけ相棒面しないでくれます?』


 二人でからからと笑って涼んでいると、ようやくテッドがやってきた。

 課題が終わったようだ……というか。


『あれ?』


 遠目にもなんだか様子が変だと感じていると、そのことに気付いたアルフォニカがいつものように重力なんか感じさせない動きで空中を泳ぐように移動した。

 そして、すぐに戻ってくる。


『あの子、なんだか知らない女の子を背負ってる』


 ああ、だからか。

 確かにテッドは俺よりも頭一つ身長が高いし、体を鍛えていて横幅も大きい。

 それでもなんだか、その影はいつもより一回り大きく見えたのだ。


「ついに恋人でも出来たのか……」

『なに馬鹿な事を言ってるの』

「……違うの?」


 あいつ顔が良いし、身長も高いしで、村の誰かが告白でもしたのかと。


「ごめんね。少し遅くなったよ」

「いや、それより背中の子は誰なんだよ?」


 遅くなったのなんてどうでもいいよ。気にしてないよ。

 俺がそう言うと、テッドは困ったように苦笑してその子を木陰に下ろした。

 それは……なんというか、目を奪われる、という表現がぴったりと当て嵌まる。そんな印象を受ける容姿をした女の子だった。

 透き通りそうなくらい綺麗な銀髪に、日に焼けていない白い肌。

 歳は俺達より少し下だろう……幼さが残る容姿だが、その眉根は苦しそうに歪んでいる。

 顔も赤く、息も苦しげに乱れていた。


「うぅ……みず……」

「村の入り口で倒れてて……ジミーなら魔法で水を出せるでしょ?」


 家に連れて帰れよと言いかけたけど、確かに村の入り口なら家より森の方が近い。

 しょうがないかと溜息をついて、頭の中で水をイメージする。

 すると、空中に水の球が出来上がった。


「熱中症かな?」

「ね……なに?」

「暑いのに水を飲まなかったから倒れたんだろ」


 そういえば、熱中症なんて単語はこの世界にはないのか。

 そんなことを考えながら魔法で作り出した水を口元に運び、少しだけ口元に触れさせた。

 一気に行くと顔が丸ごと水の球に入り込んでしまい、溺れさせてしまいそうで怖かったからだ。


「たしか、頭を冷やした方がいいんだよな。アルフォニカ、この子、熱はあるか?」

『さあ?』

「いや、手を当てて調べろよ。俺やテッドだと体温が高くて分からないから」

『あ、そういう事ね』


 はいはーいと軽く返事をしてアルフォニカが女の子の熱を測る。


『わ、凄く熱いんだけど。風邪?』

「じゃあ、やっぱり頭を冷やさないとな」


 一気に水分を与えるのもあまりよくないだろうと思い、残った水の球を氷に作り替える。

 そして、それを女の子の頭の傍に置いた。

 直接だと、今度は冷えすぎて体に悪いからだ。本当は布なんかを巻いてから枕にするといいんだけど、ちょうどいい布は手元にない。


「こういう時は素直に便利だと思うな」

『そうねえ』

「なにが?」


 前世の記憶が、とはさすがに知り合って一年足らずのテッドへ教えるのもどうかと感じる。

 ……アルフォニカじゃないが、友達というか、それなりに親しい人間に『前世の記憶がある』と告白して引かれたら、ちょっと悲しくなりそうだから。

 当のアルフォニカだって、俺にしか見えない精霊だから話したのだし、彼女も最初は全然信じていなかった。俺でさえ、自分の妄想なんじゃないかって思う時があるくらいなのだし。

