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             5  研修医・二年三月〜ドクター一年目・五月

        5  研修医・二年 三月 (三ヶ月前)


              一


 三月二日の日曜日。 利知未は倉真の実家から、遊びに来いと誘われた。

「お雛様、もう飾ってあるのよ。 一日早いけど、一緒にお祝いしましょう?」

倉真の母親から、そう連絡があった。


「去年は、ブーイングの嵐だったからな。 お袋も一美も、執念深いぜ」

 月頭の土曜日、連絡があった事を伝えると、倉真にそう、ぼやかれた。

「執念深いって、酷くない? お母さんも一美さんも、一緒にお祝いしてくれようって、気を回してくれたのに」

 利知未に叱られてしまった。


 自分の家族と仲良くしてくれる事は、喜ばしい事だ。 だが、先月の法事で、利知未の家族内の複雑な気持ちの流れを、改めて知ってしまった。

 実の母親とも、もう少し打ち解けられれば、利知未の心も軽くなるのでは無いかと、自分の事を引き比べて見て、倉真は思う。


「ま、良いんじゃないか? 行って来れば」

「倉真も一緒に、来てくれないの?」

「女の祭りだろうが。 俺が行って、また嫌味を聞かされるのか?」

「お父さんの相手、して上げなよ。 将棋の勉強、続けてたでしょ?」

「…そろそろ、一勝ぐらいは奪えるか?」

「さぁ? それは、やって見ないと解らないと思うけど」

「シャー無い。 親父の相手をしてやりに、行ってやるか」

倉真と父親の関係は、今の所は順調そうだ。

 自分の事はさて置き、その事は、利知未にとっても喜ばしい事だと思う。

「そうしてあげて」

利知未に笑顔で言われ、明日は倉真も一緒に、実家へ出掛ける事になった。



 翌日。 母親と一美は、利知未の事を待ち構えていた。

「今日は、お雛祭りのついでに、後で利知未さんの肌襦袢や裾避けを見に行きましょう? 他の物は、私ので良ければ、お貸ししますよ」

そう言いながら、利知未を雛壇が飾られた居間へと、引っ張って行った。

「ったく。 俺は、おまけかよ?」

ぼやいて倉真は、父親を呼ばわりながら、呑気に奥へと歩いて行った。


 父親は寝室兼、夫婦の部屋で、本を片手に将棋盤へ向かっていた。

「親父、再戦、申し込むぜ?」

「少しは勉強して来たのか」

「かなりな。 今日こそ一勝を奪う」

「相手をしてやる」

本を片付け、将棋盤へ敷いた布陣を崩しながら、そう答えた。



 館川家の雛壇は、五段飾りの少し小振りな物だった。 それでも手の込んだ、立派な造りの物だ。

「一美が生まれた頃には、店も軌道に乗り始めていたから。 お父さんが奮発して、当時の我が家には、少し高価なくらいの雛飾りを買ってしまったのよ。 それから後、一度、上手く行かなくなってしまった時期もあったんだけど……。 その時も、この雛飾りだけは手放さなかったの」

倉真の母親は、雛壇に纏わる、当時の思い出話をしてくれた。

「倉真が小学校二、三年の頃かしら? 小豆が不作で…、家は和菓子屋でしょう? 原価が上がってしまって、一つ一つの値段も上げなければ追いつかない位だったのよ。 だけどお父さんは、折角、着いて来てくれ始めたお客様に、そんな金額では売れないと言って。 元の金額を変えないで頑張ってしまったの。 お陰で、家計は苦しかったわよ、あの当時は」


 倉真を初めて、釣りに連れて行ったのは、その頃だと言う。

「気晴らし相手が、欲しかったんだと思うわ」

それで連れて行ったはいいけれど、倉真の性格には、余り釣りは向かなかった。 父親に背負われて、爆睡中のまま帰宅して来たのだ。

「それからも、何度か連れて行ってみたけれど、毎回、同じ。 自分の竿でも持てば、もう少し夢中になってくれるかと思って、タダでさえ少ない小遣いから遣り繰りして、一本買って上げて見たんだけど。 やっぱり同じだったって。 それからは、また一人で行くようになったのよ」


 翌年は小豆の価格も元に戻り、他の店では前年に上げた価格のまま、商売をし続けていたが、夫は以前と変わらない金額で、仕事には手を抜かずに良くやっていた。

 その事が評判となり、以前よりも大口の取引が纏まって来た。 三年もする頃には、すっかり当時の赤字も抜け出す事が出来て、店を大きくする事も出来たのだと、言っていた。


「商売人ですね」

「損して得取れを、地で行った例でしょうね」

 利知未の言葉に、母親は笑顔でそう答えた。

「あたしは全然、知らなかったけど。 そんな時期が、あったんだ」

「ええ。 倉真の腕白に火が付いたのも、その頃よ」


 それまでも活発で喧嘩も多かったが、まだ可愛い範囲の事だったらしい。

「自分よりも大きな子を相手に、喧嘩をし始めたのも、その頃。 大抵は、倉真に懐いていた近所の子供が苛められたとか言って、仕返しに行き始めてしまったのよ。 気が付くと、この辺りのガキ大将になってしまっていたわ」


 それから中学へ入り、新しい友人から教えて貰ったパンクロックや、へビィメタルに嵌ってしまった。 髪型をオカシな形に変えてしまい、学校からは頻繁に保護者呼び出しを受けていた。

 克己との出会いは、その頃の事らしい。 翌年、ギターをお年玉で買って、練習を始めた。 中学二年に上がる頃には、この辺りで知らない者が居ない程の、喧嘩上等伝説を作り上げてしまっていた。


「兎に角、あの子には手を焼かされました。 ……それが、今じゃねぇ」

 奥の寝室で、あれ程、反りの合わなかった父親と、仲良く将棋盤を囲んでいる息子の顔を、思い出した。

「本当に、利知未さんには感謝しています。 有り難う」

 改めて、利知未に対して頭を下げた。

利知未は、またまた恐縮してしまった。



 今回も倉真は、父親に中々、勝たせて貰えなかった。

「少しは、やるようになったな」

駒を手に父親が考える時間は、多少なりとも増えている。

「マジ、今日は勝つまで帰らねーぞ?」

倉真も手応えを感じ始めて、更にムキになっている。

 父親は無言で、湯飲みへ手を伸ばした。 口へ運んでみて、既に飲み干していた事に気付いた。

「おい!」

声を上げて、妻を呼ぶ。 居間で話しに盛り上がっていた妻は、気付く事が出来なかった。

 暫らく待って、また声を上げる。 三度目に名前を呼ばわり、漸く妻へと声が届いた。


「おい! 澄江!」

 奥から聞こえて来た声に、一美と利知未が気付いた。

「お母さん、お父さんが呼んでるよ?」

一美が話の途中で、母親へ教えてあげた。

「あら、そうだった? はーい、只今!」

返事をして、立ち上がろうと座卓へ手を突いた。

「お茶かしら。 セットにして、持って行ってしまって置いた方が良いかも知れないわね」

呟きながら立ち上がり、居間を出て行った。

「お父さん、将棋を始めると全く動かなくなっちゃうんだよね」

一美が呆れたように言って、呑気な様子で、甘酒と雛霰へ手を伸ばした。


 母親が戻ってから、もう暫らく話をしていた。 時計を見て、お昼の準備に立ち上がる。 利知未が声を掛けて、今日も昼餉の準備を手伝った。

「三人でやっちゃった方が、早いよね。 あたしも手伝うよ。 今日も、お握りでも作る?」

「そうね。 利知未さん、少し様子を見て来て貰っても、構わないかしら?」

母親に言われて、利知未は始めて、夫婦の部屋へ顔を出した。


 館川家では、利知未に対して徐々に、嫁同様の扱いへと近付いて来ている。 それは嬉しい事だと、利知未には感じられていた。

 仲の良い家族の一員に迎えられるのなら。 嫁ぐ身として、それ程、嬉しい事は無いと思えている。 最近は館川家へ訪問するのも、大分と気楽に成れて来ていた。

 気持ちは通じる物なのだろう。 倉真の家族は、何時でも利知未の事を喜んで迎え入れてくれている。


 利知未が父と兄の様子を見に行っている間に、一美が言っていた。

「利知未さん、別居じゃなくて同居しちゃえば良いのに」

義姉として、嫌な相手では全く無い。 一緒に暮らしてくれたら、兄が家を出てから一人っ子のような生活をして来ていた一美にとって、いい姉貴分が出来て、さぞ楽しかろうと思ってしまう。

「そうね。 そうしてくれたら、良いわねぇ」

母親も、娘がもう一人増える感じで、賑やかで楽しいのだろうにと思う。

「でも、新婚の内から舅・姑・小姑に囲まれるのは、やっぱ可哀想か」

一美はそう言って、軽く肩を竦めていた。


 男二人には、今回も握り飯と味噌汁の昼飯が用意された。 準備を終えて、女三人は、どうせ呉服店へ行く用事が有るのだから、いっその事どこかでお昼を済ませてしまおうと、話が決まってしまった。

