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運命の糸  作者:
8/10

お見合い

朝日が昇る前に今日は起きることができた。外はまだ暗く窓から見える彼女の家の明かりはついてはいませんでした。ふと見えただけなのに胸が跳ね上がりそうになります。赤くなった顔を冷水で冷やし、またベッドに横になりました。

枕元に置いてあるケータイからは何通ものメール。全て今日の野球を俺が休むという事態についてでした。連絡しておいたのはコーチと同じチームのやつだけなはずが、学校中に知れ渡っていたようです。見てみると女の子から、知らないメールアドレスまでもがあった。やれやれ、メールアドレスを変えてしまおうか。まぁ変えたとしてもこのメールの数は耐えないであろう。溜息をつくと手の中でケータイが振動している。こんな朝早くからもメールが届くか。渋々画面を見てみると相手は美樹であった。

『おはようございます。 美樹』絵文字一つないメールにもドキドキしてしまう。『おはよう。午後3時だよ 晶』とすぐさま返信した。思わず俺も絵文字を使うのを忘れていた。『起きていたんですね。分かっていますよ。夢の続きを見せてくれるのでしょう? 美樹』こんなメールのやり取りをしているといつの間にか午前8時になっていた。

『もう8時だね 晶』と送ると『もうすぐ相手の方が来るみたいなので。ごめんなさい 美樹』とすぐ返ってきた。謝る彼女をフォローしようかと思ったが忙しそうなのでやめておいた。相手はどんな人なんだろう?優しいのか、かっこいいのか、真面目な人だろうか?色々な面で自分と比べてしまう自分が嫌になる。これはまるで相手に妬いているようだ。あぁこんな自分も嫌になる。時計とのにらみ合い。1秒がまるで1時間のようにも思える。早く3時にならないか。


美樹

午前8時過ぎ。私の家の前に一台の高級車が止まった。その時やはり来ましたかと思いました。母に呼ばれ急いでリビングへと重い足を動かしました。その頃には姉に着物に着替えさせられていて、化粧まで済ませてありました。着物のせいでとても動きにくく、思わずガニ股になってしまう私を母は叱りました。

相手の方が玄関へと入られました。「お邪魔いたします」そう言い靴を揃えリビングへと上がりました。相手の方は橘水樹と言うそうです。水樹さんば誠実そうな方でした。私の母と橘さんの母が話している間水樹さんと散歩に行くことになりました。初めての方でとても緊張しました。「美樹さん?」自分の名前を呼ばれていることに気づき「は、はいっ」と思わず声が裏返ってしまいます。水樹さんは笑って「先程から上の空ですよ」と言いました。自分は気づかぬうちにぼぉっとしていたようです。「すみません」正直に謝ると水樹さんは「そういうところも可愛いですね」と言いました。その時私は良かった、とほっといたしました。もしも変な態度をとっていたならあとで母に怒られるからです。そう思うと同時に晶さんに褒められた時と違う違和感と言うものに気づきました。

彼ならもっと優しく。宝物を扱うかのような甘い声で褒めるのです。彼のことを思うとふと顔が赤くなるのを感じました。

「美樹さんは何か好きなものがありますか?」と聞いてきました。私は思わず「晶さん」と答えてしまいまして、たいへん焦りました。「晶さん…?」と尋ねる水樹さんに慌てて「わ、私は小説を書いたり本を読むことが好きです」と訂正しました。水樹さんは不思議そうな顔をしながら「本かぁ。僕も本を読むのが好きですよ。例えば…」と壮大な本の論理を聞かせてくださいました。しかし、そんな話も耳に入らず頭の中は晶さんでいっぱいでした。

