2.彼女☆讃歌
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俺は大津垣・龍之辰。言わずと知れたシャイボーイだ。
今日も俺は偉大なるアダルティな漢となるべく大人の階段を二段トバシで駆け上がる。
突然だが、俺はとうとう恋をした。
相手は同じクラスの女の子である。
名前は久住・仄美という。
彼女について、畏れ多くもこの惰弱なる大津垣・龍之辰から描写させていただこうと思う。
彼女は可憐な女性である。
身長は恐らくその年頃の女子の平均身長をやや上回るくらいだ。全体に細身ではありながら出るところはしっかりとしかし目立ちすぎない程度に主張されており、勿論俺は彼女の身長体重スリーサイズ等々をミリ以下に至るまで把握しているものの個人情報に抵触するため披露できないのが至極残念であるが、世に言うモデル体型であると言ってよい。
そのしっとりとしてキューティクルも美しい艶やかな黒髪は背の中程まで伸ばされており、彼女は普段その美髪を首の後ろで水色のシュシュで留めている。流れる黒髪は癖もなく、漆黒のナイアガラと見紛うばかりのその様はまさに人界の天の川と呼ぶに相応しい。
眉は細く、目はややたれ目がちで、おっとりとした印象を与えてくれる。何より彼女のその黒瞳が美しい。濡れたような煌めきを持つ彼女の瞳を前にして、彼女に目を奪われない男などこの世にはいまい。その瞳はいかに醜いものであっても美しく染め上げてしまうことであろう。かのノートルダムの鐘突き男も彼女の瞳に映れば凛々しい美男子に変貌するに違いない。
彼女は唇も素晴らしい。薄桃色に色付いた唇は瑞々しく柔らかであり、その唇から放たれる言葉はどのような言葉であっても清涼の花を添えることであろう。
声も美しい。涼やかで鈴を転がすようなその美しいソプラノは天上のハープもかくやと言う美声であり、その天声から紡がれる歌声は天使を魅了しニンフを籠絡し世界をも救うことは間違いあるまい。私が天使なら堕天する。私が悪魔なら幻惑される。私が迷える怨霊であったならば、その声を耳にするや否や成仏してしまうことだろう。かのバッハやモーツァルトといった名だたる音楽家であったなら、彼女の神声に感動のあまり彼女のための壮大なる楽曲を心血を注ぎ編み上げることであろう。ガラスの靴の持ち主を探す王子も、そんな得体の知れないものは放り出して彼女の御前に跪くに違いない。
新雪のように白く張りのある綺麗な肌は、凡下の輩の穢れを許さない。触れればタイヤモンドダストのように昇華してしまいそうな儚い美しさをも内包しているのだ。
その細身でありながら均整のとれた肢体を目にすれば、かのレオナルド・ダ・ヴィンチすらもその美を後世へ残そうと筆を取るに違いない。そして彼は挫折し筆を置く。己の画力を以てしても、彼女の美しさを描いてしまうことで真の彼女の美しさを損なってしまうことを恐れるためだ。
手指もまた美しい。その白さもさることながら、すっとしたライン、柔らかな肌、細く長い指を絡めて握手でもされれば、俺はこの世への未練を失ってしまうであろう。
即身成仏だ。
何より、その飾りげのなさこそが彼女の美しさを明然とさせている。
世人がそうするような化粧など、彼女は必要としていないのだ。そのような偽物で飾らなくとも、その美しさは明らかなのである。むしろ化粧などでその美しさが失われてしまうであろう。
気性もまた素晴らしい。
そのややたれ目がちな黒瞳から受ける印象を裏切らず、穏やかで涼やかでおっとりとしていながら、それでいてしっかりと芯の通った心をもっている。その如何なる悪をも大きく包み込むような優しさはまさしく神の母、聖母と呼ばれるに相応しい。彼女の広大無辺なる慈愛で世界が満たされれば、浅ましき戦争など決して起こり得ないであろう。
非の打ち所のない、という言葉はまさしく彼女のためにある。
彼女は神に愛されている。
美しさ、というものを体現するために天より遣わされた神にも等しき存在なのだ。
美の現人神である。
世の誇り高く嫉妬深き女性らをもってしても、彼女への嫉妬心など起こり得ない。あまりにかけ離れて美しいものにはそのような穢らわしき感情など芽生えず、ただ純然たる畏敬の念しか現れないものなのだ。
彼女の美しさを認めないものなどが果たしてこの世に存在するのだろうか。
そのような恐れ知らずには遠からず天罰が下されるに違いない。箪笥の角に右足の小指をぶち当て、その激痛の中で息絶える刹那、そやつはこう思うのだ。ああ、彼女こそが美の女神────と。
ヴィーナスもアフロディーテもイシュタルも敵ではない。いや彼女らこそ彼女の劣化模造品に過ぎないのだ。
彼女の美こそが神である。
世界は彼女の美から始まった。
彼女がこの世界を創造したのだ。
俺のような愚劣痴愚無知蒙昧が彼女と同じ星に同じ時代に同じ年に同じ国に同じ県に同じ市に同じ地域に同じ町内会に生まれ同じ小学に通い同じ中学に通い同じ高校に通い同じクラスとなりこれまでの人生を生きてこられたのは、どうしようもなく奇跡としかいいようがない。
俺は神に感謝する。
つまりは彼女に感謝する。
しかしながらかかしながら、俺には一つの大きな欠点があった。
いや、正確には一つではないのだが、総括して一つとしておく。
俺が彼女の隣を歩くにはどうにも至り得ない欠点だ。
損失と言っていい。
世界の美を体現する彼女に比べて。
俺は全てがあまりにも例外なくどうしようもなく『並』なのである。
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