 奥の二人へ声を掛けて、早速、商店街へと出掛けて行った。

「偶には遊ばせて貰わないと、気が疲れてしまうわ」

母親はそう言って、笑っていた。


 倉真はこの日、漸く父親に勝利する事が出来た。

「うっしゃ!」

 思わずガッツポーズをしてしまう。 父親は、顔を顰めて呟いた。

「次は、本気で行くぞ」

「け、老兵は去り行くのみって言葉を、知ってるか?」

いい気になった倉真に対して、父親は容赦なく迎え撃った。

 その後、本気に成った父親に、倉真はコテンパンにやられてしまった。

「お前の一勝・八敗だ」

 父親は、今まで以上に不適な薄ら笑いを浮かべていた。

「くそ、もう一勝負」

「何度やっても、同じ事だ」

ぼそりと言いながら、父親は嬉しそうに、将棋の駒を並べ直した。



 利知未達は、商店街の食事・甘味処で、季節の雛膳を戴いた。

「ここの抹茶セットの和菓子は、家が納品しているのよ」

母親が教えてくれた。 それから、のんびりとデザートを戴いてから、予定通り呉服店へと向かった。

 利知未も、和菓子の一つ位なら美味しいと感じる事も出来る。 試しに館川氏が納品していると言う和菓子を目当てに、抹茶セットを戴いてみた。


 呉服店で目的の品物を購入してから、女主人が出してくれた緑茶を戴きながら、新しく仕入れたと言う、反物を何点か見せて貰った。

 倉真の母親は、この店に来ると、こうして反物を吟味しながら女主人を相手にして、世間話をして行くのが習慣らしい。

 ここでの時間が良い気晴らしに成っていると、利知未達にも言っていた。


 帰宅したのは四時近かった。 男二人は、相変わらず将棋盤を挟んでいた。 結局この日も、夕食まで呼ばれてからアパートへと戻った。

 夕食には、散らし寿司と潮汁が、振舞われたのだった。



               二


 中旬になり、式場から封書が届いた。

 改めて、パンフレットや、これから式までの間の相談内容などを、時期と合わせてグラフに表した書類が同封されていた。

 係りの女性からの、一筆文も添えられていた。

『来月になりましたら、是非一度、お顔をお見せ下さい』

 そして、担当者への直通連絡先が、丁寧に書き添えられていた。


「良い式場だな。 こう言う事、して貰えるとは思わなかった」

 利知未は封書を改めて、感心していた。

「普通じゃないのか?」

「解らないけど。 結婚って、殆どの人が始めての事だから、こう言うフォローがあると有り難いよね」

 自分達の後で結婚を予定しているカップルに、紹介してあげても良いかも知れない。

「そうだな。 お代わりくれ」

今は、夕食中だ。 利知未は今日、午後から外来担当の日だった。

 倉真にお代わりを注いで渡して、食事の続きを始めた。 片手にグラフを持って、眺めながら食べ始めた。

「グラフによると、来月中に招待状の手配と料理、飲み物の注文。 引き出物の予約と貸衣装の予約、だ」

「招待状なんて、もう準備するのか?」

「発送は、再来月になるけど。 文面を決めたり、リストの作成が必要。 印刷をお願いする都合があるみたい」

「ンな事まで、書いてあるのか?」

「文面の候補チラシも、入ってるよ? 式場で頼んでしまった方が確実かも知れないね。 こうやって、四ヶ月前にキッチリ連絡を寄越してくれるんだから、信頼は出来る所なんじゃないかな?」

 利知未が話している間にも、倉真の箸は止まらない。

「商売上手だな、この式場」

「そう取る?」

「冷静な判断だよ」

倉真は二杯目も平らげて、再び上目遣いで利知未を見る。

「もう、二杯目も食べちゃったの? 呆れる食欲だな」

利知未は手を出して、空の飯茶碗を倉真の手から受け取った。

「早飯食いは、胃に悪いよ」

三杯目を渡しながら、一応、忠告だけしてみた。

「確り噛んでるぞ? 胃は丈夫だ」

言いながら早速、倉真は箸を動かしていた。


 食事を終え一段落してから、利知未から倉真の母親へ連絡を入れた。 式場からの封書の話をして、招待客リストの再チェックを、次の土日休みにしてみる事になった。 招待状の文面も相談しようと思った。

