第二十七話「もう、勘弁してください」
「夏だ! 海だぁああああああ!」
真夏の太陽の下、翔太は両手を上げ叫んでいた。…のだが、
「翔太。ここは海じゃなくてプールだぞ」
そう、俺たちが今いるのはプールだ。
有希が家に来た日から一週間ほどが経ち、一昨日有希からこんなメールがきた。
『明後日プールに行こう! 本多君には和也君から連絡しといてね!』
有希に言われた通り、翔太に連絡をすると、
『プール? 行く行く! 車に轢かれようとも、殺人鬼に殺されかけようとも絶対に行く!』
とすぐに返事が返ってきた。
一応、今回のメンバーを言うと俺に翔太、有希と吉田だ。
俺と翔太は既に着替え終え、今は有希と吉田をを待っている。
俺は前に有希と一緒に買い物に行った時に買った黒のトランクスタイプの水着。翔太はふんどし…だったら面白かったのだが、そうではなく何かよくわかんない柄の入ったトランクスタイプの水着だ。
「夏だ! 海じゃなくてプールだぁあああああああ!」
さっきから翔太はこんなテンション。周りの人たちがこっちを見てくるから叫ぶのをやめてほしい。
「翔太。お前少し黙れ」
「夏だ! プールだ! 俺は黙るんだぁああああああああああ!」
「だから黙れって言ってんの! 何で叫ぶんだ!?」
「何で俺は叫ぶんだぁああああああああああ!」
「もういい…」
翔太は修復不可能だ。でも、目立つのは嫌なので少し翔太から距離をとる。
「お待たせ~」
翔太の謎の叫びを聞いると、有希たちがやっと来た。
「本多君の声が聞こえたからどこにいるのかすぐに分かったよ」
ま、まさか翔太は有希たちに俺たちの居場所を伝えるために!?
俺は驚きの表情を浮かべ翔太の方を見ると、
「こういうことされると他のお客様へのご迷惑になりますので」
「あ、はい。ごめんなさい…」
従業員の人に注意を受けていた。
…俺の考えすぎか。翔太は意味もなくただ叫んでいたようだ。
「本多君はなにをしてたんですか?」
吉田が呆れたような表情をしながら俺に聞いてきた。
「二人が来るまでの間ずっと叫んでた」
「…何でそんなことを?」
「俺が聞きたい」
俺と吉田は二人して「はぁ」とため息を吐いた。
翔太の関係者と思われたくない俺たちは、少し離れたとこから従業員の人に解放された翔太を見ていると、一人の男が翔太に近づいて話しかけた。
「よう兄ちゃん面白いことしてんじゃねえか。良かったら今度は俺と一緒に叫んでみないか?」
人柄の良さそうな男が翔太に誘いをかけた。
いくら翔太でも注意を受けたばっかりなので断るかと思ったんだが、
「いいですね! やりましょう!」
まるで最初から断るという選択肢が無かったかのように即答した。
「本多君はバカなんですか? さっき注意をされたばかりなのに」
吉田は冷ややかな視線を翔太に向けている。
「しょうがないだろ。翔太はバカなんだ」
「和也君。バカにバカって言っちゃ可哀想だよ。せめて、もっと遠回しな言い方にした方が」
「例えば?」
「え? えっと……脳無しとか?」
何気に有希が一番酷いこと言ってるような気がする。
「「元気ですかぁあああああああああ! 俺たちは元気だぁあああああああああ!」」
俺たちにそんなことを言われているとは知らない翔太は、知らない男と一緒に誰に向けて叫び始めた。
「「そうですかぁあああああああああ! 元気そうで何よりでぇえええええええええす!」」
どこかの誰かさんと会話が成立している!? 相手の方は元気らしい。
翔太と知らない男がそんなバカなことをしていると、また従業員の人がやってきた。
「またあなたですか! しかも今度は一人増えてるし!」
「若いっていいですよね…」
「あなたは十分若いでしょう! 見るからに私よりも年下でしょう!」
「見た目は子供、頭脳は大人!」
「そんな人が現実にいてたまりますか! もういい加減にしてください! でないとここから出て行ってもらいますよ!」
「そ、それだけはご勘弁を~」
翔太は「許してくだせぇ」と頭をぺこぺこと下げている。周りにいる人たちはそんな翔太を見て笑っている。一緒に叫んでた男も笑っている。
翔太のこういうところは凄いと思う。あれだけバカなことしといて周りの人たちは迷惑そうな顔をせず、むしろ笑っている。翔太に注意をした従業員の人もあれだけ怒鳴っていながら今はどこか笑った表情をしている。
「次に同じことしたら本当に出て行ってもらいますよ」
「はい。絶対にしません! 神に誓います。和也にも誓います!」
待て。何で俺にまで誓う?
