第二話 「……ごめんちょっと病院行ってくる」
昨日の朝教室で長塚と遭遇した俺はHPを0寸前まで追い詰められたところ、吉田のおかげでその危機的状況を抜けることができた。
その日は頭の中で吉田のことを神と崇めたりもした。
朝のことがあってその日の授業はとても体力を消費した。
この時点で俺は色々と限界に達している気がしないでもないが、この日は朝のこと以外は何事もなく無事に過ごすことができたのでまぁ良しとしよう。
問題は今だ。
「おはよう!」
何故また長塚がこの時間帯に教室にいるんだ?
昨日は確か長塚が時間を見間違えたからこの時間に来ていたとのことだ
「おはよ」
じゃあ何で今日もこの時間に長塚がいるんだ?
あれ?
これはつまりまた吉田様…じゃない吉田が来るまで話さなきゃいけないのか?
おかしいなわけがわからない。
あれ?あれれ?
やばいこのままだと自分を見失う気がする。
そうなると精神科に行くことになるな。
できたらそれは避けたい。
よし一旦落ち着こう一度深呼吸でもして
「ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「どうしたの和也君? いきなりラマーズ法なんかしだして?」
「……ごめんちょっと病院行ってくる」
精神科に行こう。
今ならまだ間に合うはず
「えっ? 病院ってまさか…産婦人科?」
「ちげぇよ!」
「違うの?」
「だから違うって! ってか何故に産婦人科!?」
「だっていきなりラマーズ法なんかするし」
「あ、ああ…」
そりゃそうか、いきなりラマーズ法なんかしだして病院に行くなんて言ったら…
「おかしいだろ!? 俺男だから! 子供なんて産めないから!」
「とか言いつつも実は和也君女の子だったり…」
「しないから! 俺は正真正銘男だから!」
何で俺朝っぱらからこんなこと叫んでるんだろう…
「ふふ、あははははは!」
「ど、どうした?」
いきなり笑い出すもんだから驚いた。
いや長塚といると終始驚いてる気がする。
「いやだって、ふふ、あはははは!」
長塚は机を叩きながら大笑いしている。
やばい長塚が壊れた。
さすがに壊れた奴を見捨てる気にはならないので
「大丈夫か長塚? 一緒に精神科行くか?」
「い、一緒にって和也君も?」
笑うのを我慢しているのか肩をぴくぴくさせながら「ふ、ふふ。」と笑いを漏らしている。
はっきり言ってものすごく不気味だ。
「最初に俺病院行くって言っただろ」
「あれって冗談じゃないの?」
「いや冗談抜きでだけど」
最初はおかしくなりつつあった俺が手遅れになる前にどうにかしてもらおうと思っていたのだが、今はこの壊れてしまった長塚を治してもらうのが先だろう。
「も、もう無理。あははははは!」
長塚はもう修復不可能な気がする。
手遅れか…
それからしばらく経ってようやく長塚の笑いが収まった。
てかあんなに笑い続けるような奴初めて見たな。
「はぁはぁ、ふ~」
「えっと大丈夫か?」
これがきっかけで長塚がおかしくなっていたりしないといいのだが
「うん。もう大丈夫」
良かった特に異常は見当たらない。
ただでさえ長塚と関わるととてつもなく体力を消費するのに壊れた長塚と関わったら自分が自分でいられるかわかったもんじゃない。
「和也君って面白いね」
「は?」
何で俺が面白いとか言われなきゃいけないんだ?
「俺なんかした?」
「だっていきなりラマーズ法なんかしたり、俺は正真正銘男だなんて言い出したり」
「それは長塚が俺のこと実は女とか言うからだろ」
ラマーズ法については…まぁ置いておこう
「普段からそういう風にしてればいいのに」
「普段からって長塚はまだ転校してきて三日目だろう」
「そうだけど和也君っていつもあんな感じなんでしょう?」
あんな感じってどんな感じと言おうとも思ったが長塚の言いたいことは何となく分かるので、
「休み時間に一人でラノベ読んで何が悪い、話しかけられたらちゃんと話すようにしてるだろう」
「そうなんだけど。う~んとね」
長塚は何か言いたいようだがもうタイムアップだ。
もうすぐ奴が来る。
「え~と、だから和也君は…」
ガラッ
「おはよ~」
やってきたのは吉田だ。
ナイスだ吉田!さすがは我らが神吉田様だ。
「あ、おはよう真理ちゃん。」
真理って誰だ?
吉田の名前か?
