第六話「うん。ちょっと待とうか?」
長塚と弁当の約束をして数日が立った。
今日の朝に長塚から
「今日お弁当作ってきたから一緒に食べようねっ」
と言われたので俺は今屋上で長塚を待っているのだが…
「遅い」
長塚が中々来ない。
といってもまだ昼休みになってから五分ほどしか経ってはいないのだが、
教室からここまで来るのにそんなに時間はかからないはずだ。
ガチャッ
「ごめ~ん。待った?」
長塚がやっと来た。
「多少待った」
「む、そこは「俺も今来たばかりだから」とか言うところでしょ」
「いやだってホントのことだし」
「和也君ノリ悪いな~。せっかくわざと遅れてきたのに」
「うん。ちょっと待とうか?」
なんか今聞き逃せない言葉があったぞ?
「今わざとって言ったか?」
「?」
「だから今わざと遅れてきたって言ったよな?」
「言ったけどどうかした?」
「つまりお前はさっきの「ごめん待った?」のやり取りがしたくてわざと遅れてきたと」
「うん!」
こいつはホントにバカなんじゃないだろうか?
俺は思わず頭を抱えてしまった。
「それより早く食べよう。時間無くなっちゃうよ」
お前がもっと早く来ればとっくに食ってたんだけどな。
そう思ったが口には出さなかった。
というか口に出す気にもなれなかった。
「はい。和也君のお弁当」
「おう。サンキュー」
弁当箱は二段になっており一段目の中身は豚肉の生姜焼き、ほうれん草のごま和え、卵焼き、ポテトサラダ、プチトマト。二段目にはご飯がある。
「んじゃ。いただきます」
俺はさっそく卵焼きを食べる。
長塚から事前に何かリクエストはあるかと聞かれていたので俺は卵焼きを頼んでいた。
「なぁ長塚」
「何?」
「この卵焼きの作り方教えてくんない?」
「卵焼きの作り方?」
「そう。この卵焼き気にいったんだよね」
数日前に長塚の卵焼きを一口貰ってから何度か卵焼きを作ったのだがどうにもこの卵焼きを超えるものが作れないでいる。
「それって美味しいってこと?」
「それ以外にどういう意味があるんだよ?」
「そっか。ふふ」
「どうした? ついに頭がおかしくなったか?」
「失礼なこと言わないでよ。そんなこと言うなら作り方教えてあげないからね」
「…すみません。教えてください」
「ふふ。やーだよ」
「お前教えるつもりないだろ」
「ありゃばれた?」
謝ったりしなきゃよかった…
「でもまた食べたいって言ってくれるなら私が作ってあげるから…ね?」
「…またお願いします」
長塚が作ってきたのを食べて独自で研究することにしよう。
「ところで和也君って料理できるんだね」
「まぁな。両親共働きだからよく自分で晩御飯とか作る」
そのせいで最近は家に親が居ても「最近仕事で疲れてるから代わりに作って~」とか言われるようになっちゃったけど…
「俺は自力で料理できるようになったけど、長塚は親にでも教わったのか?」
「小さいころからお母さんのお手伝いしてて、色々と作り方とか教えてもらったんだ」
「いいよな。ちゃんと教えてくれる人がいて」
俺なんか昔母親に料理のコツを聞いたら「包丁の使い方さえ気を付ければ後は気合で何とかなる!」とか言われるだけだった。
おかげで包丁で自分の指を切るなんてことはあまりしなかったが、ちゃんとした物を作れるようになるまでに結構時間がかかった。
「一人だけでどうやって料理覚えたの?」
「料理の本を読みながらな」
過去に戻って昔の自分を褒めてやりたい。
この後も俺は母親のことを愚痴ったり、長塚と他愛もない話をしながら昼休みを過ごした。
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俺は今、今日の晩御飯の献立を考えながら帰宅していた。
もう電車は降りて家に向かっているので少しすれば家に着くはずだ。
今日も親は仕事で「遅くなるから晩御飯はよろしく!」とか言われたので自分で晩御飯を用意しなくてはならない。
材料はまだ残ってはずだから何を作るかは材料を見て決めるかな。
そんなことを考えているうちに家に着いた。
「ただいま~」
誰も居ないはずなので独り言感覚で呟いたら
「お帰り~!」
と居間のから声が返ってきた。
「は?」
俺は慌てて居間に行くと
「どうしたのよ。そんなに慌てて?」
そこには俺の母親がテレビを見ながらくつろいでいた。
「なんで母さんがいるんだよ!?」
「あら? 自分の家に帰ってきちゃ悪いの?」
「そうじゃなくて仕事は?」
「実は今日ね、仕事が思いのほか順調に進んで早く終わっちゃった」
母さんは「テヘッ」とか言いながら俺に説明してくれた。
いい歳にもなってテヘッとか恥かしくないのだろうか?
