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Legend_x_Heros  作者: 泥多忙
プロローグ
2/2

プロローグ02 Welcome to “NEW WORLD”

 ー2017年大阪・新世界ー


 五月の朗らかな日差しが照らす昼下がり、大通りに面した露店形式のカフェに一組の男女がいた。


 人通りの多い通りに面しており、大勢の人で賑わう市井ではあるが何故か彼らの周りにだけは誰も人が寄りつかない。誰も彼らが見えていないのだろうか、そうとしか思えないほどに彼らとそれ以外の差が如実に顕れていた。



「ああ、了解した。ではこれから合流地点に向かう」



 長身の美丈夫、黒いスーツを着た眼光の鋭い本職バリバリにしか見えない30代の男性。源 頼朝(みなもとのよりとも)は携帯端末を耳から離し、それを上着の中へとしまい込んだ。まだ温かい飲みかけのコーヒーと食べかけのサンドウィッチ、そして代金をテーブルに置いて彼は立ち上がる。



「えっと……もうそれはいただかないのですか? 残すのは店の方に失礼ですよ」



「残してしまったことは詫びる、だが時間厳守だ」



 頼朝は目の前に座る少女に返答する、



 仄かに煌めく穏やかな金髪、水色を基調とした学生服のような服をまとう彼女の名はジャンヌ・ダルク。かつてのフランスで旗を掲げた救国の聖女。傍らには彼女が扱う荘厳な槍が立てかけられていた。一見は美しい彫刻や華麗な宝飾が成された槍であるが、どこか異様な気配を放っている。



 幸せそうに目の前の料理を食し、軽く伸びをするジャンヌに対し、頼朝は聞こえないほどの音で軽いため息をついた。それもそのはずである、彼の目の前にはまだ20にも満たない少女が食した証である皿が大量に積み重ねられていた。支払いはもちろん、彼持ちである。カフェでこんな量の料理を食べるやつを初めて見た、と頼朝は心配そうにジャンヌを見つめるのだった。



 二人は隔離地域に指定された空間を歩いていた。かつてこの国で存在したとされる場所、ビル群が立ち並ぶ巨大な都市だ。しかし、彼ら以外の人間はここには存在しない。



 それもそのはず、この都市はかつて起きた消失現象によって日本の地図から消滅し、現在はこの世のどこにも存在しない過去のものとなっているのだから。



 しかし、まれにそのように消失した世界や場所が何らかの拍子で再出現する場合がある。そこは虚数界と呼ばれ、現状ではありえない事象が次々と巻き起こる奇々怪界な空間として固着する。厄介なのが放置すると空間そのものを侵食して世界そのものに悪影響を与えるという点だ。そうそれは人間の体に例えるならガン細胞のようなものなのである、彼らはそれに対処するために遣わされた組織の一員なのだ。



「この虚数界、一際歪みが強いですね。これじゃ調査するよりも早急に次元中和合剤を打ち込んで処理した方が良いかもしれません」



「確かにな。このまま膨らんで破裂すればどれ程の被害が生じるか分からん。しかし、何か妙な……」



 頼朝の感が的中する。



 突如としてビルの窓ガラスが割れた。いや、割れたのではない。それは意図的に潜伏していたモノたちによって叩き割られたのだ。


 中から現れたのは石像のような質感の鬼たち。本来は雨どいとして象られ、それが長い年月をかけて歪んだ印象を持たれたことによって生まれた石像鬼。石で出来た体持つその鬼たちをヨーロッパではガーゴイルと呼ぶ。



「行くぞ、こいつらを突破して合流地点を目指す」


「はい! ジャンヌ・ダルク、参ります!」



 二人はそれぞれ戦闘態勢に移行する。前衛はジャンヌ、後衛は頼朝。


 ジャンヌは白い槍を振るって並み居るガーゴイル達を叩き砕いていく。自らを挟み込むようにして襲ってくる正面のガーゴイルを串刺しにし、それを自らの背後から襲いかかってきたガーゴイルにぶつける。その戦い方は実に荒々しく、世間がイメージする聖女としてのジャンヌのイメージとは大きな差異があった。みるみるうちに石塊を量産していくその少女は、聖女というよりかは一人の立派な戦士と呼ぶ方が望ましい。



 一方で頼朝はジャンヌと違い無手であり、別に何か武器を隠し持っている雰囲気はない。しかし、それでも……



「失せろ」



 彼がそう呟くだけでガーゴイル達は破砕し、まるで王に傅く家来達のように道を開く。殴るわけでもなく、蹴り飛ばすわけでもなく、彼がそう命じるだけで全ての事象が切り替わるかのような、不思議な光景がそこには広がっていた。


 ジャンヌが長槍を振るい、頼朝が討ち漏らしたガーゴイルを片付ける。既に二十を優に超えるガーゴイルが倒され、アスファルトの上には不釣り合いな石片が散乱していた。一方的な破壊、彼らにとってそれは戦闘と呼ぶには能わないのかもしれない。


 しかし、そんな彼らの一方的な勝利にピリオドが打たれた。


 黒い影が墨守を垂らすようにしてビルの窓から流れ出し、アスファルトを侵食していく。集まった黒い溜まりはやがていくつもの小さな点に分裂し、そこから新たな敵が現れる。黒い影のような人の形をした者達、幽鬼のようにその場に立ち尽くす影。しばらくして、その中心からは彼らとは違う者が現れる。