家に戻ってくるともう午後1時でした。リビングで食事をする時間になりました。私と水樹さんは向かい合わせで、まるでお見合いのようです。水樹さんが彼だったらよかったのに。ふとそう言う考えが頭をよぎります。いけない。水樹さんに失礼です。それでもその考えが頭から消えることはありませんでした。「それにしても礼儀正しい娘さんですね」水樹さんの母が言いました。私の母は鼻が高いのか「そんなことありませんよ」と微笑んでいました。「そうだ、午後からも何処かへ出かけてはどうですか?」と水樹さんの母が提案しました。ダメです。午後は彼との約束が。しかし私に拒否権などありません。「それはいい考えですね」と私の母も同意してしまいお出かけが決定してしました。食事を済ませ私はお手洗いに行くと言って自分の部屋に戻り晶さんにメールしました。

『助けて、午後からも予定が入ってしまいそう 美樹』私は返信が返ってくるのを待ちましたがなかなか返ってきません。私の母はあまりにも遅い私に怪しんだのか「美樹。早く降りてらっしゃい」と言いました。私は慌ててケータイを置き階段を駆け下りました。着物にポケットのないことに悲しくなりました。「すみません。少し疲れていて」と言うと水樹さんは笑って「気になさらないでください」と言いました。私の欲しい優しさはこんな気遣いではありません。きっと彼なら「大丈夫?」と尋ねてくれるでしょう。などとまたもや比べてしまいました。ごめんなさい。罪悪感を抱きながら玄関を出ます。

もうすぐ3時。彼はもう川辺で待っているのでしょうか。会いたい。この婚約など無くなってしまえばいいのに。私の頭の中には晶さん以外何も考えられなくなってしまったようです。


俺は、メールを見たときにはもう川辺についていました。俺は返信もせず彼女の家に向かいます。走って、走って。俺は彼女の家まであと少しのところまで来ていました。息を切らせながらあと数十メートルのところでした。俺の真横を高級車が通り過ぎていきます。横目でそれを見た刹那俺は車を追うことになりました。彼女が悲しそうに乗っていました。彼女と目が合います。でも、車との差は縮まることなく広がるばかり。

それでも走り、全力疾走です。角を曲がったところで野球仲間に会いました。そいつは自転車に乗っていたので無理やり押しのけその自転車を奪い、車を追いました。それでも差は縮まらない。車はやがて小さな路地に入っていきました。

俺はすぐさま自転車を置き、元来た道を戻りました。俺は知っていたのです。あの路地の先にあるのは一つのカフェ。俺がよく学校をサボる時にお世話になる場所。俺は自分の家の裏道から急いでカフェへと急いだ。彼女の家を作るときに親同士がもめたのは紛れもなくこの裏道が原因だ。今はそんなことを考えている余裕などない。とにかく自分はひたすら走った。息が苦しい。そんなことより彼女に早く会いたいと言う思いの方が強かった。


美樹

私は車の窓から彼を見たときは嬉しくてたまりませんでした。しかし、彼は遠ざかるばかり。小さな路地を曲がった時には彼の姿はありませんでした。「どうかしましたか?」水樹さんの気遣いの言葉など耳に入りません。私は大変おちこみただ呆然と後ろを眺めるのでした。ようやく車が止まり着いた先は1軒のカフェでした。そのカフェには和と言うものが感じられました。木造のそれには落ち着きが感じられました。小説に使えるかな、なんて思いながら扉を開けようとすると、水樹さんが先にドアを開けました。

「ありがとうございます」礼を言いつつも私は自分で開けてみたかったな、なんて思ってしましました。私が店に足を踏み入れたその時です。「ちょっと待った!」聞きなれた甘い声が私の耳に入ってきます。この声は。期待していた声。でもいけません。確かに私は助けを求めました。しかし来てはいけません。立場が悪くなってしまう。ダメです。そんな私のせいであなたが犠牲になることはない。それとは裏腹に心では助けてと叫んでいる自分がいるのです。「知り合いですか?」と尋ねる水樹さんに私は彼にも聞こえる声で

「いいえ。知らない方です」と言いました。その声は震えていたようにも思えますが、聞こえたでしょう。晶さん。これが答えです。本当は助けて欲しくてたまりません。しかし、これのことがあなたの両親にバレてはこれをきっかけにまた両家は分裂してしまう。賢いあなたなら分かるでしょう。私は自分の感情を閉じ込めることを選択しました。



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