第十九話「…うん、まぁ。確かに凄いな」
昨日の吉田ヤンデレ(?)化事件の翌日。
今日も昨日と同じメンバーで俺の家に集まったわけだが、
「第二回! 和也君の家で勉強会! を始めまーす!」
「「いえーい!」」
大丈夫だろうか? 昨日みたいに勉強しなかったなんてことにならなきゃいいけど。…まぁ、その場合は翔太に素っ裸で街中を歩いてもらうことになるわけだが。
「第二回って、昨日は勉強なんてしなかっただろ」
「和也君! そういうことは深く考えなくていいんだよ!」
有希たちはカバンから勉強道具を取り出している。
今日は大丈夫だといいが。
「ほら、和也君も道具出さないと」
「あ、ああ」
俺はカバンから筆記用具にノート、教科書など取り出した。
「それじゃあ、とりあえずはそれぞれで勉強して、解らないところとかがあったら誰かに聞くような感じでやりましょう」
吉田がそういったので俺たちはそれぞれ勉強を開始した。
数分後。
飽きた。てか何でわざわざ集まって勉強なんかしなきゃいけないんだ。
勉強に飽きた俺は周りの奴らがどういう風に勉強してるのか少し見てみることにした。
まずは有希の様子でも。
俺の真正面に座っている有希は何と…落書きをしていた。
勉強しろよ! いや、俺が言えることでもないか。
せっかくなので何を描いているのか少し覗いてみると、有希はなんていうか、よくわからないものを描いていた。
何だこれ? タコのような、宇宙人のような、しかもセリフがあって「オラ、帰ったら結婚すんだべ」と書いてある。思いっきり死亡フラグだ。
ホントに何を描いてるんだこいつは?
有希は絵を描くことに集中してるせいか、俺が絵を見ていることに気付いていない。
しばらくすると有希は、その絵の隣に別の絵を描き始めた。
今度は人間…か? でも腕が六本もあるんだよなぁ。しかも目はめっちゃキラキラしてるし。
セリフももちろん書いてある「やばす! マジやばす! 空を見よ!」って。空に何があるんだ。
もうわけがわからないよ。
「ふむ。なかなか」
と有希は満足そうにしている。
こいつはわざとこういう絵を描いてるのか? それとも絵の感性がおかしいのか?
もうこれについては見なかったことにしよう。
続いて有希の隣、俺の斜め前にいる吉田を見てみることにした。
吉田は有希と違ってちゃんと勉強してた。
ノートに問題を書いてはその問題を解くの繰り返し。
昨日の包丁で俺たちを刺そうしてた奴とは思えない真面目っぷり。
俺の隣にいる翔太の様子を見てみると、
「はぁ~」
頭を抱え込んでため息を吐いていた。
こいつもう解んなくなったのか。
翔太がいきなりこっちを向いてきたので目が合った。
「和也…」
翔太は目で助けてと訴えかけるようにこっちを見てくる。
「どうした?」
元々はこいつのために勉強会をしているようなもんなので、ここで見捨てたりはせず一応面倒を見ることにした。
「まったく解らん」
「どこだよ?」
翔太が解らないという場所を見ると数学をやっていたようで、絵結構最初の段階で躓いている。
「ええと…」
俺なりに教えてみたのだが、
「…何でそうなるんだ?」
「だから、ここをこうして」
「えっと、ここをこっち?」
「そうじゃない!」
まったく翔太が理解しない。
これは俺の教え方が悪いのかそれとも翔太の容量が悪いのか。
どっちにせよ俺じゃ翔太に勉強を教えることができないということだけがわかった。
「吉田、有希。助けて」
だがこういう時のためにこの二人がいるわけで。
「俺じゃ翔太に勉強を教えらんないわ」
「本多君どこが解んないの?」
まずは有希が翔太の解らないとこを教えてくれるようだ。
「ふーん。ここかぁ。頑張ってね!」
有希はそれだけ言うと未だに描いてる落書きをまた書き始めた。
「応援だけ!? 解き方とか教えてやれよ!」
「いや、だって私誰かに教えるとか向いてないもん」
くっ。有希は最初から戦力外か…。となると残るは、
「え~と、そこは…」
吉田は翔太が解らないとと言うところを見て、少し何かを考えた後翔太に教え始めた。
昨日のことがトラウマになっているのか、少しびくつきながらも吉田の話を真剣に聞き、
「お、おお! なるほど!」
吉田に教わった翔太はどうやら解き方が解ったようで、
「じゃあここをこうすれば…いいのか?」
「あ、はい。あってますよ」
見事問題を解くことができた。
「凄いな吉田。翔太なんかに解き方を理解させることができて」
「和也今俺のことなんかって言った?」
「俺、誰に教わろうと翔太は絶対に問題を解くことなんてできないと思ってたのに」
「スルーした上にさらに酷いことを!?」
「翔太うるさいぞ」
翔太がなんかうるさいので文句を言ったら、「へいへい。どうせ俺なんか」と言いながら問題を解き始めた。
ちゃんと問題を解けるようになったのか…吉田って本当にすごいな。
「真理ちゃんなら将来教師とかでもやっていけるんじゃないの?」
有希が落書きを一旦止め、そんなことを言い出した。
「確かにな。翔太に勉強を教えるなんてことができんだから教師に向いてるかもしんないな」
「俺もそう思うぞ。吉田さんの教え方めっちゃ解りやすかったし」
「や、やめてください。そこまで言われると照れます」
吉田は恥かしそうに、でもどこか嬉しそうに顔を赤くしている。
「でも、そう言ってもらえると嬉しいです。実は私、将来は教師になってみたかったり」
「あはは。じゃあ真理ちゃんの生徒第一号は本多君だ」
