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霊器の想起  作者: 甘酒
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第1話

 永岡市から自動車で45分位走った先には、一方を長大な海水浴場に面し、残り3面を山々に囲まれた市である柏先市がある。

 良く言えば、自然が豊かな土地と言えるが、悪く言えば、自治体や商店街は、観光や産業に力を入れないで発展させる気が無いとも言える。

 ココが僕の住んでいる街である。

 僕は近所のコンビニの帰り道、買い物袋を持って歩いている。

 今はもう日が落ちて、街灯が道路を照らしている時間だ。

 1週間前に、永岡市で友達に会った時に言われていた時の事を思い出していた。

 待ち合わせをしていた加藤と三井田に、駐車場で女性を助けた時の事を話した時に言われたのが、

「お前は馬鹿か?困っている女性を助けるのはいいが、折角なんだから、その女性とお知り合いになれるチャンスだったんだぞ。吊り橋効果で上手くいけば彼女に出来たかもしれないんだぞ!」

「吊り橋効果って・・・」

「まあ、助けるのはいいんだけどね」

三井田が苦笑しながら、フォローしてくれる。

「きっかけはどうあれ、仲良くなってしまえば、こっちの人柄を好きになってもらえるかもしれないじゃないか?」

「それって、汚くないか?」

加藤の言葉に呆れてしまう・・・。

「お前の場合は、まず女の子と知り合う事が大変なんだから、それ位しないと知り合う事すら出来ないぞ!」

「そんな事・・・」

「無いって言えるのか?」

「・・・・・」

・・・・・。

・・・・・。

 言い返せない自分が悔しい・・・。

 友達が僕の事を気にかけているのは分かるし、その事自体は嬉しいとは思う。

 けど、加藤の言う内容には辟易してしまう・・・。



 一軒家の立ち並ぶ住宅街の抜けた先には、小学校のグラウンドがある。

 僕も小学生の時には通っていた学校だ。思えば加藤とは、この学校で初めて出会ったんだよな。

 昼間には学生達が走り回っているグラウンドだが、夜になるとその顔が変わる。

 広いグラウンドには、学生も居ないし、街灯も届かないし、家々の窓から漏れる光も届かない。

 そんなグラウンドから動く影を見た気がした。

「きゃああああ!」

 グラウンドの方から、女の子の悲鳴が響く。

 思わず悲鳴の聞こえた方に顔を向けた瞬間、細長い何かが飛んできて、目の前に落ちてきた。

 思わず、落ちてきた細長い物を拾う。

 それは日本刀に、刀身と殆ど同じ長さの柄を持つ、長巻と言われる武器だった。

「なんでこんな物が?」

 不審には思ったが、悲鳴の主の方が気になったので、グラウンドを見る。

 その先には、グラウンドに倒れた女の子がいた。

 その女の子は、背中まで届く髪をポニーテールにした10代半ば位の年齢に見えた。

 そして、どこかの学校の制服に、両腕には何故か手甲を両腕に付けていた。

 反射的にその女の子に走り寄り、助け起こそうとした。

「え?な、何で人がいるの?」

「何でって、近くを通りかかっただけですよ」

 女の子は、はっと何かに気付いた様に叫んだ。

「い、いけない!早く逃げてください!」

「何を言っているんです。困っている人を放っておくなんて出来るはずないじゃないで・・・・・」

 僕は話している途中で、ゾクッと背中に寒気を感じて振り向いた。


 見えたのは、闇に包まれたグラウンドだった。ただ、闇の中に何かが居るような気がする。

 よく目を凝らすと、闇の中に形作る物があった。まるで黒色の霧か煙が凝り固まって成形されたようだった。

 その姿はまるで人間だ。

 しかも、胴部は甲冑を付けた様に寸胴型で、両肩には板状のものが垂れ下がっているように見える。

 そして右手には棒状の何かを握っているようにも見える。まさか、刀?