 電話を切って優にも連絡を入れて、同じ事を伝えた。 次の休日、一日を館川家、一日を優宅へ出掛ける事になった。



 翌日、利知未は病院で、結婚式の報告をチラリとしておいた。

「塚田先生には、披露宴にも出席して頂きたいのですが」

 利知未から言われて、塚田医師は、喜んでと答えてくれた。

「おめでとう。 休暇届は、早めに出して置いた方が良いでしょう」

 そう教えてくれた。


 塚田医師に言われて、利知未は総務にも連絡をしておいた。

「慶弔休暇は、一週間取れます。 四月の末には休暇届けをご提出下さい」

総務からは、そう言われて来た。 やはり、おめでとうございますと、事務の女性からも言って貰った。

 普段、個人的な関りの無い人達からも祝いの言葉を向けられる様になり、利知未も漸く自分が結婚する事を、実感し始めた。


 昼休みは、香を誘った。 改めて結婚の日時を報告して、香にも出席を依頼した。 香からも嬉しい報告が聞けた。

「おめでとう。 日曜なら、心配ないわね。 …実はね、私も、プロポーズして貰いました」

「おめでとう! 何時?」

「つい、この前の土曜日よ。 結婚は、秋頃の予定」

「そうなんだ。 今年の秋には、お目出度い事が続くな。 前にお世話になっていた下宿の大家さん、九月に出産予定だって言ってたんだ」

「そうなの? 喜ばしい事ね。 秋頃って、前、利知未さんが結婚をしようと思ってるって、言っていたでしょう? 重なったら如何しよう何て、余計な事を考えちゃったわ」

「報告が遅くなって、ごめん。 じゃ、招待状は、改めて送ります」

「手渡しでも良いけど?」

「式場に、発送は任せてしまう事になると思うから」

「そう? で、利知未さんはいつ頃、お母さんになる予定なの?」

 香に聞かれて、首を竦める。

「本当は、早い方が良いんだろうけど……。 お金の貯まり具合に、寄ると思う」

「二十代の内に出産した方が良いわよ? 私も、成るべく来年には子供も欲しいと思うけど」

「ギリギリじゃない?」

 香は、利知未よりも二歳年上だ。 利知未が今年で二十七になるのだから、香は二十九歳。 来年の誕生日前には、と言う意味なのだろう。

「ハネムーンベイビーに、期待するしかないかも?」

「計算しないと?」

「ね!」

明るい冗談で、笑顔の昼食となった。



 夜、思い付いて、準一と和泉にも連絡を入れた。 こちらからは、驚きの返事が返って来た。

 準一は相変わらずだった。 式の日時を聞いて、師匠に連絡をしないと、と言っていた。

「式の写真、撮ってくれるって言ってくれてたよね」

「そう言うこと。 だから、二次会じゃなくて、式から顔合わせられるよ」

 ソファで晩酌中の倉真に、目顔で準一との電話の成り行きを問われた。

「ジュンの師匠、結婚式の写真、撮ってくれるって言っていたでしょう? 式場の撮影費用は、最初から入れてなかった筈だけど」

送話口を手で押さえて、利知未が答えた。

「そう言や、そうだったな」

納得して、酒を口へ運ぶ。

「倉真とも話す?」

利知未は、再び電話口の準一へ問い掛けた。

「冷やかしてやろう」

「代わるね」

倉真に受話器を渡す。 倉真はグラスを持ったまま、話を始めた。

「おお、宜しく言っておいてくれよ?」

「師匠に? 言っとく。 後、四ヶ月か。 浮気してないの?」

「する訳、無いだろ。 そう言う暇もありゃしない」

「暇があったら、したいとは思ってるんだ」

「バカヤロ、くだらない事、言ってるな。 利知未に睨まれてるぞ?」

「聞こえるくらい、くっ付いてんのか?」

 コードレスの受話器が、ソファにいる倉真へ渡されていた。 利知未は隣に座って、酒を飲んでいる。 態と大きめな声で言ってやった。

「聞こえてるんだけど? ヘンな事、言わないでよね」

「ヤバ。 今の無し!」

準一の少し慌てた声に、倉真は軽く吹き出してしまった。

「それはそーと、それなら和尚は、行けないかも知れないよ?」

準一の言葉に、二人はチラリと目を合わせる。

「どう言う事だ?」

「和尚、今年の春から由香子ちゃんの所で、二、三年、生活してみるって」

「そんな話しになっていたの?!」

利知未の方が、先に声が出てしまった。

「今から、連絡してみるか?」

「うん。 倉真、貸して」

受話器を受け取り、利知未が準一に言った。

「教えてくれて、ありがと。 今度、時間作るから、ご飯、食べにおいで」

「マジで? 行く! ンじゃ、また連絡するから。 和尚に宜しく」

「解った、じゃね」

電話を切って、直ぐに和泉へ連絡を入れ直した。



 電話口に呼ばれた和泉は、落ち着いていた。

「そうですか。 俺は、五月には行く予定で準備を始めています。 連絡が遅くなって済みません。 決まったのが今年の正月過ぎだったんで、色々と雑用が多くて」

 利知未に問われて、そう答えた。

「ビックリしたよ。 ジュンには何時頃、話していたの?」

「樹絵ちゃんと、先月遊びに来たんで、その時に」

「そっか」

倉真が、隣で話の成り行きを見守っていた。 利知未は和泉に断って、倉真へと受話器を渡す。

「お前も行き成りなヤツだな。 もうチョイ早くに、連絡寄越せよ?」

「お前に言われるとはな」

呟いて、小さく笑っている。

「悪かったよ。 秋だったら一度、戻る事も出来たかも知れないな」

「ま、仕方ないな。 久し振りに、FOXのライブを企画していたんだけどな」

「利知未さんが歌うのか?」

「いや。 現在のFOXが、二次会の始めに三十分位でライブをしてくれる約束だよ。 あの頃の曲も、演奏リストに入れてくれるんじゃないか?」

「それは残念だったな。 ビデオにでも撮ってくれよ」

「その手があったか」

「思い付かなかったのか?」

「…全く」

「お前ららしいな」

「悪かったな。 …ンじゃ、その前に一度、会うか?」

「そうだな。 来月の頭か、準備が終わった頃が良いけどな」

「分かった。 利知未と相談しとくよ」

「おお。 …幸せにな」

「まだ、早いな。 けど、サンキュ」

利知未に無言で、代わるか? と問い掛けた。 頷いて、受話器は再び倉真の手から、利知未の手へと渡る。

「あたしの来月のシフトが出てから、また連絡するから」

「はい。 この位の時間なら居ます」

「分かった。 じゃ、またね?」

「はい、また」

 電話を切って、受話器を置いた。


「ね、どうせなら和尚も、ジュンと一緒にここへ来て貰おうか?」

 受話器を置いた途端、思い付いた。

「それも、良いな。 ジュンに迎えに行かせれば良い訳だ」

「丁度良く、樹絵でも遊びに来てくれないかな?」

「賑やかになるな」

「でしょ? 樹絵とは、また一年以上も会ってないし」

「もう、仕事している筈だな」

「二年目に入るでしょ。 今は、何処の警察署に居るんだろ?」

 そんな話をしながら、晩酌を続けた。 明日も仕事だ。 十二時前には寝室へ引っ込んだ。



 週末に館川家と優宅へ伺い、招待状の文面と、送り先の最終チェックを終わらせた。 料理も引き出物も、改めて最終決定をした。

 貸衣装についても、利知未の衣装に合わせて、倉真の当日の衣装を決め、予約をするだけの状態に整え終ったのだった。




       6  ドクター一年目 四月 (二ヶ月前)


              一


 四月に入り、利知未は晴れて正勤医師となった。 基本給も七万円以上、上がった。 これから先、オペ手当ても今までの1.5倍は入る計算だ。

 外来の担当日も変わった。 火曜日と木曜日の半日、毎週の担当となった。 土日の夜勤は確実に、隔週で入ってくる事になる。 生活のリズムを掴むまでには、暫らく時間が掛かりそうだ。

 今月のシフトが出て、始めの土日休みの一日は式場へ行く。

 月中の土日、準一と和泉の予定を聞いて、会う約束をした。


 連絡をした時、準一が気楽に言い出した。

「どうせなら、宏治も一緒に呼んじゃえば、仲間が全員集合って事になるんじゃん?」

「そうだね。 日曜なら、宏治も来られるか」

「オレ、誘っとく!」

 準一との電話を終えて、倉真にも、その事を伝えた。



 五日の土曜日。 今回も倉真の母親と、三人で式場へ出掛けた。

 料理も引き出物のプランも、基本は倉真の母親の意向通りだ。 館川家の家業柄、料理は和食で組み立てていた。 招待客も、どちらかと言えば年配者の方が多い。 利知未と倉真の仕事、友人関係は、こぞって二次会メンバーだ。

 料理の話を終え、係りの女性が言い足した。

「当日、花嫁は、お食事をされるのが難しいと思いますので、簡単なお食事を、お色直しの時にご用意しておきます」

それは、サービスで付けてくれると言う。 お握りかサンドウィッチになると言うが、それで宜しければと促され、お願いしておいた。

 引き出物の話しになり、持ち込み料は掛からないと聞いて、利知未は内心でほっとした。


 相談と予約を終え、帰り際。 ウェディングエステの割引券をプレゼントされた。 式場内に施設がある場所も、下見をした中にはいくつかあった。

 係員の態度が良くなかった所だったので、話の途中で倉真の母が席を立ってしまった式場だった。

「このチケットは、都内の有名なエステサロンの物なんだ」

 チケットを見て、利知未が呟いた。

「当式場の施設内には、サロンがございませんので。 ご協力戴いております」

 係りの女性は、そう教えてくれた。



 帰り道、車の中で倉真の母親が言う。

「媒酌人をして下さるご夫婦にも、一度、挨拶へ行かなければならないわね」

「何時頃が、良いのでしょうか?」

「利知未さんのお仕事の都合を見て、良い日和を探してみましょう? 式は六月の末なのだから、五月末頃までには」

「シフトを確認してみます」

利知未の言葉に頷いて、母親が思い付いた。

「それはそうと、指輪はもう準備してあるの?」

言われて、二人は顔を見合わせる。

「そう言えば…」

「まだ、だったね?」

「サイズの直しもあるのだし。 ついでだから、周ってしまう?」

「それだったら、店に当てがある」

「少し、遠いですけど?」

「構わないわよ、周って行ってしまいましょう。 これから先、そうそう時間も取れないでしょうから」


 母親の意見で、そのまま東京の中心地から、横浜・桜木町までの強行軍となってしまった。 時間は、まだ昼過ぎだ。

ついでに、どこかで昼食を済ませてしまう話しになった。



 途中で食事を簡単に済ませて、利知未のネックレスやエンゲージリングと、利知未が大学時代に、透子の誕生日プレゼントを購入した店へ向かった。

「ここで、何か、お買い物をした事はあるの?」

店へ入る前に、母親が問い掛ける。

「何度か来てる」

倉真は短く答えた。

「結婚指輪は、一生物ですから。 信頼の置けるお店で準備するのが、一番よ。 その点は大丈夫?」

 その質問には、利知未が答えた。

「大丈夫です。 良い、お店ですよ」

「利知未さんが言うのなら、大丈夫ね」

母親は、ニコリとした。 倉真が、その言葉へ軽く突っ込んだ。

「そりゃ、どー言う意味だよ?」

「宝石や装飾品は、男の目よりも女の目の方が確かだと、言う事ですよ」

 入りましょうか。 と言って、母親が先へ立ち、店に足を踏み込んだ。


 何時も倉真の相談に乗ってくれていた店員は、まだここで働いていた。 どうやら、当時よりも肩書きが増えたらしかった。 責任者的な立場に立ち、客からの真剣な買い物の相談を、引き受けている。

 倉真の母親も、その店員の態度や物腰には、安心感を得る事が出来た。


 何点か現物を見せて貰いながら、倉真の母親の厳しい目と意見も混ざり、少々、長い時間の相談となった。 三人が納得した商品をサイズ直しと共に注文して、代金は受け取りに来る時に支払う話で纏まった。

 お直し料込みの見積もりを出して貰い、利知未が平日の休日に受け取りに来る事になった。



 用事を済ませて、倉真の実家へ到着したのは、夕方近くになってしまった。

 居間へ通って、利知未はバッグからシフト表を取り出して、壁に掛けてあったカレンダーと、日和を見比べた。 媒酌人への挨拶日の相談だ。

「今月は、合わないですね」

「それなら、来月の予定が出たら連絡を貰える?」

「はい。 あの、私の母は、一緒に伺えないと思うのですが……」

「そうね、優さんに、代わりに来て戴きましょうか?」

「それで良いのでしょうか?」

「事情があるのだから」


 息子から、利知未の母親と会った時の事をチラリと聞いていた。

「何ツーか、…凄い人、だったぜ?」

 母から聞かれた倉真は、短く、こう答えておいた。

「優さんに、完全に任せている感じだよ」

その時、倉真は電話口で肩を竦めて、そう言っていたのだった。

 話を聞いた倉真の母は、利知未の母親に対する接し方を、少し考えてみた。

『ただ、普段はこちらに居なくて、優さんが唯一のご家族と言うのなら』

 利知未の母親の事は、良くは解らないが、基本的には優夫婦との関わりが友好的に進めば、大きな問題も出ないのでは無いかと、結論を出した。

「それならそれで、これからは優さん達と相談をするようにすれば、良いのね」

 あの時、電話口では息子に、そう答えておいた。


「お母様は、普段は日本にいらっしゃらないのでしょう? これから先にも、戻られるつもりは無いのかしら?」

 念の為、確認しておく必要はあるだろう。

「兄には、そう言っていたと」

「そう。 それならそれで、優さんにお任せしましょう?」

「…済みません」

「あなたが謝る必要は、ありませんよ。 お嫁さんに来て頂くのは、こちらなのですから。 ご家庭の事情も、何も気にしなくて構いません。 あなたは瀬川家から籍を抜き、倉真の家族になるのだから」