「珍しい客人だ。歓迎の準備が出来ないのは心苦しいが、これからここで死にゆくキミ達には必要のないことだな」



 影の中心に立つ金髪の男性。青い瞳に眩い光沢の金髪、年は二十代後半といったところだろうか。えらく仰々しく、そして尊大な口調で男性は自らの配下である十体の影の兵士達に命令を下す。



「今こそ我が兵団の力を見せる時だ。誇り高き第三帝国の兵士達よ、武器を構え目の前の敵を殲滅せよ!」



 号令に伴い影の兵士達は手にした機銃を構え、二人目掛けて躊躇うことなく引き金を引いた。しかし、千をも超える弾丸は二人には決して届く事はない。撒き散らされた弾丸はまるで時間が止まったかのように静止し、二人に当たる寸前でパラパラと下に落ちていく。


 銃弾がまさしく雨あられのようにパラパラと落ちていく中を、ジャンヌは勇ましく槍を振り払い猛進する。振り払った槍によって弾き出された弾丸は、自らを解き放った飼い主の元へと帰っていく。崩れ落ちる肢体、影の兵士達は元からそこに居なかったのようにその場から皆ことごとく姿を消していった。



 その場にまだ立っていたのは、厚い肉の壁に守られていた金髪の悪魔だけであった。


 彼は笑う、勝ち誇る二人を嘲笑うために。口元を酷く歪ませて、最大の侮蔑を滲ませたその瞳で目の前の二人を見つめる。


 これで勝った気なのか、と。自惚れるのも大概にせよと。振りかざした右手に亡者の影が引き寄せられる、崩れ落ちた影が再構築され、まるで時が巻き戻ったかのように再びその場に現れた。


 影の兵士達は増殖する。十から二十に、二十から四十に、既に影の兵士達は百を超えた。青年の合図を以って暴走とも言える増殖は停止し、影の兵団は既に二人の周囲を覆い尽くしていた。先ほどまでの人型の兵士のみならず、魔獣や怪物の類のものまでその集団には含まれている。



「先ほどは失礼した、雑兵の十名ほどでは君らの相手にもならんようだな」



 これならばどうだと、青年は意地悪く笑う。既に攻撃体制は整っている、もはや放たれる寸前の矢というところだ。百の兵士達を前に二人の顔にも少しの曇りが見え始めた。それもそのはず、それは単純に現れた兵士達の数の問題などではない、再出現した兵士達の質が先ほどとは大違いなのである。


 例えるならそう、先ほどまでなら一の力しか持たなかった十の敵が、今度は百の力で百人現れたといえば良いだろうか。


 それほどまでに事態は逼迫していたのだ。



「どうしますヨリトモ、少しマズイ状況ですけど……」



「状況は芳しくないが、おめおめとコイツらの軍門に降るのは癪だ。かくなる上は……」



 二人は視線を交わし合図する。それはつまり、この状況を打破するためにある程度の覚悟を決めたということであった。その空間は剣の達人同士の決闘場、あるいは西部劇の一幕にある真昼の決闘を思わせる。


 両者がそれぞれの出方をうかがい、その必殺の一撃を解き放とうと決死の瞬間を待っていたその時。



 轟音と共に世界が一変した。




 空が割れた。

 荒唐無稽なその光景を、そのように二人は後に報告書に書き連ねる事になるのだろう。


 ガラス片のように砕けた空は黒々とした隙間が生まれ、バラバラと大小の欠片がビルやアスファルトに降り注ぐ。



「な、なんだあれは……」



 紅い稲光りが瞬き、周辺のビル群を次々と壊していく。それは意図的に狙いを定めた破壊などではなく、力の奔流をただありのままに解き放つ無差別で無慈悲な暴力そのもの。


 大地に亀裂が走り、ビルは倒壊し、ありとあらゆるものが破壊されて崩壊していく。そんな天地を揺るがす超常の光景に、人はただ祈り災厄が過ぎ去るのを待つしかない。太古の昔より人間に受け継がれてきた恐怖、純粋な畏れが目の前には顕現していた。


 偶然か幸運か、雷の束が影の兵士達をバラバラに引き裂いてゆく。あっという間にジャンヌとヨリトモは敵の包囲を切り崩す事に成功した。そして、状況が芳しくないと見るや否や金髪の青年は酷く高揚したその体の火照りを諌めて撤退を敢行した。



「思わぬ収穫を得ることが出来た。またいずれ相見えようではないか、ハッハッハッハハハハハ‼︎」



 悪魔のような高笑いが消えた時、あれだけ暴虐の限りを尽くしていた雷がおさまって、砕けた空からは一人の青年が落ちてきた。歳はまだ二十にも満たない十代後半くらいだろうか。髪は鈍い光を放つ短い銀髪、意識を失っているのか深い眠りについている。古き良き学生服のような改造した学ランを羽織り、その右手には一本の日本刀が握られていた。なんとも幻想的な光景ではあるが、そうはいっていられない。この世界は既に限界をむかえて崩壊しかかっているのだから。



「撤退するぞ、そいつは本部に連行する」



 二人はこの世界を去っていった。これが世界の終わりをめぐる戦いの始まりになることなど、今は誰も知る由がなかった。





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