「和也そこに正座」
「なんで!?」
この人は俺の心の中でも読めるのだろうか?
「まぁね」
「マジで!?」
驚いた。この人は超能力者か何か?
ていうか俺にプライバシーは?
「私の前では無に等しいわね」
「もう俺が喋らなくても会話が成立してるんだけど…」
「ちなみにこの能力は和也限定よ」
何でだよ!?
よりにもよって何で俺限定!?
「はぁ。冗談よ冗談。私にそんなことできるわけないじゃない」
「いやでもさっきから思いっきり心の中読まれたんだけど…」
「全部声に出てたわよ」
「え? マジで?」
黙って頷く我が母。
マジでか…
でも俺にはそんな覚えないんだよな。
「独り言ってそんなもんよ」
そうか。そうなのか。
「ところで俺声に出してないのにまた会話成立したんだけど」
「え? ああ、うん。いや声に出してたわよ。絶対!」
「………」
何故か妙に焦ってない?
「あ、焦ってなんてないわよ」
「………」
「和也。しつこい男って…ねぇ?」
ま、まぁいいか。
これ以上聞かない方が身のためだと思う。
母さんの声のトーンが低くなり、目のハイライトが消えた瞬間俺は本能的にそう思った。
宮野純子。俺の母親にして天敵。
母さんが敵に回ったら俺は勝てないと思う。
その昔俺が小さい時のこと。
よく母さんに遊び相手になってもらっていたのだが…
鬼ごっことかゲーム対戦とかで母さんに勝った覚えが一度もない。
鬼ごっこでは母さんが鬼になった瞬間全力で追いかけられた。
小さかった頃の俺にとっては本物の鬼と同じくらいに恐ろしかった。
ゲームにしたってそうだ。
母さんは「私あんまりこういうのってやったことないんだけど」とか言ってたくせに、いざゲームをすると圧倒的な差でコテンパンにされ、プライドをずたずたにされた。
他にもたくさんあるのだが、特に酷かったのはかくれんぼだ。
俺が鬼で十数えてから母さんを探したのだが、いつになっても見つけることができなかった。
周りが暗くなってしまったので俺は泣きながら家に帰ると家に母さんがいた。
いくらなんでも小さい子供を置いて家に帰るのは酷いと思う。
家が近かったからよかったものの、下手をしたら迷子になって帰ることができなかったかもしれないし、事故にあってたかもしれない。
昔そのことについて文句を言ったところ「ちゃんともしもの時の対策はあったわ。私が無計画に子供を置いて帰るわけないでしょう」と言われた。
俺としては置いて帰らないでほしかったが…
そんなこんなで俺は母さんにはできるだけ逆らわないようにしている。
歳は知らない。
特に興味もないしな。
一度だけいくつなのか聞いたことがあった。
「永遠の十七歳よ」とか言ったのを鼻で笑ったのだが、その後の記憶がない。気が付いたら次の日になっていた。
仕事は…あれ?
仕事は何してたっけ?
思い出せない。
「母さんって仕事は何してるの?」
せっかくなので聞いてみた。
「あれ? 昔に言わなかったっけ?」
「いや覚えがない」
「昔何度も聞かれたことあるんだけど」
俺って忘れっぽいのかな?
「それで何やってるの?」
「そんなことより今日の晩御飯は何?」
「何だよ。いきなり」
「私お腹すいちゃって」
「ていうか家に居るんなら母さんが作ってよ」
「仕事で疲れちゃって」
「そのセリフ今日で何度目だよ。ここ最近母さんの作った飯食った覚えないんだけど」
「そうねぇ。私もここ最近料理した覚えがないわね」
「だったらたまには料理した方がいいよ」
「まぁまぁ。で、今日の晩御飯は何?」
「そんなに料理するのやだ?」
「言わなくてもわかるでしょう?」
ですよねー
「で、今日の晩御飯は何?」
「はぁ。ちょっと待って」
冷蔵庫には…思ってたよりも材料あるな。
「なんか食べたいのある?」
「えーと、肉じゃがとか」
肉じゃがね…
この材料なら作れそうだし。
「わかった。今から作るわ」
さっさと作ることにした。
…あれ? 何か忘れてるような?