 実の母親が生きて元気にしているのに、一緒に喜びを分かち合えないと言うのは、どんなに寂しい思いを抱いている事かと、利知未の事を気の毒に感じてしまう。

 それでも、これほど確りとした優しいお嬢さんに成長されているのだから、これは偏に彼女自身の、資質の賜物なのだろう。

 その点でも、彼女を責める気持ちには、到底なれはしないところだ。


「お袋は、息子の俺よりも利知未の方が良いらしいぜ?」

 倉真がニヤリとして言った。

「そう言う言い方は、どうなの?」

 利知未は、つい倉真を窘めてしまい、母親の視線を気にして俯いてしまった。

「…済みません」

「いいのよ。 私が躾けられなかった分、これからも確りと叱ってあげて」

倉真の母親はそう言って、笑顔を見せてくれた。



 それから、式場から送られた資料を見せて、今後の相談をした。

「披露宴の進行役を、来月には決めなければならないわね」

「そうですね。 それは、こちらで探します」

「美容師さんは式場にも居たから、それで良いのかしら?」

「特に拘ってはおりません」

「そう。 指輪の準備も整ったし……、後は、招待状を発送してからの仕事になりそうね」

「ですね。 写真は以前、兄夫婦の写真を撮って下さった方が、引き受けて下さいます。 連絡も、こちらから」

「利知未さんと、倉真の写真を撮ってくれたのは、その方?」

 去年、倉真が持って来た、結婚衣装の写真を思い出した。

「アレは、その人の弟子になってる、ダチが撮った」

「そうなの? 利知未さんも初々しい表情で、良く写っていたけれど」

「利知未は元が良いからな。 どんな奴が撮っても、良い写真になるんじゃないか?」

「母親の前で、惚気ないで頂戴」

倉真は母から、突っ込まれてしまった。

 利知未は、恥かしくなって俯いてしまった。


 相談を終えた時間が、遅くなってしまった。 二人は夕食をこちらで済ませてから、帰る事になった。 利知未は今日も、夕食の準備を手伝う。

 料理をしている時に、母親から利知未風・酢豚の作り方を聞かれて、初めて利知未は、倉真が昔は酢豚を食べられなかった事を知った。


 話をしながら、倉真から酢豚をリクエストされた時の事を、思い出した。

『倉真、苦手だったんだ……。 それなのに』

利知未は倉真の優しさを感じて、また少し惚れ直してしまった。



 翌日六日は、優宅へ出掛けた。 昨日までの経過を報告して、今、判る範囲で、優達とも今後の相談をした。

「花嫁の父親代わりは、俺がする事になるんだな」

「そうなるね。 宜しく、優兄」

利知未に言われて、優も少し緊張し始めてしまった。

「式から出席するのは、倉真のご家族と優兄達と…、母さん。 後は、媒酌人ご夫婦だけだから。媒酌人の方への挨拶も、優兄に行って貰わないとなら無くなるのかな」

「本来は、両親が出掛けるモノなんだろうけどな。 その辺りの事は、また日付が決まったら、連絡を寄越してくれ。 日曜なら、俺は大丈夫だ」


 優の言葉に解ったと頷いては見た物の、瀬川家としては少々、肩身の狭い思いをしてしまう事になるのかも知れないと、利知未は感じてしまったのだった。




              二


 二十日・日曜日に集まったメンバーの中に、思いがけず嬉しい仲間が一人、増えていた。

 準一の車で、四人でやって来たメンバーは、兼ねてからの予定通り、和泉と準一、宏治。 残りの一人は、樹絵だった。


「利知未! 久し振り!」

 樹絵は、利知未に出迎えられた途端、そう言って抱きついた。

「樹絵? 随分、綺麗になったじゃない?」

 髪は大学時代から変わらず、ショートだった。 化粧を覚えて、身体つきも随分、女性らしく柔らかくなっている。

「利知未も! 髪、伸ばしてるんだ?」

 体を離し、改めて利知未の姿を眺めてみた。


 約、一年半振りの再会だ。 下宿時代、利知未と一番仲が良かったのは勿論、朝美だったが、樹絵はその次位に仲の良い店子仲間だった。

 樹絵は、美加とはまた違った意味で、利知未に懐いていた。 その上、下宿を出てからも警察学校の寮へ入ってからも、何度か顔を合わせている。

 店子仲間で、一番初めに利知未と倉真の婚約を知ったのも、樹絵だった。


「樹絵、遊びに来てたんだ?」

 後ろからやって来て、二人の様子を笑顔で眺めていた仲間に、利知未が問い掛けた。 準一が靴を脱ぎ、上がって行きながら答える。

「偶々、非番と当ってたから、呼んでみた」

勝手知った様子で平然と上がっていく準一を、和泉と宏治が後ろから、唖然と眺めている。

「宏治、和尚、久し振りだな。 上がれよ」

倉真から声を掛けられて、二人も靴を脱いだ。

「利知未が、飯と摘み準備してるぜ?」

「久し振りだな。 利知未さんの料理も」

宏治が言って、和泉も頷いている。

「俺は、花見弁当以来だな」

「バッカスでバイトしていた頃も、何度か食ってるだろ?」

倉真に言われて、あの頃も思い出す。

「その筈だな。 料理と言うよりは、摘みだったけどな」

宏治が頷いて、そう言っていた。

「ジュンも偶に、お邪魔してたんだって?」

樹絵も話しに加わって、仲間の後に続いて奥へと進む。

「偶にね。 車借りたり、優兄達の写真撮って貰ったり、意外と世話になってるから。 ね?」

「へへ、頼りがいのある弟分だろ?」

準一は、自慢げに笑っていた。


 何はともあれ、昔からの仲間が揃って賑やかな昼食時間となった。

「克己が居れば、完璧だったか?」

「克己は、家庭持ちだからね。 久し振りに会いたいとは、思うけど」

「そんな事を言ったら、花見メンバー全員、呼びたくなっちゃうよね」

樹絵も混ざって、話を始める。

「樹絵、今、何処の警察署に居ると思う?」

準一が、面白そうな顔をしている。

「どこだ?」

「お前には、馴染み深い所だと思うぞ?」

話は始めに聞いていた宏治が、意地悪そうな笑みを見せた。

「黒木刑事って、覚えてる?」

樹絵が問い掛けて、倉真は記憶を辿った。 蟹の様な厳つい顔を思い出す。

「って、江戸川署の、少年課の黒木か?!」

「呼び捨てにするか? 普通。 世話になった恩人じゃ無いのか」

和泉が呆れ顔を見せた。 ここへ来る迄の車内で、少しだけ話を聞いた。

「黒木刑事?」

 利知未が不可解な顔をする。 倉真は、あの頃の事を簡潔に話した。

「高校時代の大乱闘と、夏の族絡みの事件で世話になった人だ」

倉真の高校時代と言えば、一年も無かった。 それだけで、どの頃の事かは直ぐにピンと来る。

「そうなんだ」

「俺の事を、信じてくれたオッサンだよ」

「オッサンって言う呼び方って、無いんじゃないの?」

利知未に叱られてしまう。 二人の様子を見て、仲間が笑う。

「黒木刑事、倉真の事は良く覚えているって言ってたよ。 今は真面目にやっているのかって、嬉しそうに言ってた」

 樹絵の話を聞いて、倉真は少し照れ臭そうな顔になった。

「話す機会なんか、あるのか?」

「今、あたしは交通課に居るから。 相変わらず暴走関係の若者繋がりで、ちょっとね」

これ以上詳しい事は、守秘義務だ。

「違反切符、切ってるのか?」

「そうだよ。 その内、転属届けも出したいと思っているけど。 もう少し上を狙える学歴になるらしいから」

「短大卒業レベルの、学歴になるらしいよ」

準一が、樹絵の話しに付け足した。

「そんなん、あるのか?」

「一応ね、大学卒業レベルなら、警視総監も夢じゃないらしいけど」

「その下って、事か?」

「色々とあるから、説明はしないけど。 ま、そう思っておいてよ」

「ね、樹絵。 もしかして、危ない事するような配属を考えてる訳?」

利知未が心配そうな顔をした。 樹絵はニコリと笑顔を見せる。

「利知未まで、両親と同じこと聞くんだな」

「そりゃ、心配でしょ。 ジュンは如何、思ってんの?」

「オレは、樹絵がやりたい様にやれば良いと思うけどな。 樹絵の人生なんだし」

樹絵と準一は、顔を見合わせて笑顔を交わした。

「…ま、本人同士が気にならないなら、あたしが言う事でも、無いんだろうけど」

「そう言うこと。 それより、お代わり欲しいんですけど?」

 樹絵の食欲は、相変わらずだった。 年頃の女性の平均よりは、良く食べる。

「良いよ。 ご飯、一杯炊いて置いたから」

ニコリと微笑んで、利知未は樹絵の飯茶碗に、お代わりを注いであげた。

