第一話 鬼龍寺鉄馬は主役じゃなかった
自分のことを“特別”だと思っていた。
なぜなら俺には前世の記憶というものがあり、普通の人では見る事が出来ないものを見る“眼”を持っていたからだ。
物心がついた時には自分が生きているのとは別の――異世界とでも言うような世界の知識があって、そこで生きた記憶もあった。
鬼龍寺鉄馬。
それが、その異世界で生きていた俺の名前だ。
ビルと呼ばれる何百何千という白亜の塔が立ち並び、道は黒いアスファルトが均等に敷かれ、馬車なんかよりも何倍も丈夫で速い車が走る街。
他にも沢山の機械に溢れ、不便の無い生活が送れる世界。
人間だって数えきれない数が歩き、毎日が『生きることに急かされる』……みたいな世界。
なんとも言葉にするのが難しいのだが、鬼龍寺鉄馬はその世界がとても不自由で、生きている事が苦しくて、そんな苦痛を感じながら……事故死した。
鬼龍寺鉄馬の最期の記憶は、生きている事が苦しいと感じながら、けれど車に轢かれそうになった子供を助ける瞬間だ。
自分でも生きている事が苦しいと感じるなら、子供を助けても苦しめるだけのはずなのに――鬼龍寺鉄馬本人でも理解できない善性で人助けを行い、代わりに車から轢かれて死んだ。
満足なんかしていなくて、生きているのが苦しいと感じていたのに死にたくないと感じ……けれど子供を助ける事が出来て良かったと思う、ちぐはぐな感情。
まあ、この記憶が本当に前世の記憶なのかを確かめる術なんかなくて、もしかしたらただの妄想というだけなのかもしれないけど。
それでも、物心がついた時には世の理というか、親と会話して文字を読み書きして、村に住んでいる同い年くらいの子供たちよりずっと博識だったと自分でも思う。
そしてもう一つ。
五歳になる頃、俺は怪我をした。
村では麦や野菜を育てて近隣の大きな街へ売りに行くことで生計を立てていたのだが、五歳の頃に大きな嵐が起きた。
その時、父親が村の近くにある川の様子を見に行くと言って出て行ったのに不安を覚えて後をついて行ったら、氾濫した川に父親が流されたのだ。
それを助けようとして、頭を強く打った。髪で隠しているけど、今でもその傷跡は残っている。
ちなみに、父親は川の下流で助けられて今でも元気に生きている。
問題はその数日後からだ。
怪我が原因で熱を出したのだが、その傷が癒えると変なものが見えるようになったのだ。
その変なものとは『精霊』を自称する、変なおばさん。
ちなみに、口に出す時はお姉さんとか、本名である『アルフォニカ』と呼ぶようにしている。
間違ってもおばさんなんて呼ぶと、怒る。凄く、物凄く怒る。
どれくらい凄いかというと、他の人には姿が見えないはずなのに村の皆が体調を崩し、森の木々で翼を休めている鳥達が一斉に飛び立ち、家畜達が暴れだす。
それくらい怒る。
おばさんと呼ばれたくないなら太陽の光を弾いてギラギラ輝く大量の装飾品を外して、服装も派手じゃなくて落ち着いたものに変えればいいのに、とは思う。こっちの方は何回か言った。その度に、拗ねて半日くらい姿を消していたけど。
精霊の姿が見えるとはいえ、精霊本人が姿を隠したいと思うと見えなくなるのだ。この『眼』も便利なのか不便なのか。
まあ、なんとなく「あの辺りに居るんだな」くらいは分かるけど。
それはさておき。
この精霊。
魔法を使う人間にとってとても重要な存在らしく、この世界で特別視される『魔法使い』というのはこの精霊から力を借りて魔法を行使しているのだとか。
けれど、そんな魔法使い達でも精霊を見る事が出来るのはほんの一部だけで、物凄く修業を積んだ人か、物凄く才能がある人だけらしい。
つまり、俺は生まれながらに魔法使いの才能があるのだ……とかなんとか。
実際、何もない所で火を起こしたり、手を使わずに木の桶を持ち上げて川で水汲みをしたり、暑い日には氷を作り出したりと、アルフォニカが見えるようになって一か月も経つ頃には簡単な魔法なら使う事が出来た。
そんなこんなで、俺は『特別』なんだと思っていたわけだ。
異世界の記憶にある言葉を使うなら『井の中の蛙、大海を知らず』というやつである。
「こんにちは、アルフォニカさん」
『あらあら。こんにちは、テッド。暑い日が続くけど、元気ねえ』
村から少し離れた場所。森の近くは影が多く、夏場の今でも涼しく感じる事が出来るこの場所は、俺のお気に入りの一つだ
涼しいし、薄暗いから村の子供たちは寄り付かないし、村からそんなに離れていないので大人達からも怒られない。
魔法の訓練をするには最適な場所……だったのだが、最近は少し騒がしくなってしまった。
まあ、人が一人増えただけなんだけど。
それが今、アルフォニカと話している男の子。俺と同い年だけど、村の子供達とはちょっと違う……垢抜けた雰囲気の少年だ。
名前はテッド。本名はテオドア=ルーベルトという苗字持ち。