まぁいいか。
それからしばらくして
ガチャッ
「ただいま~」
父さんが帰ってきた。
宮野健斗。母さんとは大学で知り合ったとか。
「あ、お帰りなさい」
母さんが父さんに近寄っていく。
うちの両親は結構仲がいい。
他の家がどんな風かは知らないが、うちはホントに仲がいい。
「和也。ただいま。」
「お帰り~」
「お、また和也が料理してるのか」
「母さんじゃなくて残念だったね」
「いやいや、そんなことないぞ」
「でも母さんの作ったご飯の方がいいでしょ」
「まぁ純の作った料理も食べたいな」
「え~!? なら私が作ったのに」
ミスった。こんなことなら「父さんも母さんの作った飯が食べたいんじゃない?」とか言うんだった。
母さんは父さんには結構あまい。
怒るときは怒るし、喧嘩だってするがすぐに仲直りする。
他の人たちが見てもお似合いの夫婦なんだと思う。
「父さんも仕事今日は早いんだね」
「ああ。今日は順調に進んでな」
父さんの仕事は…
…あれ?
「父さんって仕事何してるんだっけ?」
「ん? 前に言わなかったか?」
「ううん。覚えがない」
「そうだったか。ところで今日は肉じゃがなんだな」
「その手は効かないよ。さっき母さんにも…」
…………
「あ!? 母さんに話誤魔化された!!」
「あら。ついにばれちゃった」
まったく気が付かなかった。
「昔はこれでころっと忘れてくれたのに」
「………」
思い出した。
昔何度か母さんに仕事のことを質問はしたが、そのたびに誤魔化されていた。
道理で仕事何してるかわからないわけだ。
「ところで仕事全部終わらせてきたの? 私より量あったけど」
「まぁね。今日の分は何とか」
「待った待った待った。まさか…」
「ええそうよ。私たち同じ職場で働いてるの」
新事実発覚!!
「はぁ。で、二人は何の仕事してるのさ」
「ふ、子供のあなたにはまだ早いわ」
「え、ちょっと何の仕事してんの? マジで」
母さんに聞いてもまた誤魔化される気がするので父さんの方を見て聞くと
「そうだね。和也にはまだ早い」
マジでこの人たちは何をしてるんだぁああああああああああああ!!
「え、ホントに何してんの? やばいこととかしてないだろうね!?」
「そんなことはしないわよ。至って普通の仕事」
「ホントだろうね。ならいいんだけど…」
なんだか両親が急に恐ろしくなってきた。
「父さん仕事のこと教えてくんない?」
「俺はちょっと着替えてくるな」
父さんは自室に着替えに行ってしまった。
逃げたよあの人。
「母さん…」
もうなんか疲れた。
「和也。しつこい」
凄くドスの利いた声で言う母さんを見た瞬間
「もうすぐ飯できるから」
無理だと悟った。
これ以上はもう無理だ。
今日はこれくらいにしておこうとそう思った。
「卵焼きの味付け変えたの?」
現在食事中。
「まぁ。不味い?」
昼にも卵焼きは食べたが、味を覚えているうちに作っておきたかった。
長塚の卵焼きにはまだほど遠い出来だけど…
「そんなことはないけど珍しいわね」
「何が?」
「和也ってあんまり味付け変えたりしないじゃない」
確かに母さんの言うとおりだ。
とりあえず作れるようになったらそれでいいと思っているので、俺は味付けを変えたり、作り方を変えるといったことはしない。
「でもこれはこれでいいんじゃないか?」
そう言ってくれるのは嬉しいがこれは失敗作だ。
俺が目指してるのは長塚が作った卵焼きだ。
「ところで和也。学校は楽しい?」
なんかベタな質問だな。
この質問何回かされた覚えがあるんだが…
「ぼちぼち」
そういうと、父さんと母さんは二人して驚いた顔をした。
「えっと…どうかした?」
「いやまさかあなたの口からそんな言葉が出てくるなんて…」
「どういうこと?」
「だって今まで楽しいかって聞いても、別にとか、普通とか、いつも通りとかしか言わないじゃない」
そうだったか?
「何かいいことがあったの? 友達できたとか?」
そう言われて何となく長塚が思い浮かんだ。
…友達か。
高校に入ってからあんまり人と関わらなかったからな…
高校で一番仲のいい奴はと聞かれたら俺はおそらく長塚が頭の中に浮かぶと思う。
高校に入ってからあそこまで俺に近づいてきたのは長塚だけだからな。
「…友達かどうかはわからんけど、話し相手ならできたかな」
そういうと母さんは嬉しそうに
「そう」
と言って笑っていた。
父さんは
「その子うちに連れて来たらどうだ?」
なんて言い出した。
その後二人にそいつはどんな子なのかと問いただされたが、すべて聞き流し晩飯を黙々と食べ続けた。