まぁ別になんだっていいや。
もう疲れた今日はもう時間が来るまで寝ることにしよう。
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気が付けば昼休みだがはっきり言って今までの記憶がさっぱりない。
だが寝ていたというわけでもないらしい。
何故なら授業を受けた記憶はないのにノートはしっかりと取ってあるのだ。しかもこれは俺の字だ。
まぁ特に気にすることではない。
どうせ授業中に語ることなど何もないし
とにかくさっさと昼飯を買いに行くかな。
なんてことを考えていると。
「宮野、ちょっとこの資料運ぶの手伝ってほしいんだが」
俺を呼んだのは国語教師の田中先生。
確か三十代の独身男。
俺が知っている情報はこれくらいだ。
ほかの教師のこともよくは知らない。
さらにここだけの話俺は担任の名前を知らない。
いつも担任のことを頭の中では担任と呼んでいるし、声に出して呼ぶときは先生と呼んでいるから名前を知る必要もない。
「宮野?お~い宮野?」
うちの学校には教師の情報なんでも知っている生徒がいるという噂がある。
その噂には情報を使って教師を脅しているとか、教師だけでなく全校生徒の情報も持っているなど色々ある。
さらにはその情報を売っているなんて噂もあり一部では情報屋と呼ばれている。
この噂のどこまでが本当なのか知りたいところではあるがその情報屋を見つけることは無理だろうと俺は諦めている。
「宮野~?み~や~の~」
なんかうるさい奴がいるな
なんなんだまったく
「おい宮野、田中先生が呼んでるぞ。」
「え? ああはい。なんですか?」
俺はクラスメイトに言われてようやく気が付いた。
少しボーっとしてたようだ。
「この資料を運ぶの手伝ってほしいんだが」
「はい。わかりました」
できることなら「やなこった。この独身男!」とか言ってみたいがそんなことをしたところで怒られるのが落ちなので心の中で叫びながらも田中先生の手伝いをする。
それ以前に俺は国語係なのでこの教師の手伝いを断るわけにはいかない。
本当なら何の係りにもなりたくなかったが、何かしらの係りもしくは委員会はやらなくてはならないのでしょうがない。
「助かった。ありがとうな宮野」
資料を職員室に運び終えた俺はさっさと購買に行こうとしたのだが、
「あ、宮野君ちょうどよかった」
俺の前に担任が現れた。
「このプリントを長塚さんに渡してほしいの。私今ちょっと手が離せなくて」
何でこう次から次へと
これじゃあ昼飯食う時間が無くなるんだが
「お願い渡しといてくれる?」
「はい。わかりました」
何故か断れない俺。
「じゃあお願いね」
そう言って担任は去って行った。
あれ? あの人どこに行ったんだ?
今うちの担任が職員室の窓から出て行った気がするんだが気のせいだろうか?
でもまぁ今はそんなことよりもさっさとこのプリントを長塚に渡しにいかないと本気で昼飯を食う時間が無くなる。
俺は教室に戻るや否やすぐに長塚を探したのだが、
「いない」
どうやら教室にはいないようだ。
しょうがないから学食の方にでも行くか。
俺はそう思って学食にも行ったのだが、
「いない」
ほかにも購買や中庭などにも行ったのだが、
「いない」
ここは一旦教室に戻った方がいいかもしれない。
俺は教室に向かったのだがその途中
「あ、長塚」
長塚発見。
「ん? 和也君どうかしたの?」
「このプリント渡すよう言われて」
俺は担任に渡されたプリントを長塚に手渡す。
「ありがとう。わざわざ私のこと探してくれたの?」
「そうだけど」
「教室で私の机の上にでも置いといてくれればよかったのに」
「………」
「? 和也君?」
「………」
「おーい」
その手があった!?
うわ最悪俺ってバカだ。
何で気が付かなかった俺!
「和也君?」
「ああ、なんでもない」
すっごいテンション下がってきた。
元からテンション低い方だけど
めっちゃテンション下がってきた。
「もしかして…気が付かないでずっと私のこと探してたの?」
「!?」
「ふ~ん、そっか~」
「な、なんだよ」
「べっつにー、ふふふ」
「言いたいことがあるならはっきりと…」
ぐぅ~
「………」
「和也君お昼食べてないの?」
すっかり忘れてた。
途中から「意地でも見つけてやる!」とか思って昼飯のこと忘れてた。
「いいんだよ。昼飯食う前のちょっとした運動ってやつだから」
なんか色々と無理矢理な言い訳な気がする
「でも…」
「だからいいんだって。今から食うから」
「そうじゃなくて時間…」
キーンコーンカーンコーン
「…もうないよ」
「今すぐ食えばまだ間に合う」
「でも和也君お昼ご飯は?」
よく考えてみたらまだ昼飯買ってもない。
「………」
「ご、ごめんね私のせいで」
「別に長塚のせいではないだろ」
もとはと言えば担任…いや田中が悪いんだ!
そうだあの独身男が俺に資料なんか運ぶのを手伝わせたのが悪いんだ!
あいつに食べ物の恨みは恐ろしいんだってことを教えてやる。
「ふ、ふふ、ふふふふふふ」
「か、和也君? どうしたのなんか怖いよ?」
「大丈夫だ。悪いのは全て田中なんだから」
「田中?」
「そう田中だ。あの独身国語教師だ」
「田中先生がどうかしたの?」
「いやなに、ちょっとあいつに仕返しをするだけさ」
「何する気?」
「まずはあいつの靴に画鋲を入れてやる。そのあとはさりげなく水やゴミをあいつに…ふふふふ」
「和也君! 落ち着いてそんな地味な嫌がらせはやめようよ」
「地味? ならもっと派手にするか」
「もっとだめだよ!? ほらいつもの和也君に戻って」
「安心しろ。俺は普段通りだ。ちょっとテンションが高いだけで至って普通だ」
「ほら元に戻って。アンパンあげるから」
アンパンだと…
「…何で長塚アンパン持ってんの?」
「お昼に食べようと思ってたんだけど食べきれなくて」
「貰っていいの?」
「いいよ。はい」
助かったな田中今回は長塚のアンパンに免じて許してやる。
「ありがと。いくら?」
さすがにただで貰う気にはならない。
「お金はいいよ」
「でも…」
「いいってば。私は先に教室に戻るから和也君も早くアンパン食べて教室に戻って来なよ」
長塚は走って行ってしまった。
長塚よ…廊下は走るな。
しかし長塚には借りができてしまった。
長塚はそんなこと気にしてはないだろうがそのうち何らかの形で借り返さないとなぁ。
アンパンを食べながら長塚にどうやって借りを返すか悩んでいると、
「ん?」
画鋲が一つ転がっていた。
「………」
…田中の靴に入れといてやるか。