第二十四話「あの…帰っていい?」
野次馬からの拍手も収まり、アフロとモヒカンとリーゼント。略してアモリの三人は抱擁をやめ、俺の方を向いた。そして、アフロが、
「残念だったな。お前の策略程度じゃ、俺たちの友情に傷一つつけることはできないんだよ!」
だから策略とかじゃないし、お前たちが勝手にそう思ってるだけだから。
「おい、松岡。声合わせるの忘れてるぞ」
「ああ、わりぃ。じゃあもう一回」
モヒカンがアフロにそう注意した。
てかまだそれやるんだ。確かに、同じことを三人同時に喋れって俺がこいつらに言ったんだけど、ぶっちゃけあれは冗談のつもりだったんだけどな。ちゃんと続けるとかこいつら素直すぎる。
「「「せーのっ! 残念だったな。お前の策略程度じゃ、俺たちの友情に傷一つつけることはできないんだよ!」」」
周りからまた拍手が起こる。
野次馬たちが「いいぞー!」、「やっちまえー!」、「あんたらの友情パワーを見せてくれー!」など色々と言っている。
なんか俺が悪役の立場になってる気がするのは気のせい?
「「「覚悟は良いか? このクズ野郎!」」」
逃げようにも、周りに野次馬たちが集まっているせいで逃げ道がない。これは困った。
「和也くーん! 負けるなー! やっちゃえー!」
有希が野次馬たちの一部になっているのは気のせい…なわけないか。
有希の奴、逃げる気ないだろ。先に帰れって言ったのに、結局まだいるし。
「「「おうおうおう! 彼女から応援とはいいご身分だなぁ!」」」
何でこいつらそんなにも息ピッタリなんだ? 凄すぎだろ。こいつらなら、三人四脚とかで独走一位を狙えると思う。後、さっきから俺と有希が付き合ってると勘違いしてるだろ。でも、ここで俺が有希は彼女じゃないとか言ってもこいつらは信じてくれないんだろうなぁ。
「「「さっきから何黙ってやがる? 怖気着いたか? この野郎!」」」
この三人よく見てみると、セリフだけでなく動きまでもがシンクロしてるぞ!?
今この三人は、右腕を上げ俺に指を指しているのだが、足の方向も、腕の角度も、何もかもが同じだ! ここまで来るとさすがに驚愕する。いや、マジで。本当にこいつら兄弟なんじゃないのか!?
「「「何か喋れよこの野郎! 無視とかいけないんだぞ!」」」
別に無視してるつもりはなかったんだけど、よく考えてみると俺さっきから黙りっぱなしだ。
野次馬たちも「兄ちゃんも何か言ってやれ!」、「男らしいとこ見せてみろ!」、「あんだけ言われて悔しくないのか?」などと、俺に向かって言ってきた。
「和也君! ファイトだよ! 頑張って!」
有希よ。何を頑張ればいいんだ?
とりあえずこのまま黙っていると、野次馬たちまでも敵にしてしまいそうなので、さっきからずっと言いたかったことを言ってみた。
「あの…帰っていい?」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ダメに決まってんだろっ!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
思わず体がビクッ! となってしまった。
まさかアモリだけでなく、野次馬たちからもツッコまれるとは思っていなかった。
「あはは。和也君らしいなぁ」
有希は笑いながらそんなことを言っているのだが、笑ってる暇があったらこの状況をどうにかしてほしい。
「お前たち何をやっている!!」
どうしようかと悩んでいたら、いきなりそんな声が聞こえた。
こんな状況になってすっかり忘れていたがここはまだショッピングセンター内。ってことは今の声は警備員か?
野次馬たちに囲まれているので警備員の姿は見えないが、だとしたら助かった。この状況から脱出できるならアモリではなく、俺が警備員に説教されることになってもかまわない。とにかく今はこの状況をから助けてほしい。
野次馬たちが道を開け、やってきた人物を見ると、
「「「お、お頭!?」」」
顔に無数の傷がある、ごつい体付きの男がやってきた。
アモリはこの男のことをお頭と呼んだ。つまり知り合い……まさかの増援だと!?