「やっぱ、利知未は和食なんだな」

 お代わりを貰って、樹絵が呟く。

「洋食もやるけど。 あんまりコッテリしたのは、あたしの胃が受け付けないんだよね。 倉真は、物足りないのかな?」

「その分、飯を腹一杯、食ってるだろ」

俺にもお代わりをくれと言って、倉真は飯茶碗を差し出した。

「食費、大変そうだな……」

宏治が呆れた顔を見せていた。 和泉は、楽しそうに笑っていた。


 リビングで食事をしていた。 ソファは三人掛けと、一人掛けだ。 ダイニングチェアを持ち込んで、テーブルの上には大皿料理が並んでいる。

 お袋の味に近いメニューかも知れない。 仲間達は利知未お手製の、相変わらず美味い惣菜を口にして嬉しそうだ。 あっと言う間に無くなった。

「流石に男が4人も居ると、凄い消費量だな。 から揚げ、もう少し揚げとけば良かった?」

「あたしも、食べるからね」

樹絵は満足そうに腹を擦っている。 少しは大人っぽく綺麗になったとは言え、性格は相変わらずの様子で、利知未もつい微笑んでしまう。

「樹絵達は、結婚は考えていないの?」

 行き成り質問されて、樹絵と準一は顔を見合わせた。

「そんな話、した事も無かったよね?」

「そーだよな。 けど、オレが今年で二十五歳で、樹絵が二十四歳か……考えて見るか?」

「お、プロポーズか?」

 倉真が楽しそうに突っ込んだ。 樹絵は赤くなった。

「良いんじゃないか? 俺達が証人になってやるぞ」

和泉も言って、宏治もニヤニヤと頷いてやる。

「どうせ、他に丁度良い相手も、いないしな」

準一は相変わらず呑気な様子で、そんな事を言っていた。

「って、ちょっと待ってよ! これって、こう言う簡単な乗りで考え始めちゃって、良い訳?!」

 樹絵は、一人で慌てていた。


 昼間から、酒盛りになってしまった。 樹絵は仕事柄、飲む訳にもいかない。 帰りの運転を引き受けるつもりで、ソフトドリンクを貰った。

「あたしは夜に改めて飲むから、樹絵、飲んどく?」

「警官が飲酒運転する訳には、行かないよ」

「送ってあげるけど?」

「どうやって? ジュンの車、四人乗りだし」

「そう言えば、そうなのか」

「いいよ、気にしないで。 今夜はジュンの所へ泊まっちゃうし」

「そっか。 大変な彼氏だな」

「それが、丁度良いんだ」

 利知未の呟きに、樹絵がニコリと、幸せそうな笑顔で答えた。



 酒が進んで、和泉の話しに移行して行った。

「二年間、向こうで暮らすって事か」

「二年か、三年。 その中で、これから如何するのか、由香子と良く話し合ってくるつもりだよ」

樹絵の質問に、和泉が答えている。

「向こうに永住して両親を呼び寄せるか、由香子を連れて日本に戻るか? それと、それから先の仕事を如何するのか?」

「話し合う事、一杯だな」

「それも、仕方がない。 もしかしたら、俺が振られる事も考えられる」

和泉が言って、小さく笑う。

「お前らも、長いよな」

宏治が改めて呟いた。 倉真が後を引き継いで言う。

「そろそろ、七年近いか?」

「年がら年中、会っている訳じゃないからな。 偶に会うだけだから、実質的には三年、経たないんじゃないか?」

「良く続くもんだ」

 倉真は、目を丸くしていた。

「それを言ったら、お前と利知未さんの方が長いだろう?」

「付き合うようになってからは、四年くらいだよ?」

「その前が、長かったでしょう」

利知未の言葉に、和泉は微笑して返した。

「それを言ったら、十年か? 違うな、十一年くらいか」

「知り合ってからなら、それ位? つまり、このメンバーとの付き合いも、目出度く十二年目を迎えるって事だ。 一巡りだな」

 利知未が計算をして、呟いた。 干支十二支・一巡りだ。

「随分、長い付き合いになったな」

 あの頃からの、色々な出来事が思い出された。


「けど、凄く良い仲間と知り合えた。 あたしは、嬉しいと思ってるよ?」

「利知未さんがそう言ってくれるのなら、安心だな」

 和泉はそう呟き返して、続けた。

「迷惑ばっかり、掛けて来ました。 俺達にとっては、利知未さんが人生の恩人だと思います。 ……真澄が死んでからの事も、初対面の大乱闘も」

「おれも助けられた所から、知り合ったんだ」

「オレたちは?」

「大迷惑掛けた所からの、知り合いだな」

ジュンの言葉に、倉真が小さく笑って言っていた。

「FOXのリーダーに言われたよ? またトンでもない縁だったなって」

「確かに」

改めて倉真も、そう感じてしまった。 倉真の表情を見て、仲間達は笑った。


 このメンバーが集まったので、結婚式の二次会の話しへ移行して行った。

「FOXのライブ付き二次会?!」

準一が驚いていた。 宏治は少し驚きながら、納得する。

「利知未さんらしい」

「言っておくけどな、言い出しは俺だぞ?」

「お前も、利知未さんと似ている所があるよな」

中学一、二年の無邪気な利知未を知っているのは、このメンバーでは宏治だけだ。 樹絵は、朝美が再入居して来てからの利知未を見て、何と無くその頃の利知未も想像できると思う。

「あたしも、休みとっておくよ。 多分、平気だから」

「秋絵は、今はもう実家へ戻ってるの?」

「こっちで就職してる。 一人暮らし中だから、あたしも偶に遊びに行ってるけどね」

「だったら、二人で住んじまえば良いのに」

倉真の言葉に、樹絵が答える。

「警察寮だからね、今は。 秋絵とそう言う話にもなったけど。 それなら、もう少しお金を貯めてから、広めの場所を探そうって言ってたんだ」

「秋絵は、どんな仕事なの?」

「映画サークルで色々、裏をやってたから。 その流れで映画の配給会社へ就職しちゃったよ」

「教師には、ならなかったのか?」

和泉が問い掛ける。

「元々、なるつもりは無かったみたいだよ? 教員免許だけは、取ってあるらしいけど」

「それなら秋絵にも二次会、出て貰えそうだね?」

「早めに言っておけば、大丈夫だと思う。 連絡しておくよ」

「イイよ、あたしから連絡したいから。 住所と電話番号は、聞いてしまっても良いかな?」

 樹絵は、その場で教えてくれた。


「結婚の準備は進んでんの?」

 秋絵の連絡先と住所を伝え終わり、樹絵が聞く。

「大体、予定通りかな? 倉真のお母さんが、凄く協力してくれているから」

「嫁姑の関係は良いんだ」

「《嫁姑VS息子》の戦いに、なっていると思うけどな」

倉真が、やや情けない顔をして呟いていた。

「後は披露宴の司会者を決めて、二次会の招待状や会場は、…平気か。 リーダーが会場は押さえて置くって、言ってくれてたモンね」

 ライブを見に行った時に、少しだけ話になっていた。

「もう一度、連絡は入れておかないと」

「あと、寿司屋な」

「そうだ。 そろそろ、キチンとお願いしておかないとね」

「寿司が出るのか?!」

準一が嬉しそうに言った。

「出張カウンターを、頼もうかと思ってるんだ。 城西中学に、宏治が入学する前に卒業した先輩で、中卒から寿司屋の修行している人が居るから」

「それは、楽しみだな」

「勿体無かったか? 渡米する時期を少し伸ばした方が、良かったかも知れないな」

宏治の言葉を請け、和泉も小さく笑って、そう言っていた。



 その日の話で、披露宴の司会者まで決まってしまった。

 準一の提案で、樹絵と秋絵が二人の親しい友人として、引き受けてくれる話になりそうだ。

 二次会の受付は、宏治が手伝ってくれると言っていた。 準一は、その時の写真を引き受けてくれた。

「師匠ほどの腕は無いけど、二次会だし、イイか?!」

 そう、呑気に言っていた。 話がまた進められた事に、全員で乾杯をした。



 八時を回る頃。 樹絵の運転する車で、四人は帰って行った。

 和泉の見送りは、行けるメンバー全員で行く約束をした。



        7  ドクター一年目・五月 (一ヶ月前)

              一


 四月の月末に、利知未は改めて慶弔休暇を届け出た。

 直ぐに五月がやって来て、シフトを確認した結果、媒酌人への挨拶は月中の日曜、友引の午後を選んで伺う事になった。 丁度良い日和が中々、見付からなかったからだ。

 その日、利知未は夜勤が有り、朝、帰宅して二、三時間で仮眠を取り、午後に出掛ける話しになってしまった。 夜はまた仕事だ。 昼を避ければ良い日とは言え、かなりの強行軍になってしまうが致し方ない。