「和也! 俺は誓うぜ!」
翔太が俺に指を指しながら言ってきた。そのせいで周囲の人たちが俺の方を見る。
あのバカ! やめろ俺を見るな! 目立つのは嫌いなんだ。特に従業員の人の「お前の連れか。お前がしっかりしないから私が苦労してるんだぞ」みたいな目が一番きつい!
俺は近くにいる有希と吉田に助けを求めようとしたら、
「あれ?」
いない。さっきまですぐそこにいたのに。
周りをきょろきょろと見回すと、有希と吉田は俺から離れた場所でニヤニヤと俺を見ていた。
う、裏切りやがった! 巻き込まれたくないからって俺を犠牲にしたな!
「とりあえず、次はありませんから気を付けてくださいね。…あなたもね」
従業員の人はそういうと自分の持ち場に戻って行った。
あの最後のあなたもねは俺に向けた言葉で、きっと次翔太にバカなことさせたら俺も一緒に退場させられるだろう。
「ったく、お前は何をしでかしてんだ」
「いやー。楽しくってつい」
あの後、周りにいた人たちも去って行き、翔太と一緒に叫んでいた男も「またどこかで会おう!」と言い、爽やかに去って行った。
「和也君和也君。早く泳ごうよ!」
「ん。そう…だ……な」
さっきまでは翔太のことがあったので気にしていなかったが、今有希たちは水着姿なわけで。
「…………」
「? どうしたの和也君?」
有希は紺色のビキニを着ていて、正直言ってめちゃくちゃ可愛い。
思わず有希に見とれてしまっていると、そんな俺の様子に気が付いた吉田がニヤニヤしながら俺をからかい始めた。
「あれ? 宮野君。有希ちゃんに見とれてるんですか?」
「あ…べ、別にそういうわけじゃ!」
「恥ずかしがらなくたっていいんですよ。可愛いですもんね有希ちゃんの水着姿」
「……くっ」
何も言い返せなくなり、吉田を無言で睨んでいると有希が、
「和也君。和也君が選んでくれたこの水着、似合ってるかな?」
少し照れくさそうにしながら俺に聞いてきた。
そういえばこの水着を選んだのって俺だったけか。正直どういう水着を選んだのかよく覚えてなかったのだが今は、ナイスだ俺! と自分を褒めてやりたい。
「あ、ああ。似合ってる」
「そっか。えへへ、良かった~」
こういったことに耐性のない俺は、素直に可愛いとは恥かしくて言えないが、有希は喜んでいるみたいだし良かった良かった。
「宮野君。もっと他に言うことがあるんじゃないですか?」
「もう、勘弁してください」
「…ヘタレ」
グサッと心にきたが、吉田の言うとおりなので言い返すことはできない。
「まぁでも、有希ちゃんは喜んでるみたいだし許してあげましょう」
お前は何様だとも思ったが、どうやら許してもらえたようなので良しとしよう。
「じゃあ、改めて泳ぎに行こう!」
「待って有希ちゃん」
走り出そうとした有希を吉田が止めた。
「どうしたの?」
「プールサイドを走っちゃ危ないよ。走ったらあんな風になるから」
そう言って吉田はとある方向を指さした。有希と俺は吉田が指さした方向をを見てみると、
「わーい! プールだ! 泳ぐぜー!」
プールに向かって走っている翔太の姿が。
「プー…のわっ!」
すると、翔太は足を滑らせ見事に転んだ。
「痛い……」
…うん。見なかったことにしよう。
「分かった有希ちゃん?」
「うん。気を付ける」
再び有希たちを見ると有希はプールサイドを走るのは危ないとちゃんと理解したようだ。
「じゃあ今度こそ泳ごう!」