「お前たちはこんなところで、また人様に迷惑をかけてたのか!?」
増援かと思った人は意外といい人らしい。
「で、でもお頭」
「あいつのせいで俺たちの友情が壊されるところだったんですよ」
「あいつ彼女とか連れて羨ましいっす」
アフロ、モヒカン、リーゼントの順で言い訳をしているが、リーゼントだけ単なる妬みやん。
「だが、先に喧嘩を売ったのはお前たちなんじゃないのか?」
「「「うっ」」」
「ほら、相手の方にちゃんと謝るんだ」
そう言って男は俺の方を向き、
「か、和さん!?」
驚いたような表情をした後、
「和さん。こんなところで会うなんて偶然っすね」
「へ? えっと」
「? どうかしましたか?」
何かフレンドリーに話しかけてきた。
「あ…っと」
この顔の傷、とてつもない威圧感、そして俺のことを和さんなんて呼び方をする人物なんて…一人いたな。
「信さん?」
「はい。お久しぶりです」
前に翔太をバイクでうちの学校まで連れて来てくれた時に翔太から紹介された真城信彦。信さんだった。
「あ、長塚姐さんもお久しぶりです」
「え、あ、ども」
有希もいきなりのことで驚いてるようだ。
「あの、お頭? そいつらはお知り合いで?」
アフロが戸惑いながらも信さんに俺たちのことを聞いてきた。
「ん? …まさかお前たち、迷惑をかけたのはお二方か?」
「えっと、そっちの男だけですけど」
「今すぐここで土下座しろっ!!!」
信さんがいきなり物凄くでかい声で怒鳴るので思わずビクッとなった。
信さんが怒鳴った時、近くから「ひゃう!?」と可愛らしい声が聞こえたので、声のした方を見たら有希が涙目になっていた。
今の信さん、物凄く怖い。野次馬たちは、顔を青くしたり、腰を抜かしたり、泣き始める人まで出てきた。
「「「すいませんでした!!!」」」
アモリはすぐに土下座をした。
「すいません。このぐらいで勘弁してやってくれませんか?」
信さんが俺に微笑みながらそう言ってきた。
「も、もちろん」
アモリは土下座のまま、ブルブルと震えている。そんな姿を見たら、さすがに可哀想になってくる。許せないのでもっと叱ってやってください。なんて言う気にもなれない。
「ところで、信さんはこの三人とはどういう関係なんですか?」
「前に自分が不良たちをまとめるリーダーだって話したこと覚えてるっすか?」
「え? あ、ああ」
そういえばそんなことを言っていたような気がする。
「じゃあ、この三人は信さんのお仲間?」
「はい。こんな奴らですけど、根は良い奴らなんです」
確かに、この三人あんま悪人って感じしないんだよなぁ。俺が冗談で言ったことをマジでやるくらいだし。
「あの、あの人たち土下座のままですけど」
有希は土下座のまま震えている三人が気になるらしい。
「いいんです。迷惑かけたあいつらが悪いんすから。しばらくはあのままで」
「で、でも」
有希は何とかしろ言わんばかりに俺の方を見てくる。
「もう、許してやっていいんじゃないですか? 俺たちも別に怒ってなんかないんで」
俺としても視界の端でブルブルと震えながら土下座をしていられると、気になってしょうがない。
有希も俺の言葉にコクコクと頷いている。
「お二人がそういうのなら」
信さんは土下座を続けているアモリに近づいて、
