ロミオとジュリエット
晶
最後の期待を賭けて俺はあの川辺に向かう。彼女の家から川辺まで歩いて30分ほど。俺の走りでその3分の1、10分で走ってやる。そこにいるかは確証などもてていない。しかし、俺はそこに行かなくてはいけないような気がしたのだ。この時間は車なんて通っていないため川の音が耳に響きます。あと少し。あの子と一緒に話した場所まで。急がなくては。いないと頭では分かっていてもこの足は止まらない。一点を目指してひたすら走る。まるで野球の走者のようだ。
あそこだ。俺はあそこを忘れてはないない。人影はなかった。でもただひたすら走り続けた。だいぶ近くまで来たが人影など一つもない。それでも走って。馬鹿みたいに走った。人が一人もいない。目に見えている。分かっている。それでも諦めない。その場所につく。誰もいないところで息を荒くして立っている。やっぱり、いないか。思わずため息が漏れてしまう。
「晶さん!」疲れすぎて幻聴まで聞こえてくるようになってしまったようだ。その声は俺の初恋の人の声で。自分の耳を壊すのではないかと思う位甘い声で。こんなにも清明に聞こえているのに。彼女の姿は見えなくて。「美樹ぃ」俺は声の出る限り叫んだ。空に向けて発した声は風と共に消え去ってしまった。こんなにも会いたいのに。
「晶さん?」次は問いかけるように俺の名前を呼ぶ。清明過ぎて思わず周りを見渡した。俺は目を疑い「美樹!」と大声で叫んだ。反対側の川辺に立っていたのだ。幻聴の次は幻覚か?ご都合主義もいいところだ。それにしてもはっきりとし過ぎている。幻覚にしてはぼやけているどころか彼女の輪郭まで分かる。目を細めても、目を見開いても彼女が川岸にいることに変わりはない。抱きしめたい。この想いを伝えたい。目の前にいるのに届かない。近くの橋まで100メートルもある。そんなところまで走っていくという選択肢はなかった。今すぐにでも触れたい。遠まわしなことなんて考えつかない。頭にある道のりは一直線に突っ切るのみ。膝まで水に浸かった時見た彼女の行動のせいで、わざわざ橋まで走っていかなくてはならなくなった。
美樹
目の前には彼。私を呼んでくれる声。私の唯一の友が来てくれた。安心したような。涙が止まっていくのが分かる。こんなにも人に飢えていたのか。もしも許されるのであれば今すぐにでも触れたい。周りを見回し近くの橋へと急いだ。早く会いたい。視界に入っているだけなんて会っているとは言えません。私は自分の足の遅さを恨みつつも走り続けた。ふと反対側を見ると彼も橋へ向かっていた。彼は走るのが早くすぐに橋までたどり着いていた。私も数秒遅れで橋にたどり着いた。彼も私も息を切らしていた。私はボサボサの髪を揺らしながら息を切らす自分を想像し思わず恥ずかしくなりました。こんな姿で彼に会うなんて。恥ずかしくなり下を向くと何故か彼の制服のズボンは膝のところまで濡れていました。何があったのでしょう。不思議に思っていると、私に彼は強く抱きしめてくれました。
私の母でもこんなに強く抱きしめてもらったことはありません。蝉の声、川のせせらぎの音、そして彼のぬくもり。真夏に母にぎゅうぎゅうされるあの暑苦しさではありません。自分はまるで彼の宝物のような気がいたしました。ほんのりと香る彼の匂いが私の鼻腔をくすぐります。そしてこの早く脈打つ鼓動は誰のものでしょう。彼はまるで私を壊れ物のように大切に抱きしめました。私は正直このぬくもりが嬉しく思いました。もしかしてこれが恋というものでしょうか。この苦しい感情が好きというものの正体なのでしょうか。
しかし、昨日の母の言葉を思い出しました。日比野家には近づくな。ダメなことだと分かっていても離したくない思いでいました。でも…。自分が抱きしめる手には不安がよぎります。自分が親に怒られても構いません。しかし、彼が私のせいで怒られるのは耐えられません。そう思うと同時に彼を押しのけていました。「ダメです。会ってはいけなかったのです。でも、会いたかった」私は悲しい思いでそう言いました。