 例えるのなら、戦国時代の鎧武者のようだった。

 全体のシルエットは確かに人間なのだが、煙が固まったようなものなので、生物ですら無いのかもしれない。


「早く逃げてください!あれは、普通の人には戦えるような相手じゃないんです。私がアイツの相手をしま・・・痛っ」

 女の子は、蒼白な顔をして、声を出しながら起き上ろうとしたが、苦痛に顔を歪めて上手く立つ事が出来なかった。

 女の子は脇腹を抑えて蹲る。右脚も切り傷から血を流していた。


 この子は、しばらくは動けないだろう。

 状況は分からないけど、あの黒い武者?と関係あるのは予想できるし、おそらく戦闘をしていたのだろう。

 詳しく話を聞いている場合でもなさそうだった。


 僕は女の子に背を向けるように立つと、黒い武者に向き直る。

「ちょっ、何しているんですか?」

「何って、見た通りですよ」

 そう答えながら、右脚を一歩前に出し、身体を後ろにずらすようにして、左脚を右脚の後ろに回す。

 所謂、半身の構えをし、長巻を黒い武者に構える。

「そんな事しなくてもいいから、早く逃げてください」

「お断りします」

 女の子に背を向けているから、表情は見えないけど、きっと訳が分からないといった顔をしているんだろうなぁ。

「ホントに危ないんです。下手をしたら命に係わるんです」

「だったら尚更、女の子を見捨てて逃げるなんてできませんよ」

「なんで、事情も分からないのに、そんな事しようとするんです」

「男が女子供を守るのは当たり前の事じゃないですか!」

 僕が軽い口調でそう言ったら、女の子は喋らなくなっていた。

 やっと静かになった。傷が痛みだして喋る余裕が無くなったのだろう。

 実際は、呆れて言葉が出てないだけだったのだが・・・。


 取りあえず、話が終わったので黒い武者に意識を向ける。

 さっきまでは、話に意識がいっていたのか、気になっていなかったのだが、あらためて武者に意識を集中させていると、恐怖を感じてくる。


 怖い。

 すごく怖い。

 よく分からないから怖いというだけでは無いと思う。

 武者を見ていると、心の奥底にある恐怖心を無理矢理に引き出されているのではないかと思えてくる。

 前に立っているだけで、冷や汗が出てくる。

 出てくるだけではない。冷や汗が止まらない。

 逃げたい!

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・逃げたら、この女の子はどうなる。

 もしかしたら、死んでしまうかもしれない。

 いや、かもしれないじゃない。

 確実に死ぬと、直感が教えている。

 思い過ごしかもしれない。でも、その考えが頭から離れない。

 なら、

 ・・・逃げる訳にはいかない!



 武者は特に構えていない。

 けど、構えを崩せない。

 僕は恐怖と警戒心から、どうしても構えを崩す事ができないでいた。

 武者が一歩進み出た。

 僕は右脚を左脚の後ろに移動する様に、一歩下がる。これで、半身の構えを左右逆にしただけの状態を維持できた。武者に向けていた長巻の刃が反対方向を向いたけど、これは、右脚と左脚をまた元の状態に戻すだけで、踏み込んで、攻撃を叩き込む事ができる。

 

 今度は、僕は下がらない。

 これ以上下がったら、女の子を護る気概も捨てるような気がした。


《守らなきゃ》

守らなきゃ。


 僕は前に進み出る。

 武者も進んでくる。

 僕は更に前に出る。そして、僕の間合いに入った瞬間に、武器を振り下ろす。


《守らなきゃ》

守らなきゃ。


 視線の位置が下がる。

 振り下ろした刃が武者の目の前を通り過ぎる。

 刃が届かない。

「え?」

 甲高い自分の声が聞こえる。

 一瞬、自分の声を怪訝に思ったが、考えている余裕は無かった。

 武者の刀が、僕の頭上に振り下ろされる。

 僕は後ろに跳ぶように後退して回避する。

(跳ぶ距離が短い?)

 着地すると同時に、身体の違和感に気付く。


 武者は、攻撃した僕にではなく、近くで蹲っている女の子に刀を向ける。


《守らなきゃ》

守らなきゃ。


「させない!」

 叫んだ僕の声は、やっぱり高かった。

 僕は武者に向かって、跳びかかる様に走り出したが、予想しているよりも、身体が前に進んでいなかった。

(やっぱり、さっきまでの僕より歩幅が小さくなっている)

 それでも、刀を振り下ろすより早く、武者に突撃し、吹き飛ばす事によって、女の子を守れた。

 僕の激突で態勢を崩した武者は、姿勢を正すと僕に向き直った。ようやく、狙う相手を僕に変えたようだった。

 武者が迫ってくる。

 武者は連続して刀を振り下ろすが、僕も長巻を振り迎撃する。

 初撃は撃ち返したが、2撃、3撃と撃ち込まれる刀は上手く捌く事ができず、腕や肩等を軽く斬られてしまう。

 武者の連撃に徐々に手足の傷が増えていく。

 元々、長巻は扱った事が無かった上に、すばやく連続で扱うような武器でもないのである。

 長巻は柄が長いから、日本刀の様に取り回しの良い扱いができる訳ではないし、槍や薙刀の様に柄が長い、所謂、長柄武器のように長さを生かした戦いができる訳ではないのである。