つい数日前に村へ越してきた、貴族の息子である。ちなみに、苗字というのは王様に土地を与えられた貴族しか持つ事が出来なくて、この村ではテッドの家族だけである。
着ている服も、落ち着いた雰囲気も、田舎者の俺達とは全然違う。都会っ子、って感じだ。
短く切り揃えられた茶髪は太陽の光を反射して朱に輝き、同い年の俺よりも頭一つ高い身長。体も鍛えられていて、聞いたところによると剣術を習っているのだとか。
その二の腕は俺よりもなんだか筋肉で硬くなっているように見えるし、駆けっこをしたら三戦全敗中。
そして、さっきの会話から分かるように、このテッドも精霊を見る事が出来る。つまり、優秀な才能ある子供というわけだ。
……この村では俺だけだったのに、という気持ちが空しくて一人寂しく魔法の訓練をしていても、アルフォニカの気配を感じてテッドは俺を見つけてしまう。
それがまた悲しいのだが……まあ、こればっかりはどうしようもない。
さて、そのテッド。
精霊が見えるくせに魔法が使えないのだという。
それが原因でテッドの両親はこんな田舎に引っ越してきたんだとか。
なんでかそれを教えられた時、「大変なんだな」って言ったら、懐かれた。精霊は見えるけど魔法は使えない人にも、色々と悩みがあるらしい。
「今日もよろしくお願いします、アルフォニカさん」
『ええ、もちろん。私の相棒は教え方が下手で、ごめんなさいね?』
「下手っていうか、最初にアルフォニカがちゃんと使い方を教えてくれなかったからなんだけど……」
テッドは今日もアルフォニカから魔法の使い方を教えてもらうために、俺の隣に座る。
一緒に居るようになって最初の頃は俺にも色々と聞いてきていたけど、今ではそれも無くなってしまった。
だって、しょうがないじゃないか。
本来なら体内にある魔力の流れというのを理解し、効率よく消費し、精霊に自分の意志を届けて奇跡を成させる……というのが魔法らしい。
つまり、魔法を使うのは精霊であって魔法使いじゃない。魔法使いは精霊に魔力という対価を払う存在。
故に『魔法使い』というのは正しい表現ではなく、テッドのお父さんは自分のことを『精霊の使徒』なのだと言っていた。
けど、だ。
俺はアルフォニカが見えるようになってからは、なんとなくで魔法を使ってきた。
火を点けたいって手を翳せば枯れ枝に火が付くし、物を持ち上げたいと思えば勝手に浮く。氷を作りたい、邪魔な雑草を刈りたい、畑の中にある土と小石を分けたい。
そう思えば、なんとなくで体の中にある魔力を使って魔法を行使する。
どうにも、アルフォニカという精霊が強力過ぎて、そうなってしまったらしい。訓練をせずに魔法を使える……というのは、結構特別なんだとテッドのお父さんが言っていた。
何とはなしに手を使わずに小石を持ち上げて、空中でぐるぐると回しながら横目で見る。
今までは俺につきっきりだったアルフォニカが嬉々としてテッドへ魔法の使い方を教えている光景に、寂しさを覚えてしまう。
ある意味、畑仕事で忙しい両親よりもずっと長い時間を一緒に居た……こんなことは口が裂けても言えないけれど、姉のような存在。
綺麗な銀髪に宝石のような翠色の瞳、普通の人間からは見えないくせに大量の宝石で飾られた服装はさておき、村のどんな女性よりも綺麗だと思う美貌。
その嬉しそうな表情を俺は見たことが無かったので、ちょっと嫉妬。
……情けないと自分でも思うよ。
アルフォニカには話しているけど、もしかしたらただの妄想でしかないかもしれない『鬼龍寺鉄馬』の記憶と合わせると、俺の内面は四十二歳。鬼龍寺鉄馬は三十六歳で事故死し、俺は六歳なので、精神年齢はそれくらいだ。
そんな人間が嫉妬だなんて、情けない。
ふと、村の方から視線を感じた。
今までは村のはずれで魔法の訓練をする俺を怖がっていた同年代の子供達が、こっちを興味深げに見ていたのだ。
お目当ては、田舎に越してきた綺麗で格好いいテッド。俺じゃない。
テッドの両親も、田舎生活は大変だと思うのに人当たりが良くて、一か月もしないうちに村に馴染んでいた。
基本的に人が良いんだと思う。この家族は。
アルフォニカの存在を受け入れてもらえず、誰からも見えない『精霊』を説明できず、『異世界の知識』を説明できなかった俺とは違う。
村の皆から受け入れられ、好かれ、綺麗でかっこいい。
お金持ちで、『異世界の記憶』なんて曖昧なものじゃなくてちゃんと勉強したから頭がいい存在。
だから思うのだ。
俺は『特別』なんかじゃなくて、きっと『本当に特別』なのはテッドなんだと。
まあでも、それでもいいのかな、とは最近思うようになってきた。
俺が『特別』じゃなくても、それで人生がどうにかなるわけじゃないんだし。
平々凡々とした人生を送るなら、魔法を使えるってだけでも十分すぎる。
そう思っているのだ、ここ最近は。




