星降る夜に2
1
北の川には河童が住むという。子供が遊ぶと、誰かが河童に足を取られ、おぼれることがよくあった。けれど誰一人として死なないのだ。
山の奥には絶世の美女が居るという。けれど心を凍てつかせた雪女。彼女に惚れた男は、二度と下山することはないという。
昔鬼が押したという岩がある。河口付近なのに角は丸みを帯びており、正面から見るといかつい鬼が笑ったように見える。「鬼押岩」と村人はよんでいた。村を興す初期に居た鬼は、岩の裏に洞窟を堀り、住居を構えていた。日中は釣りをして食い扶持を得て、夜は村で酒を飲み宴会などをしたという。気はやさしく力持ちで、村人にも好かれていた。けれどある時から、「鬼」に関する一切の記述が消える。
旅に出たのだ、と童女が言った。村に構えたのは仮の住まいで、自分の家族を探すためのたびに出たのだ。
自殺したのだ、と青白い青年が言う。異形として受け入れられたものの、異形である自分を認められず、自死したのだ。
遠くから見守っておられる、と老人が言う。
鬼とはいわば、超越した存在。はじめこそ姿を現しこそすれ、出番がなくなれば風となり波となり村人を見守ってくださるのだ。
村人の意見は割れたが、いちばん年を食った老人の意見に統一された。
鬼は村を見守っているのだ。
風となり。
星となり。
音となって。
2
徐々に人外の姿へと変化していく透を眺めながら、工藤あかねは薄く微笑んでいた。彼女にとって人間以外はすべて敵。ましてや、人間を害する存在など。
「透さん、大丈夫ですかっ」
一人の少女が透の肩に手をかける。必死に体を揺さぶりながら、顔をのぞきこむ。そこにあったのは心優しいかつての瞳ではなく、血色をした獣の視線。
「どうして」
「鬼」は右手をふるうと、乱暴に少女を振り払った。全身をふるわせて――、この世に生まれたことを喜んでいるようだった。
「なんやねん、あれ」
「知らないわ」
「僕ら、鬼と戦わなあかんのかいな」
「……いい男だったのにね」
透は前に出て、鬼の頭を触った。そして、やさしくいうのだ。
「お前は、よくやったよ」
「だから、大丈夫」
「あとは俺たちに任せて」
「休め」
透は右手で合図を出す。かなえはそれに反応して、笛を鳴らす。雪女は前に踏み出すと、それに合わせて舞を始めた。死ぬ気なのだ、とその場に居たみなが思った。
「俺はわかった」
「優しい鬼など居なかった」
「それは、村人に虐げられた」
「心優しき、弱い人々の別称なのだ」
鬼が、右手をふりかぶり、
「その戒めを忘れぬよう」
「悲しい魂を慰撫するよう」
「祭りは作られ」
「続けられた」
「だからもういいだろう」
「俺と一緒に」
「死のう」
鬼が薄く笑ったような気がした。
2人はまばゆい閃光に包まれる。
ばちん、と弾けて。
光が雪のように降り注いだ。
その1つ1つに2人の魂がこもっているような気がして。
かなえは必死にかき集める。
けれど手に触れたはじから、泡のように溶けて消えていってしまう。
必死に手を伸ばして。
必死に集めて。
必ず死んでしまう。
空には月。それも満月。澄んだ空気に響く音。
村には幾千万にも散らばった、星が降っていた。
エピローグ
その村には鬼が住んでたという。
「いまさらそんなの怖くねえよ」
一人の青年が、車を運転しながら軽口をたたく。
「我々はもっと恐ろしい体験をしてきたんだぞ」
「恐ろしいって……。お前が怖がってただけだろ」
「なにぃ」
「前見てくださいよぉ」
ガタンガタン、と車は半ばエンストの形で村の入り口に停車した。
紺色に花びらを散らせた、艶やかな着物を着た女が一人、立っていた。
「ようこそ、星楽村へ」
「あ、どうも」
メガネの男が頭を下げる。
「予約してたものです」
「はい、存じ上げております」
「なんでも、星が降るのが見えるって」
「楽しみにしてきたんです! 」
男の後ろから、少女が手をあげてアピールしてみせる。
「ええ、毎年、この祭りになると、空から淡い光が降ってくるんです。
たゆたうように、風に揺られながら」
「素敵! 」
「有名だもんな。星降りが見られるお祭りだって。
どこのパンフレットにも書いてある」
「昔からあったんですか? 」
のっぽの青年の問いに、女は首を傾げて。
「さて。
昔といえば、昔から。
今と言えば、そうかもしれない。
どこからお話したらよいものか」
「聞かせてください。どーせ僕たち暇人なんで」
車に乗ってきた三人は、声を合わせて笑う。
「それじゃ僭越ながら。
昔々あるところに、心の優しい鬼と。
それからこれまたあるところに心の優しい人が居りました」
そして2つの存在は出会い。
人と異形を結び付け。
村に降り注ぐ星となってしまった。
「泣いてるんですか」
「あら、ごめんなさい。少し懐かしくて」
「おい、失礼だぞ」
「いいんですよ」
女は手元から取り出した布で目元をぬぐう。
「どうか、楽しんでいってくださいね。
それが『星楽村』の由来ですから。
それから、わたくしが案内役を務めさせていただきます。
樅ノ木かなえと申します。
ツリーに願いをかなえ、と覚えていただければ」
女は手元の白い杖をたぐりよせた。
「それじゃあご案内いたします。
向かう先は人の世か、はたまた異形の地か。
分かりかねますけれど」
どうか一生の思い出になりますように、と。
かなえは思った。