ゾクッ


 何度目かの打ち込みを逸らした時、悪寒を感じて、長巻を胴体まで引き戻す。


バキッ


 その瞬間、武者の蹴りが胴体を襲う。

 長巻を盾変わりにできたとはいえ、蹴りを逸らす事ができず、長巻ごと脇腹に衝撃が襲いかかる。

 その衝撃で僕は吹き飛ばされた。

 背中から地面にぶつかり、そのままゴロゴロと転がる。こんな衝撃を受けても武器を手放さなかったのは、運が良かった。

「ぐっ、・・・・・・う、うぇぇぇ」

 あまりの脇腹の痛みに、胃液が逆流して、吐き気がする。

 短かった後ろ髪は、何故か顔を隠すように垂れてくる。

 吐き気はまだ収まっていないが、何とか我慢して起き上がり、武者に武器を構える。

 眼に涙が浮かぶが、拭うような余裕は無い。咽にも口の中にも胃液の酸っぱい感覚があるが、もちろん構ってはいられない。

 そして、何よりも。


(・・・何が起こっている?)


 黒い武者と戦いだしてから、身体がオカシイ!

 いきなり、自分の視線の高さが下がった。自分自身で自覚している間合いと、実際の間合いが違う。踏み込もうとした時の歩幅が違う。短かった筈の髪が伸びている。そして、胸に重りでも出来たかのように重く感じる。


 武者が走り寄ってきた。自分自身の分析も碌にさせてはくれないらしい。

 武者はそのまま、刀を振り下ろす。

 僕は、長巻をバトンを回転させるようにして、刃の腹を叩くようにして弾く。

 そして、下向きになった長巻の刃を振り上げるようにして、武者に斬りかかった。


 刀を持っている武者の右腕を斬りさく。

 武者は左手で右手をおさえて、悲鳴をあげたように感じた。


 その瞬間・・・


 僕の身体は、恐怖で固まった。

 怖い。

 恐ろしい。

 泣き叫びたい。

 逃げ出したい。


 聞こえない悲鳴が、まるで僕の心を恐怖に塗り替えるように、塗り固めるように襲いかかってきた。

 僕は、足がガクガクと震え、杖をつくように長巻を持ち、何とか座り込むのを防げた。

(何?何でこんなに怖いの?)

 武者が僕を見ている?

 まるで睨んでいるように感じる。

 斬られた右腕をダランと垂らし、何時の間にか、左手に持った刀を上段に掲げる。

 斬られる?

「ひ・・・」

 振り下ろされた刀を長巻の柄で受け止めるが、足に力が入っていない状態で耐えられるわけがない。

 僕はそのまま尻餅をついてしまった。

 その状態の僕を、武者は蹴り飛ばす。

「ぐぅ・・・」

 蹴り飛ばされた僕は、そのまま後ろに転がる。腹に、かなり衝撃を感じたが、お陰で武者から離れる事が出来た。


怖い!

早くこの場を逃げ出した。

このまま、全速力で走ればそのまま逃げられる?

長巻を武者に投げつければ、その隙に逃げられる?


そんな事を考えていた時、視界の隅にあの女の子が見えた。

・・・まだ逃げてなかったんだ。

・・・僕が逃げたら、あの子は大丈夫なのかな?

・・・僕が逃げたら、武者はあの子に向かうのかな?

・・・僕が逃げたら、あの子は逃げられるのかな?

・・・僕が逃げたら、あの子は傷ついた足で逃げられるのかな?


・・・・・・


・・・僕が逃げたら、あの子は殺されるんじゃないのか?

・・・逃げられるわけない!

・・・逃げてはいけない!

・・・逃げたら、あの子を助ける事はできない!


 男が女子供を守らなくてどうする?

 周りからは古臭い考えだと笑われても、そうやって生きてきたんじゃないのか!

 ここで逃げたら、40年以上の自分の生き方を、自分自身で否定する事になるんじゃないのか?

 怖いから何だ!


《守らなきゃ》

守らなきゃ


 怖くて涙が溢れそうになるが、泣いている暇は無いんだ!

 僕は、腕で涙を拭いながら、立ち上がった。

 武者が刀を振り下ろす。

 刀身を避けるが、僕は足がふらついて、バランスを崩す。

 武者は、振りぬいた刀を切り返して、真横に薙ぐ。

 僕は、バランスが崩れたのも構わず、武者の胴を長巻で突く。


バキッ


 同時に、刀が長巻の柄を割る。

 持っている長巻から、何かが僕の心に押し寄せてきた。

 僕の意識は、そこで途切れた。


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