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双玉の春  作者: 垂水沢 澪
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彼女の疑問と約束 前編

        *


 姉の言葉を借りるなら『姫様に寝込みを襲っていただいて』から数日が経ち再び非番の日が巡って来た翌週のこと。

 前回の失態を教訓に布面は外さず身に付けたまま、火茨は縁側でいつも通り昼寝に興じていた。

 うつらうつらと船を漕ぎながらも眠りは浅く、いつ誰に声を掛けられても構わないよう辺りに注意を向けた状態で。

 どちらかと言えば狸寝入りに近かった……のだが、訪ねて来た相手は気配と足音を消すことに長けているらしい。

 ギシリと床板の鳴く音が耳に届いて初めてすぐ側まで来ている人の気配に気が付いた。

 瞼を持ち上げるより早く頭上から声が落ちて来る。

「今日は布面をしているのね」

 ただ見たままを口にした言葉はほんの僅かに残念そうだった。

 先日の口振りから離殿を訪ねてくることはある程度予測が出来ていたし、失態を繰り返す訳にはいかない。

 布面越しに絡んだ視線はやはりただ真っ直ぐに自分を捉える。

「このような体勢でお出迎えにも回れず申し訳ございません……本日も書物蔵に御用ですか?」

 上体を起こしながら非礼を詫びるついでに尋ねれば相手――都輝姫はええ、と頷いた。

 熱心なことだ。

 しかし、完全に気を抜いていた前回と違って注意を払っていた今回、玄関先から声が掛かったなら聞き逃すようなことはなく、きちんと気付けた筈なのだが……気配や足音を殺していたことといい、まさか人を驚かせる為に?

 そんな茶目っ気を発揮されても困る。

 直接裏手に回って来たことは間違いないだろう、足に草履を引っ掛けたまま縁側に膝をつく姫様に真意を尋ねてみるか否か少々悩んだ。

 突いて蛇を出しても困るのはやはり自分なので好奇心を捨てて、書物蔵に向かうことを促すに留まる。

 では参りましょうか、と言って立ち上がろうとした火茨は腕を緩く掴まれ阻まれた。

 掴むというよりは添えるだとか触れるだとかと言った表現の方が正しいかもしれない。

 行動を制しただけで力はほとんど入っていなかった。

「その前にお約束がありましたでしょう?」

 都輝姫はにこりと笑ってみせた。

 開口一番布面について触れた彼女にわざと返答をしないでいたが、そう上手くは流されてもらえないらしい。

 とぼけてみせることも考えはしたものの……。

 時間の浪費にしかなりそうもないので止めた。

「穢れが移りますので出来ればお控え願いたいのですが」

 それでも一応は渋ってみる。

 こちらの言葉を聞き入れて引き下がってくれるような姫君ならそもそもこのような事態には陥っていないことは重々承知の上で。

 隣に行儀良く腰掛け直した都輝姫が構わず伸ばして来た手に内心で嘆息する。

 布面を捲る指先が鼻頭を掠めた。

 ひんやりとした冷たさに思わず目を瞑る。

 ゆっくりと開き直せば二つ程年下の少女は下から覗き込むようにして火茨と目が合うのを待っていた。

 逸らしてしまいたくなるがそれを許さない視線の強さと逆にずっと見詰めていたいような気持ちにさせる深い色合いの、えも言われぬ瞳の輝きに捉われて背筋がむず痒くなる。

「思うのですが穢れとはいったい何なのでしょうか」

「何って」

 唐突な問い掛けに戸惑う。

 端的に答えるならば『悪しきもの』であろう。

 不幸や災いを呼ぶ払わねばならないものだ。

 しかし、そのような定義は物心が付く頃には習っている――神の妻になろうかという相手ならば尚のこと――知っていて当然の知識である。

 求められているのもそのような今更説くまでもない指南書通りの答えではなくもっと根本的なものに違いない。

 返す言葉に悩んでいる間にも見詰めている対象に顔を近付ける癖でもあるのか、じわじわと距離を詰めてくる都輝姫の肩を掴んでその場に留まらせる。

 この姫様はあらゆる面で無頓着が過ぎるようだ。

「毎朝、穢れの証とされているあなた方の力を目にしていますがその折より体調を崩した者や不幸、災難に見舞われたという者の話は聞いたことがありません」

 修練の際の立ち会いを指して言っているらしい。

「それは青目神様の元で皆様方が修練をお積みになられているからこそのことでしょう」

 今度はすぐに言葉が喉を突いて出た。

 本家の人間でも最低一年は修練を積まなければ立ち会いへの参加は出来ないものとされている。

 青目神が穢れが移るのを防いでいる上で、修練に立ち会った後は禊ぎを受けることとされてもいる。

 鍛えられた心身で臨み欠かさず身を清めているからこそ日々立ち会うことが叶うのだ。

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