 優も勿論、同行する。 両親の変わりだ。 些か不安は残っていたが、媒酌人夫婦も利知未達の家庭の事情を聞いて、どうやら気の毒に感じてくれたらしかった。

「あの腕白が、嫁さんを貰う年になったのか……」

 倉真の母から依頼を受けた時、媒酌人・梅野 長吉氏は、感慨深げにそう呟いていたと言う。


 梅野氏は館川氏の仕事繋がりで、将棋の好敵手だ。

 まだ倉真が幼い頃から、時々、家に来ては長々と将棋盤を囲んでいたと言う。 倉真自身は覚えが無いが、小さな頃から傷だらけだった倉真を、膝に抱いて写っている写真が残っていた。 利知未は、それを見せて貰った。


「あんたも、良く懐いていたんだけどねぇ。 覚えていない? 倉真の鯉幟は、梅野さんからのお祝いだったのよ」

 館川氏が修行時代から良く知っていると言う、砂糖問屋の旦那だった。 今の『和菓子・たてかわ』の、取引先でもある。 当然、倉真の腕白ぶりは、昔から承知の上だった。

 倉真も始めて聞いた事だが、高校時代の大事件の時も、両親を良く支えてくれていたらしい。

「お父さんが、また将棋や釣りを始められたのも、梅野さんのお陰でした」

母親は、そうも言っていた。 随分、深い関わりだと思った。 今回、媒酌人を頼むに辺り、真っ先に思い当たった人物だったと言う。


 その話しは、月頭の祝日連休に館川宅へ伺った時に、初めて聞かせて貰った。 その連休も、利知未と倉真の休日が合い、一日を館川家、一日を優宅で過ごした時だった。

 結婚式本番、約二ヶ月前になり、お互いの家への訪問も数が増えて来た。 招待状の発送は、月中の大安に到着するように準備が整っていると、つい前日に式場から連絡があったばかりだ。


「披露宴の司会者も、決まったのね。 どんな方?」

「私の下宿時代の、店子仲間なんですが。 倉真さんの事も良く知っている双子の姉妹が、引き受けてくれました」

「ご姉妹で、やってくれるの? それは楽しそうね」

 そっくりな顔が二人並んでする司会とは、どんな物だろうか。 想像して、倉真の母親は楽しそうに笑っていた。


 樹絵だけならば、やや不安も残る処だが、秋絵が一緒にやってくれるのなら大丈夫だろうと、納得している。

「それなりに、楽しい披露宴にはなるだろうな」

倉真もそう言って、小さく笑っていた。



 話が決まってから、双子と改めて会う約束をした。 媒酌人夫婦への挨拶の翌週、日曜日に、樹絵が秋絵を連れて二人のアパートへ来る。

 秋絵とも久し振りに会える事を、利知未も倉真も楽しみにしていた。


 二次会の話も進め始めている。 櫛田が働く寿司屋の住所と連絡先は、倉真の母親が知っていた。 倉真が母親から教えて貰っておいた。

 FOXのリーダーへも、あれから改めて連絡をしておいた。 十七日の土曜日、もう一度ライブ中に、二人でお邪魔する事になっている。 チケットは、また取り置いて貰った。



 翌週の日曜日、利知未・強行軍の、一日が始まった。

 朝九時過ぎに帰宅した利知未は、取り敢えずシャワーを済ませて、簡単な朝食を腹へ収めてから、直ぐに寝室へ引っ込んだ。

 倉真が洗濯を引き受けてくれた。 朝食も倉真が準備して置いてくれていた事に、利知未は感謝した。

 十時には仮眠を取り始め、十二時には起き出す。 軽い化粧をして服を着替え終わった頃、優が自分の車で迎えに到着した。


 一時半には倉真の両親も乗車して、五人揃って片道十分程の道程を、車で移動した。

 梅野氏は何時も、自転車か徒歩で散歩がてら遊びに来ていたらしい。

 二時前には梅野宅へ到着して、挨拶を済ませた。 当日の話は、また倉真の母親が代表で、日を改めて相談しますと述べて、三時前には館川家だ。


 媒酌人夫婦は、倉真の両親より十歳、年上だった。

 梅野氏は、ひょうたん型の輪郭と、優しそうな下がり眉毛の持ち主だった。

「偉いベッピンさんを、見つけたもんだな」

目を丸くして、倉真に言っていた。 梅野夫人に窘められて、照れ臭そうな笑顔を見せた。 人柄は、飾り気の無い朗らかなご夫婦だった。

「お仕事は、お医者さんですか? 聡明な、お嬢さんなんですねぇ」

夫人もそう言って、少し驚いていた。

「確りした、お嬢さん何ですよ。 私達も漸く、安心できます」

 館川家では昔から懇意にしており、仲良く家族ぐるみで付き合って来た家庭だ。 梅野夫妻は既に、家を長男夫婦へと譲り渡している。 立場上は隠居の身分だ。 時間も自由になる人達だった。


 利知未と優は少々緊張していたが、夫妻の人柄に触れて気が楽になれた。 倉真は、昔の自分を知り尽くされている夫妻の前で、何時もよりは、いくらか大人しくしていた。



 挨拶の後、館川家へお邪魔した。 優を交えて改めて、結婚式までの準備状況を確認し合った。

「何から何まで、お世話になり放しで、ご迷惑お掛け致します」

優はそう言って、館川夫婦へ、深々と頭を下げた。


 利知未の仕事の都合で、四時過ぎには暇した。 利知未と倉真を下ろしてから、優は一人、帰途へ着いた。

 利知未達が帰宅したのは、六時近かった。 あるもので適当に夕食を済ませて、夜八時半。利知未は慌しく、出勤して行った。



 館川家では、漸く少しだけ人心地ついた気分になっていた。

「後、本番直前までにやる事は、ご招待客の数を確認して式場へ最終的な注文をして、披露宴の打ち合わせと衣装合わせは、二人が中心になるのだから……」

 利知未から、これから先の準備表のコピーを貰っていた。 母親は夫の晩酌中の居間で、茶を飲みながらチェック印をつけ、確かめている。

「当日の準備は、もう少し先でも大丈夫そうね」

ほっと一息ついて、ぬるくなった茶を口へ運んだ。

「自分が結婚するような、意気込みだな」

夫は、少々呆れ顔で、そう呟いていた。

「お陰様で、二十歳は若返った気分ですよ」

妻は嬉しそうな笑顔で、そう夫へ返答した。



               二


 十七日の土曜日、利知未と倉真は再びライブハウスへ向かった。

「今日のステージの後、二次会の相談をして来ちゃうから」

「煩くないか? あそこは」

「どうしても煩い様なら、ファミレスにでも移動するよ」

「その方が良いと思うぜ」

アパートを出る前に、そんな話をしていた。


 寿司屋にも電話で連絡をした。 『出張カウンター賜ります』と、以前、行った時に貼り紙がしてあったのは、利知未が覚えていた。

 予算を相談して、人数によるけれど少人数なら十万以下でも請け負うと言われた。 それから上は、こちらの予算と相談の上で、決めてくれるらしい。

 大よその人数を確認してから改めて連絡をしますと、お願いしておいた。


 チケット制にする事で、もしかしたら予定よりも多くの人数が集まる可能性がある。 今日、自分達が招待している人数と、それ以外の人数を照らし合わせて、予想を立てる話しになっている。

「ライブハウス自体は、キャパ六十九ある筈なんだよね。 半分は埋ると思うけど。 あんまり狭い所でやるのも問題だし」

「結局、何人になりそうだったか解るか?」

「少なく見ても、三十人。 FOXのライブ絡みで呼びたい人達を加えれば、恐らく、四十弱?」

「それ位なら、何とかなりそうだな」

「宏治が言うには、団部の後輩も何人か混ざりそうだって言うから……。 倉真の事件の時、集まってくれた後輩達が居るでしょ? 二次会と言うよりは、本当のライブになっちゃいそうだね」