翔太が最初の生徒か…これならこの先どんな頭の悪い生徒が来ても問題なしだな。
もし極悪な生徒がいても昨日の病んでる吉田なら一瞬で黙らすことができるだろうし。
「吉田さんが先生か…。じゃあ吉田先生! ここも教えてください」
「先生はやめてください。なんだか恥ずかしいじゃないですか」
そう言いながらも翔太の解らないところを丁寧に教えている吉田は本当に教師に見える。
「さてと、私は落書きの続きでも…」
勉強しろ! と言おうとしてやめた。
…俺も落書きでもするかな。
俺は気が付くとノート一面に棒人間を描いていた。ノート一面棒人間だらけで何か気持ち悪い。
これ棒人間何人…何匹…何体? まぁいいや、とにかくどのくらいの数だろう? 正直数えたくない。
「あれ? 和也君も落書きしてるの?」
有希が勉強をしてない俺に気が付いた。
「何を描いてたの~?」
有希は俺のノートを覗き込んできた。
「うわ、これは凄いね」
これは褒めてるのか? いや、こんな絵を見て褒める奴いないだろ。
「でも、私の方が凄いよ。ほらほら」
有希は自信満々に自分のノート俺に見せてきた。
「…うん、まぁ。確かに凄いな」
その落書きはもう言葉にして表せない。なんて言えばいいのかわからない。カオスとでも言えばいいのか? とにかくそんな感じの絵だ。この絵を見て開いた口が塞がらないなんてことになる奴が続出しそうだ。
「でしょ~。私の自信作!」
有希は俺に褒められたと思っているのか嬉しそうに笑った。
確かにこれはある意味凄いと思う。この絵を見た後ならさっき有希が描いていたタコみたいな奴や、腕が六本ある奴。俺の描いたノート一面棒人間だらけの奴がまともに思えてくる。
今日見たこの落書きはこの先一生忘れることができない気がする。
「二人ともちゃんと勉強してください。じゃないと勉強会してる意味ないじゃないですか」
俺が引き攣った笑みを浮かべていると吉田に注意された。
何かホントに先生だわ。
「ごめんなさ~い。吉田先生」
「もう有希ちゃん。先生はやめてってば」
有希も俺と同じようなことを思ったのか笑いながらまた吉田のことを先生と言ってからかっている。
俺も有希と一緒になって「吉田先生」と言おうかと思ったが、やり過ぎて吉田を怒らせ昨日のようなことになるのは勘弁なのでやめといた。
「あのさ、ずっと気になってたことがあるんだけど」
黙々と勉強をしていた翔太が勉強を中断して顔を上げた。
「どうした? また解んないところがあったか? それなら吉田にでも聞け」
「いや、俺が聞きたいのは吉田さんのことについてなんだけど」
「スリーサイズか? お前最低だな」
「誰もそんなこと一言も言ってないだろ!?」
「じゃあなんだ?」
「…えっとさ、何で吉田さんって長塚さんとは普通に話してるのに俺と和也には敬語なんだ?」
…言われてみると確かにそうだな。
「そういえばそうだね。学校でも女子のみんなとは普通に話してるけど、男子にはいつも敬語だし」
そうなのか。有希はよく見てるんだな…ん? 俺が周りを見てないだけか?
「真理ちゃん。何で?」
俺たちの視線が一斉に吉田に集まる。
「え、えっと。なんて言ったらいいんだろ? 実のところ無意識にそうしちゃってるんですよね」
「無意識?」
「はい。私、昔男の人が苦手だったんですよね」
「えっ? 真理ちゃんって男性恐怖症なの?」
「あ、今は問題ないです。昔も別に男性恐怖症ってほどでもなく少し苦手ってだけで」
「でも何でそれが俺たちには敬語を使う理由になるんだ?」
「えっと、昔はお父さんや他の男の人と喋るときは必ずお母さんの背中に隠れてたんです。それで私が喋るときは私の言いたいことをお母さんに言って、それをお母さんから言ってもらうようにしてたんです。」
うわぁ。会ったことないけど吉田のお父さん可哀想。実の娘と直接話すこととかできないとか。
「でも幼稚園とかではそういうわけにもいかなくて。お母さんはいないから同い年の男の子とかとはちゃんと自分で喋らなくちゃいけないじゃないですか。そういう時はいつも敬語で話すようにしてたんです」
幼稚園児の頃から敬語とか俺には絶対に無理だと思う。
「きっと子供のころの私は敬語を使うことによって、なんて言うか…心の壁みたいなもの作ってたのでしょうか。そんなことをずっとしてたからか気づいたら男の人と話すときはいつも敬語を使っちゃうんですよね」
つまり子供のころから男と話すときは敬語だったからそれが癖みたいになったっていうことか?
「でも吉田さん。前にゲーセンで格ゲーしたとき、途中から敬語じゃなくなってよ」
そうだったのか? 俺まったく気付かなかったけど。
「何かに集中してる時とかはたまに敬語じゃなくなったりすることはあるみたいです。後、やろうと思えば普通に喋ることぐらいはできますし」
「え? そうなの?」
「はい。あくまで無意識にそうしちゃってるだけですから」
「なら今から俺と和也にも普通に喋ってみてよ」
「別にいいですけd……いいけど」
ホントにできんのか?
「真理ちゃんはその癖を直そうと思ったこととかないの?」
「考えたことはあるけど別にいいかなって。この癖のせいで困ったりしたことないし」
おお。ホントに有希とは普通に話してるな。今まで全く気付かなかったぞ。
「とにかくこの話はもういいだろ。翔太はさっさと勉強に戻れ」
「そうですね。勉強に戻りましょう」
「吉田。敬語になってるぞ」
「え? ああ、勉強に戻ろっか」
こりゃ吉田が俺たちと普通に話せるようになるのは難しそうだな。