「おい。頭を上げろ。和さんと長塚姐さんがお前たちのことを許してくれるそうだ」
すると、アモリは三人同時に頭を上げ、俺の方を向いた。
「ほ、本当に許してくれるのか? こんな哀れな俺たちを」
「アンタらに迷惑をかけちまった、こんなバカな俺たちを」
「彼女がいないからって嫉妬した、こんな醜い俺たちを」
アモリは目を潤ませているし、声も少し震えている。
「許すから。だからさっさと立ち上がってくれ」
俺がそう言うと、今度は有希の方を見て、
「姉ちゃんまで、許してくれるのか?」
「俺たちはデートを邪魔したようなもんだ」
「彼女がいないからって嫉妬したんだぞ」
リーゼント…お前どんだけ彼女が欲しいんだ。俺だって彼女いねぇよ。後、これデートじゃないから。
「私は別に最初から怒ってもないし、むしろ楽しかったから」
だろうな。俺はアモリの攻撃を必死になって避けてるってのに、有希は野次馬に混ざって楽しそうに見てたもんな。
「何て奴だ。彼氏に殴りかかった俺たちに対してまったく怒ってないなんて」
「むしろ楽しかっただと? どれだけ彼氏を信頼してるんだ」
「羨ましい。妬ましい」
リーゼントがとてつもない表情で俺のこと見てきて恐いんだけど。
「さっきから勘違いしてるようだから言っとくけど、俺と有希は付き合ってなんかないぞ」
このままだと、いつかリーゼントに殺されそうなので、誤解を解いておくことにした。
「「「「なん……だと……!?」」」」
アモリと一緒に信さんまでもが驚いている。そんなに驚くことか?
「何で信さんも驚いてんですか?」
「じ、自分もてっきりお二人はそういう関係なのかと」
そんなに俺と有希って付き合ってるように見えるかな? と思いつつ有希の方を見てみると、有希もこちらを見てきたので目が合った。有希がニコッと笑いかけてきたので、気恥ずかしくなり目を逸らした。
「「「テメェらやっぱり付き合ってんだろ!!」」」
「いきなりなんだよ? 付き合ってないって言ったろ」
そんなに俺の言ってることが信用できないのか?
信さんなら分かってくれるよね! と思い信さんを見ると、
「自分にもやはりお二人が付き合っているようにしか」
何故だ…何故そうなるんだ。
「とにかく俺と有希は付き合ってない! ただの友達。分かったか!」
アモリと信さんはそれぞれ分かったと返事をしてくれたが、本当に分かってくれたのか?
「まぁ、いいや。そんじゃ今度こそ俺たちは帰るぞ」
そう言って帰ろうとしたら、
「待ってください!」
今度は信さんに止められた。
「どうしました?」
「こいつらのことですが」
信さんはアモリのことを指さして言ったが、
「そのことならもう終わったでしょう? 俺も有希も許しましたよ」
「いえ、それだけじゃだめです。何かしら罰を与えなければ」
罰って何させる気だ? アモリが後ろで震えてるけど…。
「なので、こいつらをぜひ和さんの舎弟にしてやってください」
待て! 何故そうなる!? アモリも予想外のことだったらしくポカンとしてる。てかそれって罰なのか?
「いいな! お前ら!」
「「「うっす!」」」
いいのかそれで!? 簡単に返事しやがった。
「おい。嫌なら嫌って言った方が」
「「「お頭の普段の罰に比べたら…」」」
何か哀愁漂ってるけど、いつも何されてんだろう?