 それはさておき、と。


「んぐ……」

『あ、起きた?』


 女の子が寝返りを打った。

 そこでようやく、彼女が来ている服が異様な事に気付く。

 ……なんというか、病院で患者が着ている着物のような白い服。検査衣に似ている服だったからだ。

 少なくとも、外を出歩くような人が着る服じゃないし、こんな田舎ではあまり見かけない上等な服と言えるだろう。

 都会から引っ越してきたテッドでさえ、一年の田舎生活でその服にはボロが目立ち始めているが、女の子の服はまだ真新しかった。


「あー……まだ生きてるのか、オレ」

「大丈夫? 水、もう少し飲む?」

「ああ、くれ――ありがとうな」


 なんとも妙な喋り方の女の子だ。

 もう一度魔法で水の球を作り出して、横になったままの女の子の口元へ運ぶと、女の子は喉を鳴らしてその水を飲んだ。


「ぷはっ――これで水が冷たかったら最高だったんだけどな」

「贅沢だなあ」


 今まで気を失っていたのっていうのに、その元気な物言いにテッドが呆れたように呟いた。

 女の子も悪びれるどころか、少し顔色がよくなったその顔を喜色に緩め、体を起こした。


「助かったよ。ありがとうな」

「いや、いいけど……君、誰?」


 どうやらアルフォニカは見えているようで、ぷかぷかと宙に浮いている彼女を女の子は目で追っている。まあ、今更精霊が見える人が一人二人増えたところで驚かないよ。

 ……魔法使いでも修業を積んだり才能が無ければ見えないはずなんだけどなあ、精霊。

 実は俺って、本当にそこまで特別じゃないのかもしれないと、気持ちが沈みそうになる。

 そのアルフォニカだが、さっきから黙って顎に指をあて、何事か考え込んでいるようだった。


「どうしたんだ?」

『いや、なんだかその顔に見覚えがあるような、無いような?』

「オレはあんたみたいな精霊は知らねえけど……というか、ここどこだ?」

「名前もない村だよ。確か、西にアーリヴィンって町があるけど」

「じゃあ、王都から東側か――」


 どうやら見た目は俺達より年下だけど、この辺りの地理には明るいらしい。

 熱中症で倒れていたのに、すぐに街の名前からこの辺りがどこなのか察したようだった。


「んじゃ。水、ありがとうな。まだ昼間だし、歩けばアーリヴィンまで間に合うだろ」

「休まなくて大丈夫? うち……はどうだろ。テッド、お前の家なら泊めてくれるかな?」

「うん、部屋も空いているから大丈夫だと思うよ。君も、顔色は良くなったけどそんな服装だし、休んでいかない?」

「服装って……んあ?」


 そこまで話して、女の子は絶句した。

 しばらくの間。

 どうしたんだろうと、俺とテッドは顔を見合わせる。


「なんだこりゃ? いや、ちょっと待て」


 そして立ち上がると、まだ体調が完全に戻っていないようで、ふらついて倒れそうになった。

 それをテッドが受け止める。


「大丈夫?」

「なんでオレ、こんなになってんだ?」


 そこまで話すと、体力が尽きたのだろう。

 テッドに抱きかかえられたまま、女の子は意識を失ってしまった。

 俺たちは顔を見合わせる事しかできなくて……。


「とりあえず、テッドの家に運ぶか。テッドのお父さんとお母さんは家に居るのか?」

「うん。僕が来る時は、まだ家に居たよ」

「俺も女の子のことはよくわからないし、テッドのお母さんに任せよう」

「そだね」

『私も一応女の子なんだけどー?』

「うん、アルフォニカさんも女の人だよ?」


 語尾が上ずった、なんというか、無理矢理若作りをしている女性のような声だった。

 何を訴えたいのかよくわかっていないテッドは不通に返事をして、俺は……聞こえないふりをした。

 いやだって、『オンナノコ』って歳じゃないだろ。俺より年上だし、精霊って人間より長生きするだろうから母親より年上だろうし、たぶん。


『おい、テツマ?』


 気を失った女の子を体格に優れるテッドが背負って歩き出すと、その後を追って……歩き出した瞬間、地面から突然浮き出た草の根っこの束が足に引っ掛かり、そのまま勢いよく転倒してしまった。

 何とか地面に手を吐いて、顔面を叩き付ける事だけは開始するが、手のひらを少し擦り剝いてしまう。


『あらあら。足元には気を付けないといけないわよ、テツマ』


 そんな俺を見下ろして、ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべているアルフォニカ。

 ……こ、この女……。


「テツマって、ジミーのこと?」

『さあ、どうかしらね?』


 そういうところがおばさん臭いんだぞ、と。心の中でだけ思っておくことにした。


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