「人数が会場のキャパ以下なら、問題ないんじゃないか。 俺達らしくて、良いと思うぜ?」

「それも、そうかな?」


 やろうとしている事は、ハチャメチャなのかも知れない。 けれど、それが自分達らしいのかも知れないと、利知未自身も感じている。


「中学・高校時代に、戻ったみたいだ」

 あの頃の事を、あの当時の自分自身を、改めて思い出してしまった。

「俺も、戻りそうだな」

 倉真も中・高時代の友人達を前にすれば、あの頃のヤンチャがいくらか、顔を出してしまうだろう。

 話しながら歩いて、いつの間にか目的地へと到着してしまった。



 FOXの演奏開始時間までには、まだ少し余裕が有った。 楽屋へ顔を出して、ライブ後の事をチラリと相談して見た。

「ファミレスでも居酒屋でも、構わないけど?」

リーダーがそう答え、居酒屋へ移動する話になった。


 今日も、FOXのライブには、それなりの人数が入っている。

 この前、二人が顔を出した時、久し振りのセガワの歌声を聞いた昔からのファンが、利知未達を見つけて気軽に声を掛けてくれた。

「今日は、歌わないの?」

聞かれて、利知未は少し照れた笑顔を見せる。

「綺麗になっちゃったけど、シャイな笑顔は相変わらずだな」

ファンは、嬉しそうだった。

 利知未は、今も、こうして自分の事を受け入れてくれるファンの存在を改めて知り、心から幸せだと感じられた。


 ライブ終了後、あの頃と変わらず、ファンとのチケットのやり取りが始まった。 一段落して、メンバーと共に居酒屋へ移動した。

 話を始めて程なくして、リーダーから頼みごとをされた。

「こっちでチケット、五枚から十枚、捌いても構わないか?」

「来てくれる人が居るの?」

「昔からのファンが、是非とも一緒に祝いたいって、言ってくれてるよ?」

現ヴォーカルの宇佐美が、懐っこい笑顔で言った。

「それは、嬉しいな。 だけど、こっちも最終的に何人になるか、まだ判断し切れないんだよね」

「五枚くらいなら、平気じゃないか?」

 倉真が言って、宇佐美がもう一声上げる。

「七枚! …無理ですか?」

 利知未は少し考えて、頷いた。

「それ位なら、何とかなるかな?」

「宏治が、何人連れて来る気なんだ?」

「この前の話では、五人くらいって言っていたと思うけど」

「そうすると大体、五十人前後にはなるのか」

少し、赤字覚悟になりそうだ。 利知未の頭の中で、計算機が動く。

『披露宴のご祝儀、十万くらいは、こっちに回せるかな……?』

計算が終わり、利知未が笑顔で頷いた。

「OK。 だけど、出張カウンターの費用も有るから……。 七人が限界で、良い?」

「サンク! 流石、セガワだ、太っ腹だな」

リーダーが言って、昔の事をチラリと言った。

「あの頃の少年達から、店の弁償金は徴収出来たのか?」

 直ぐには、頭が働かなかった。 クエスチョンマークが飛び交ってしまう。

「…って、もしかして、俺達の事を言ってるんすか?」

倉真が先に思い出した。 利知未も、漸く思い出す。

「ああ! すっかり忘れてた…!」

「思い出されちゃったな。 どうする、館川君?」

拓が面白そうに笑っていた。

「…一生掛けて、返すかぁ?」

倉真が言って、利知未を見る。

「良いよ、もう。 時効だから。 それ以上のモノ、倉真達からは一杯、貰って来たし」

「何を貰ったんだ?」

リーダーの突っ込みに、利知未は笑顔で答える。

「沢山、色んな思い出や、…生涯のパートナーに、なる人」

「幸せそうで、何よりだな」

 拓もリーダーも、利知未に釣られて笑顔になった。


 それから当日の演奏曲の相談をして、大まかな打ち合わせを終わらせ、FOXのメンバーと別れた。 本番が近付いたら、改めて細かい打ち合わせをする約束をして、二人も帰宅した。



 翌日の十八日は、樹絵と秋絵がやって来た。

「利知未! 倉真君も、久し振り!」

「一昨年の、十一月以来か」

秋絵の言葉に、倉真が答えた。

「冴吏の関係で面白い事が有ったって、あたしも聞いてた。」

樹絵が笑顔で言って、利知未達に促されてリビングへ通った。


 午前中からの訪問だ。 今日も利知未は、昼食を準備して待っていた。

「まだ、お昼には早いから。 紅茶の方が良いのかな?」

利知未が秋絵に問い掛ける。

 秋絵は、初めて足を踏み込んだ二人の住処を、興味深そうに観察してしまった。

「珈琲でも、良いよ? お砂糖とミルクある?」

「お客様用に、準備して有りますが?」

利知未に言われて、それなら珈琲で、と答えた。


 四人で顔を合わせるのも久し振りだ。 樹絵と秋絵は相変わらずそっくりで、そして賑やかだった。 倉真も利知未も笑い放しになってしまった。

「二人で司会するんじゃ、漫才になりそうだな」

倉真の言葉に、二人同時に答える。

「「TPO位は、弁えているつもりだけど?」」

「ステレオ放送だな。 台本、キチンと台詞を分けて考えて来てよ?」

息の合った二人の様子に、利知未もクスクスと笑ってしまった。

「秋絵は、」「わたしは、」

「「文系出身なんだから、台本の構成は問題ないよ?」」

またまた、ステレオだ。 倉真は、思わず吹き出してしまった。

「下宿時代は、何時もこうだったのか?」

笑いながら利知未に聞いた。

「初対面の時、ステレオで叫ばれたよね? えー!? 嘘! お兄さんが居る?! って」

あの頃の事も、鮮明に思い出してしまった。 まだ小学校を卒業して来たばかりだった、幼い双子と、バンドの練習に出掛ける前の男っぽい自分。

「「あの時、」」

またステレオになりそうで、お互いに一瞬、譲り合う。

「「利知未はバンドの練習へ行く、前だったんだよね?」」

一瞬、譲り合った時間も喋り始めるタイミングも内容も、全く同じだ。


 利知未と倉真は、完全に吹き出して大笑いしてしまった。 大笑いされて、双子は同時にカップを持ち、同時に珈琲を口にした。 ふ、と息をつくタイミングも同じだった。


 当人同士も、つい、吹き出してしまった。

「別々に、住み始めたのに」

「今まで以上に話すタイミングとか、同じになっちゃったよな?」

顔を見合わせて、今度は別々に話をするように心掛けてみた。

「一応、モノラル放送も可能なんだな」

倉真は、まだ小さく笑っていた。 笑いながら、そう突っ込んでしまった。

「「一応って、」」

「「酷いよね?」」

また、譲り合いに失敗してしまった。 同時に溜息をつき無言で身振り手振りで、双子は相談した。

「じゃ、わたしが主導権、握るって事で」

「それで、宜しく」

相談を終えて、役割分担を決め終わった。 双子の様子を眺めて、倉真は目を丸くしてしまった。

「喋らないで、相談も可能なのか?」

「お互いに思っている事は、」

「意外と良く解っているんだよね?」

今度は、無事に分割話法が成り立ち始めた。

「双子は、摩訶不思議なモノだったんだな」

倉真は、今度は感心してしまった。 その様子を見て、利知未はつい笑えて来てしまった。   双子の喋りが落ち着いて、漸く相談が始まった。


 樹絵と秋絵は司会者テキストを購入して来て、有る程度の内容を話し合って纏めて来ていた。 お陰で、いくらか利知未達は気楽に相談が出来た。

「企画って、お決まりのケーキ入刀と、キャンドルサービスくらいなんだ」

「後、一度だけ、お色直しに立つけど」

「祝辞、有るよね? 何人に頼んでいるの?」

「社長と、里沙さんか?」

「後、倉真のご両親関係と、家の親戚? そう言えば、透子がやるって」

透子に、冷や汗だ。 利知未の親戚関係は数に入れないで置きたかったのだが、館川家とのバランスを考えて、お願いする話しに決まっていた。

「受付はどうするの?」

「それが問題だな。 俺たちのダチ関係よりも親戚の人数の方が多いから、頼みようも無い」

「一応、朝美に聞いてみる?」

「こっちは、お袋と相談か?」

「朝美だったら、あたし達の友達関係は解るよね」

「予定に無かったが、杉村にでも頼んでみるか?」

考えて、最近のアイツが、どうなっているのか? 改めて考えた。

 中学・高校のヤンチャ仲間の中では、賢く生きていた奴の事だから、今頃マトモに生活をしているのかも知れない。

「克己さん達は?」

秋絵が、新年会メンバーを思い出してみる。

「あそこは、ガキが居るから無理だろ?」

「家族で招待してるからね」

「克己さんに頼んで、奥さんがお子さんを見てれば問題ないと思うけどな」

秋絵の意見で、取り敢えず当ってみる事にした。

「話し、逸れてないか?」

 樹絵が軌道修正をする。

「そうだ。 司会の相談だったね」

秋絵も言って、改めて話を始める。


 余り考えていなかったのだが、双子の話から、BGMを如何するのかと言う相談も始まった。

「始めの入場は和装なんだから、それなりにしっとりした方が、良いのかな? ご招待客も年配者が多いんでしょう?」

「それは言えるな」

「お母さんからも、了承貰うべき?」

「そこまでは、良いんじゃないか?」

「わたし達が気を使って考えれば、事後報告で構わないんじゃない?」

「俺達の趣味じゃ、ロックやメタルになっちまう」

「そうじゃないのも聞いてたよ? 偶には」

「お前はな。 んじゃ、利知未の好きな曲から選んだらどうだ?」

「…けど、最近は音楽聞く暇も無かったからな」

「じゃ、利知未。 CD貸してよ? あたし達が、探して見るから」

「それで良いの?」

「仕事、利知未よりは暇だから。 良いよ?」

樹絵の提案に、秋絵がニコリと頷いてくれた。

「どうしても入れたいのが有ったら、言ってね」

言われて取り敢えず、ポップス・ニューミュージック系のCDを何枚か、ラックから取り出して渡した。

「お色直しの時は、使えたら使いたいロックが有るんだけどな」

二人には渡さずに、利知未が一枚だけ手に持っていたCDを眺めて呟いた。 そのCDを見て、倉真はピンと来た。

「それは、俺がやったCDだな」

「解る?」

「アレだろ」

「うん」

二人の世界に入ってしまった利知未と倉真を見て、双子がステレオで突っ込んだ。

「「二人とも! ここに第三者がいる事、忘れてない?!」」

突っ込まれて利知未と倉真は、照れ臭そうな笑みを見せた。


 一度、昼食を挟み、再び相談を始めた。 その間、態とBGMに何枚かのCDを掛け放しにしておいた。 気になる曲が聞こえて来ると、手を止めてメモを取りつつ、話を進めていった。