そう言って有希はプールに向かって歩き出そうとしたのだが、
「待って有希ちゃん」
「え? まだ何かあるの?」
「ちゃんと準備体操はしないと」
「準備体操? うーん…大事な気はするけど別に大丈夫じゃない?」
「ううん。準備体操しないと大変なことになるよ。ほら」
吉田はまたとある方向…てか翔太に向かって指を指した。
「ふう。やっぱり泳ぐのは気持ちいいな!」
翔太は既にプールで泳いでいた。
「よっしゃ! もういっちょ!」
翔太はクロールをして泳いでいる…のだが様子がおかしい。何か急に沈んでいったんだけど。
しばらく翔太が沈んだ場所を見ていると、いきなり水面から翔太が出てきた。
「ぷはぁ! や、やば。足攣った。た、助け…」
どうやら今翔太がいるプールはそれなりに深いらしくで、足が付かないらしい。
「ごぼぼぼぼ」
翔太はそのまま沈んでいってしまった。
…うん。見なかったことにしよう。
「分かった有希ちゃん?」
「うん。分かった。ちゃんと準備体操はしないとね」
有希と吉田はそれぞれ準備体操をやり始めた。
俺も翔太みたいにはなりたくなかったので屈伸などをやり始めた。
「って本多君助けないと!」
準備体操をしていると、有希がいきなりそんなことを言い出した。
「何だいきなり?」
「何だじゃないよ! 本多君さっき溺れてたでしょ! 何で放置してるの!?」
「…あぁ。そんなこともあったなぁ」
「何昔のことのように言ってるの!?」
「落ち着けって。ほら深呼吸して」
「う、うん。スーハースーハー」
「よし、じゃあ準備体操を再開!」
「うん! …って違うでしょ!? 本多君溺れてるんだよ!?」
「大丈夫だって。翔太は溺れたくらいで死ぬような人間じゃないから」
「それはもう人間ですらないよね!? 普通人間は溺れたら死んじゃうからね!?」
「問題ない。翔太にはギャグ補正がかかってるからな」
「現実にギャグ補正なんか存在しないよ!?」
「有希ちゃん。落ち着いて」
「ま、真理ちゃん。どうしよう。本多君が…」
「本多君なら大丈夫だろうから。ほっとこう」
「真理ちゃんまで!?」
まぁ、翔太の扱いなんてこんなもんだろう。
しかし、有希は「どうしようどうしよう」と慌てている。
「有希。落ち着け冗談抜きで翔太は大丈夫だから」
「え?」
「ほら、あれ」
俺はさっき翔太が溺れて沈んでいったプールに向かって指を指した。
「大変だ! 人が溺れてる!」
「助けるんだ!」
「息してないぞ!」
「どうする!?」
「何としてでも助けるぞ!」
「「「「「「おーーーーっ!」」」」」」
無駄にいいチームワークで周りにいた人たちが翔太を救助している。
…ちょっと思ってた以上に大事になっちゃってるけど。
「ほらな。翔太はもう救助されてるから」
「よ、よかったぁ」
有希はほっと息を吐いた。
「じゃあ、本多君のことはあの人たちに任せて私たちは泳ぎに行こうか」
「うん。そうだね。ほら、和也君行こう!」
「あ、ああ」
有希たちについて行きながら、俺はもう一度だけ翔太のいる方向をチラッと見た。
「どうする?」
「人工呼吸だ!」
「でも誰が…」
「俺がやる!」
そこに現れたのは先ほど翔太と一緒になって叫んでいた男だった。
「お、お前が?」
「ああ。こいつをこんなところで死なせるわけにはいかねぇ! 俺のファーストキス、こいつに捧げるぜぇええええええええええ!」
「「「「「「な、何て男だ!!」」」」」」
…うん。見なかったことにしよう。






