魔王様はお怒りのようです
「どーも!第63代勇者、エイダでーす!はじめまして魔王さん!よろしくね!」
「帰れ」
魔王アンクドールはコンマの速さで切り返した。なんなのだ、いったい。突然の来訪者によって勢いよくドターンと開かれた執務室の扉。それがパタパタとしているのを見て、アンクドールは城の警備を疑った。いや、そもそもの前に、
「リリザ。警備はこんなに手薄だったか?」
「いいえ陛下。面白そうでしたのでわざと通しました」
「……」
アンクドールは眉間にシワを寄せて自身の部下に血のように赤い瞳を向けた。扉付近に立っているリリザと呼ばれたアンクドールの部下は、それこそ10人中10人が認める絶世の美女(ただし魔族)だ。美女なのだがスカイブルーの瞳をス、と細めて真っ赤な唇に笑みを浮かべたその仕草、アンクドールにはただただ不快でしかなかった。
「……つまみだせ」
わけのわからぬ来訪者にも、部下にも構うつもりは微塵もない。だいたい勇者だと?魔族が人間と争っていたのはもう千年以上昔だ。今や肩書きだけが残っている、大した意味もないものだったはず。不機嫌そうなアンクドールの命じる声に、しかしリリザはにこりと笑っただけで動こうとはしない。あくまで楽しむつもりのようだ。闇を閉じ込めた黒髪をガシガシと掻き分けながら、アンクドールは盛大に舌打ちした。
「おい貴様」
「貴様じゃなくてエイダだって。間違えないで!」
「死ぬか死ぬか死ぬか選べ」
「選択肢死ぬしかないんですけど!?いやいやいや!当たり前じゃんみたいな顔しないで!ここで話終わらせないで!」
うるさい人間だ。アンクドールは更に不快さを露にした。この手のタイプはアンクドールが一番面倒だと敬遠する人種である。つまり苦手なのだ。
「死にたくなければ出ていけ」
これがアンクドールの最大の譲歩だ。選択肢を残してやっているだけありがたいと思え、と言葉を続ける。
「そりゃもちろん死にたくないよー!」
「ならば、」
「でもあたしここに居たい!楽しそうだし!おっきいお城で暮らすとかロマンじゃん!」
ボキリ。嫌な音をたててアンクドールの持っていた万年筆が折れた。
「それはいいですね。私は賛成いたしますよ、エイダ様。貴女とは仲良くなれそうですから」
「え、ほんと?リリザさん!」
「はい、大歓迎です」
「うわー!ありがとー!」
しかしそんなアンクドールをよそに繰り広げられる会話に、魔王は怒りからプルプルと震えていた。部下であるリリザは昔から嫌がらせを趣味としている。しかし仕事は有能なので今まで大したことではないと目をつぶってきたが、魔王は今日初めて彼女に殺意を抱いた。
「……ルイザロット」
職務で数日寝ていないためかアンクドールの怒りはすぐに沸点に辿り着く。地響きのような魔王の声に唐突に部屋に真っ黒な煙がたち始めたと思えば、直ちにそれは人型をとり、現れたのは右額から赤黒い角をはやした男だった。紫の髪がひどくボサボサだ。
「なんですか陛下。私今日は休暇もらいますって3ヶ月前から言ってたはずですが」
唐突に呼ばれたのが不満なのかジト目で彼は魔王を睨んだ。ルイザロットと呼ばれた彼は、リリザと同じくアンクドールの部下だ。勿論有能でありいつもはきっちりしているいわば魔王職の右腕的存在であるが、オンとオフが激しい。しかし魔王アンクドールも負けはしない。
「知るか。俺は年中無休だ。そんなことよりそこの人間だ。どうにかしろ」
視線でキャッキャと手をとりあう面倒な来訪者と部下を指すと、次いで彼女達を見たルイザロットは暫くその光景を見て一言。
「いいんじゃないですか、別に」
こんのっどいつもこいつも……!ルイザロットがオフ時はとことん適当になることに、魔王は初めて殺意を覚えた。
かくして突然の来訪者兼勇者は魔王城へと滞在することになった。もちろん魔王の許可?なにそれ美味しいの?状態である。魔王は今日も、こめかみに血管を浮かせつつ職務に励んでいる。