 午後まで掛かり二時半を回った頃、話し合いそのものは目処がついた。 丁度お八つタイムだ。 利知未は双子の為に里沙直伝のフルーツタルトを、朝から準備していた。 シナモンを振りかけ、甘さは控えめにしてある。


「何時の間に、里沙のケーキまで覚えていたの?」

「お客様が良く来るようになって来てから。 平日休みに里沙にお願いして、レシピと作り方をいくつかファックスして貰っておいたんだ」

倉真も知らない事だった。 利知未は小さく笑って、本棚からファイルを一冊、取り出して来て見せてあげた。

「今度ジュンが来た時には、甘党のアイツの為に、何か作ってやってもイイかと思って。 樹絵も、偶には遊びに来て? 勿論、秋絵も」

「結婚した後、新婚の熱々振りを観察しに遊びに来て見る?」

 秋絵が樹絵と顔を見合わせて、楽しみな笑顔を見せた。


 休憩の後、話を纏め、聞き切れなかったCDを持って、双子は帰宅した。


 二人が帰った後、利知未は改めて、自分達を取り巻く仲間達の協力に対して、心から感謝をする事が出来た。



              三


 今月中に二次会の招待状と、披露宴の招待状に対する返事を纏めなければならない。 新婚旅行の相談と手続きも、進め始めている。 利知未が自由の聞かない分を、ここへ来て漸く倉真が引き受けてくれ始めた。

 お互いの家族への連絡も、今まで以上に綿密に取り始めた。 利知未は更に、忙しくなって来た仕事にも忙殺されるような勢いだ。

 月末になり、招待客の人数も知れた。 其々、家族と相談をしながら、席次表を作成した。


 二次会の準備も着々と進んでいる。 こちらは結局、全部で五十一人の招待客と相成ってしまった。 寿司の出張カウンターと別に、オードブルのセットを注文する事になり、他に宅配ピザも準備する事になった。

 FOXのリーダーとも、マメに連絡を取った。 二次会は、始めのライブ後、引き続いて自分達が演奏できる曲なら、カラオケならぬ生演奏バックで、招待客が歌う機会も作ると言っていた。

 司会は、ライブ形式で自分が責任持って進めて行くと、請け負ってくれた。 結婚披露宴の司会バイトは、相変わらずやっているリーダーだ。 心配は全く無さそうだと、安心をした。


「いっその事、久元さんに披露宴の司会も頼んじまった方が、楽だったか?」

「二次会の準備が有るし、無理でしょう? 裏も殆ど引き受けてくれるって、言ってくれていたから」

「謝礼、多めに包まないとな」

「そうだね。 メンバー4人、二万ずつの他に、リーダーにはもう少し包んで渡した方が、良いかも知れない」

 利知未と倉真は、そんな相談をし始めている。

「そう言えば、和尚の見送りはどうだったの?」

日曜の夕食時間中だった。 利知未は今夜も仕事だ。

「新婚旅行で会うのを、楽しみにしてるって言ってたぞ」

「そっちは、どうなったの?」

その辺りは倉真の担当となっていた。 これまでの間に、利知未の意見を入れながら相談をした。 申し込んで来るのは、倉真の役目だ。


 始めは近場の温泉宿でも良いかと、考えていた。 けれど和泉の渡米が知れてから、話を変えていた。

「費用が何とかなるんなら、是非、行って来たら?」

明日香も、そう言っていた。

 夏のボーナスを当てにしての強行軍となってしまった。 当然、始めに出して置く分くらいは、利知未から出る。


「昨日、終わらせて来た。 パスポート申請は、お前に任せる」

 平日の用事は、利知未担当だ。 婚姻届も、準備しなければならない。

「役所関係は、あたしが引き受けるから良いよ。 婚姻届を貰って来るついでもあるし、写真撮って書類の記入だけは、しておいてね」

 忙しい相談になってしまった。 利知未は時計を気にして、立ち上がる。

「ごめん、もう出ないと。 後片付け、宜しくね?」

「おお、気をつけろよ」

出掛けのキスは、相変わらずだ。 挨拶をして、利知未はパタパタと玄関へ向かった。


 利知未はアパートを出て歩きながら、つい今、話して来た内容を思い返して、照れ臭い気分になってしまった。

『婚姻届とか、新婚旅行とか……。 何か、…くすぐったい』

 倉真と始めて会った頃の事を、最近、良く思い出していた。

 二次会をFOXに協力して貰う話しになって、あの頃の事を思い返す機会が増えて来ている。

『……本当に、トンでもない縁、だったな』

 利知未の頬が、微かに緩む。 幸せな微笑を浮かべながら、足を運んだ。



 週中の平日休みに、利知未は役所関係の手続きを準備した。

 三十一日の土曜日には席次表の最終決定を、其々の家族と確認し合った。 その日の内に、式場にも出掛けた。 貸衣装と、かつら合わせをして、美容師と細かい話し合いの時間を持った。

「花婿さんも、お色直しをされると言う事でよろしいですか?」

聞かれて、倉真はやや面倒臭そうに頷いた。


 倉真は始めから最後まで、洋装にしてしまいたいと思っていた。 和装よりはマシだと思う。 けれど、この結婚式と披露宴は、今まで散々、迷惑と心配を掛け通して来た両親への、始めの恩返しの意味合いが強い。

 式は純和風・神前式。 披露宴も自分達の友人達よりも、親戚や父親の商売仲間へのお披露目に近い様相だ。 素直に和装で頷いた。

 そらならそれで始めから最後までそれで通してしまった方が、面倒が無くて良いと思っていた所へ、一美の横槍が入り、嫁・姑・小姑連合組合から無理矢理、お色直しの通達が来てしまった。


「利知未さんが、こんなに綺麗な花嫁さんなんだから、花婿のお兄ちゃんも、やっぱり釣り合い取って欲しいよね?!」

 話が決まった時、一美の言葉に母親は納得顔で頷いていた。 利知未もチラリと倉真を見て、くすりと笑っていた。



 準一の師匠のカメラマンにも、正式な依頼をした。

「渡辺から聞いております。 スケジュールは空けてありますよ」

電話口で彼は、そう言っていた。

 写真は神前式のまま白無垢と内掛け、色内掛け姿で両人を中心に列席者と一緒に撮る。 その後、お色直しの再入場前にチラリと、洋装の二人も納めてくれると言っていた。 準一の師匠は、かなり値引いたサービス価格で引き受けてくれた。



 結婚式当日まで、残り一月を切ってしまった。 本番までには、受付用品の準備、席札記入、メニューの作成、会場のレイアウトと時間割りを相談しなければならない。

 それでも残りの作業を数えてみて、二人の間にも漸く気持ちの余裕が生まれ始める。 帰宅して一息ついて、珈琲を淹れた。

「後、やる事も少し残ってはいるけど……。 取り敢えず、一段落した感じだね」

「衣装合わせも終わったからな」

「当日はタクシーでしょ?」

「酒、飲まない筈はないだろうからな。 流石に、結婚した途端に違反切符切られる訳にも、行かないだろ?」

「交通課の警官が、披露宴の司会者だしね」

樹絵の顔を思い出して、利知未は小さく笑った。


 翌日の日曜日、六月一日には、秋絵が中間相談にアパートへ来る予定だ。 今回、樹絵は仕事だった。 利知未の仕事の関係で、その後は本番二週間前には、最終打ち合わせを終わらせる事になっていた。


「そう言えば、一週間前にはエステにも行って置いて下さいって、言われて来たんだった……」

「行く暇、有るのか?」

「二十三日の月曜が、夜勤明け休みだな。 翌日は遅出だから、その日の午後か、もう少し早くて二十日の金曜休みくらいかな? 予約出来る方で行ってくるよ。 何と無く、照れ臭いけど」

「ンなモン、行かなくても良さそうだけどな」

「ウェディングドレス、少し背中、開いてたから。 背中、綺麗にして貰って来た方が良いでしょ。 美容師さんにも言われたし」

「一皮向けて、更に美人になって来る訳だ。 夜が楽しみだな」

「スケベ」

 倉真のニヤケ顔に、利知未は小さく舌を出してやった。


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