「お前らは和さんの下で色々と学んで来い」
「「「うっす! 兄貴よろしくお願いしやっす!」」」
兄貴って…。面倒なことになってきたなぁ。
「とりあえずメロンパン買ってこいや」
「「「うっす!」」」
ただ言ってみたくて言ったのだが、本当に買いに行ってしまった。
アイツら素直すぎるマジで冗談が通じない。
「和さん。アイツらのことよろしくお願いしますね」
「は、はぁ」
「こき使ってもらっていいので」
どうしよう。と有希に助けの視線を向けたら、
「ねぇ、真城さん」
「はい?」
「私もこき使っていい?」
「もちろんです!」
アモリは有希の舎弟にもされるらしい。
アモリ可哀想とか思っていたら、
「「「ただいま戻りました!」」」
アモリが帰ってきた。
「速くねぇ!? さっき行ったばかりだよな!?」
「俺はコンビニでメロンパン買ってきました!」
とアフロ。
「俺は最近人気のあるパン屋で買ってきました!」
とモヒカン。
「俺は飲み物を買ってきました!」
とリーゼント。
こ、こいつらパシリとして優秀すぎる。
ど、どうするか。別に本気でメロンパン食べたかったわけじゃないんだよな…。しかも二つもいらん。
「有希。どっちかいる?」
メロンパン二つもいらないので一つ有希に上げることにした。
「あ! じゃあこっちの貰っていい?」
「いいぞ」
有希はモヒカンが買ってきた、パン屋のメロンパンを欲しがったのであげることにした。
「飲み物も有希にやってくれ」
別にのど渇いてないし。と言おうとしたら、リーゼントが
「心配いりません。こんなこともあろうかと、飲み物はもう一つ用意してあります!」
…もう一度言う。こいつらパシリとして優秀すぎる!
「…えっと、代金いくら?」
「「「今回はいりません! 俺たちからのサービスと言うことで!」」」
「あ、そう…」
何なんだこいつら!? さっきまで俺に絡んできた奴らとは思えん!
ふと隣の見てみると有希が美味しそうにメロンパンを食べていた。
有希の奴、遠慮のえの字もないな。
「ん? 和也君?」
俺の視線に気が付いた有希がこちらを向いた。
「あ。和也君こっちも食べたいの? 一口いいよ」
有希は笑顔で「はい。どーぞ」とメロンパンを俺に差し出してきた。
「いや、欲しいわけじゃないから」
「あれ、そうなの?」
有希はそう言ってメロンパンを再び自分で食べようとした。その時、アフロが有希に声をかけた。
「姐さん姐さん。兄貴は恥かしがってるだけですよ」
有希のことは姐さんと呼ぶらしい。てかこの野郎なにを勝手なこと言ってやがる。
「あ、そうなの? 和也君って結構恥かしがり屋だよね。はい、あーん」
「んむぅ!?」
そう言って、有希は無理矢理メロンパンを俺の口に入れた。
「ゴホッゴホッ!」
いきなりパンを口に詰め込まれたせいで噎せた。
「あれ? これって関節キス…」
そんな俺の横で有希は顔を赤くし始めた。
「「「ヒュ~ヒュ~」」」
こいつら何がヒュ~ヒュ~だ! 俺はそんな場合じゃねぇんだよ!
「和さん。大丈夫ですか?」
信さんだけが俺の心配をしてくれる。
「やるなーこの野郎!」
「羨ましいぞ! このー!」
「幸せそうだな! ヒュ~ヒュ~!」
アモリはまだアホなことを言っている。後、リーゼント。お前さっきまで羨ましい妬ましいとか言ってたくせに、俺の舎弟になってからずいぶんと変わったな!
「信さん。もう大丈夫。落ち着いた」
はぁ~、苦しかった。今度こそ帰ろう。もう限界。
「有希。帰るぞ」
「あ、うん」
さぁ、これで本当に帰れる。
「「「あ、待ってください」」」
まだ何かあんのか!? もう帰らせてくれ。
「「「これ俺らの連絡先っす。何かあったら呼んでください」」」
連絡先の書かれたメモ用紙を渡された。いつの間に用意したんだ?
「じゃあ今度こそ帰るからな。もう用はないな? 止めるなよ」
「「「さよならです!」」」
「和さん。長塚姐さん。さよならっす」
返事はせず手だけ振っておいた。
「今日は楽しかったね」
「いつも以上に疲れたわ」
帰り道、有希の並んで歩きながら喋る。
「面白い人たちとも知り合えたね」
「面白いのは認める」
「良かったね。和也君」
「何が?」
「今日でアドレス帳の人数増えたよ」
「ああ、そういえばそうだな」
アモリの三人だから、これで八人か。そういえば、信さんと連絡先交換すんの忘れたな。……まぁ、別にいいか。