晶
俺はその言葉を聞くと同時に彼女も家の事情を知っているのかと思った。こんなにも近くにいるのに。手を少し伸ばすだけで届く距離だというのに。
「それは、演技?」自分はまるでそれを望んでいるかのように質問をした。しかし返ってきた返事は「いいえ」の一言でした。何故苗字が佐々木と言うだけで関わってはいけないのか。君が欲しい。
沈黙が続く中彼女は逃げ出そうとした。こんなところを見つかってはいけないと思ったのだろう。しかし俺はこの恋心を逃すわけには行かなかった。「美樹、待ってくれ」必死の思いで腕を掴んだ。「晶さん、学校を休んでまで何故こんなところまで?」彼女は落ち着いた声で言った。「君への思いが溢れて、気づいたらここに来ていた」彼女の中では演技でも良かった。せめてこの想いを届けたい。親は知らぬ。今の頭の中にそんな些細なことは入っていない。「私の思いが神様に届いなのね」小さく彼女はそう呟きました。俺はそれを聞き逃すはずもありません。その時自分の想いに確信を持てました。これを世に言う両想いというのではなかろうか。
「でも見つかったらどうしよう」彼女は不安げに言いました。俺は彼女を勇気づけようと思ったが気の利く言葉が思いつきません。でまかせでこんなことを言いました。
「美樹に会えたから、怒られても悔いはない」我ながらとてつもなく恥ずかしい言葉を口にしていました。すると彼女はそれを間に受けたのか、「そんなの絶対嫌よ!」と振り返って言いました。彼女はとても必死な顔をしていました。あまりに必死だったので「大丈夫」と言ってやった。
「晶さん。川辺での運命の再会。なのにあなたは日比野家の跡取り。ねぇ、お願い苗字を捨てて。私はただあなたとずっと一緒に居たい」それを聞いたとき顔が赤くなるのを感じると同時に、こんなことを真顔で言う彼女は今、役になりきっていると確信しました。でも自分はもう彼女がどんな役でも良かった。「きっとそうしよう。あなたにこの川辺で口づけをした時から晶は美樹のものだ」自分はもう理性が保てていない状態でしたので、こんな恥ずかしい言葉もスラスラと言えました。「本当なの、うまくつけ込まれて、私を弄ぶため誘い出しているんじゃないの?あなたも知っているでしょう。親同士の争いごとを」そんなことはない。心の中で叫ぶが言葉にしなければ彼女には届かない。
「好きで、好きで君を探し回ったんだ、名前を知らずにキスをしたんだ。お願いだ、俺を信じてくれ」彼女は信用したのか頷き「いいわ、裏切られても、あなたなら許してあげる。でもお願い、その時はひと思いに殺して」その言葉に俺は動揺した。彼女は役の中とは言え死までも覚悟しているのだ。しかし、彼女の言葉で目が覚めた。これは生半可な覚悟でできる恋ではない。それでも彼女を愛することができるか?答えは決まっている。「死ぬときは一緒だ。天国にだってついていく」はっきりと言った。彼女はその言葉に少し反応し「そんなのは嫌よ、私が好きなら一緒に生きて。この街が様変わりする遠い未来まで、末永く暮らして」もちろん答えはyesだ。「分かった、あの輝く眩しい太陽に掛けて誓う」俺は目に付いた憎たらしい太陽に誓った。すると彼女は「待って、何も誓わないで。つい最近まで名前も知らなかったのに、あまりにも突然、あまりにも向こう見ず。だからもう少し待って。2人の愛のつぼみは、春の息吹に誘われて、次会うときはきっと美しく花を咲かせる。それまで少しだけ待って」と俺に誓をお預けさせた。でも、自分はこの花を咲かせるためならいつまででも待とうと思えた。
「分かった、誓いは取っておく。でも俺は君の答えを聞いていない」少し意地悪く聞いてみた。返ってきたのは少し前のようにぶっ飛んだ返事が返ってくるのかと思っていた自分にとっては予想外の返事であった。




