第十六話「あー、待った待った」
なんだかんだであっという間に放課後。
「ねぇ、和也君?」
有希が俺の方を向いて声をかけてきた。
「なんだ?」
「勉強会に来るもう一人って本多君?」
「そうだけど、よくわかったな」
「だって和也君、私たちと本多君以外に仲の良い友達いないでしょ?」
地味に酷いことを笑顔で言う有希。
確かにその通りなんだけど、そういうことを誰かに言われると少しイラッとくる。
「お前喧嘩売ってる?」
「え? なんで?」
きょとんとした顔をする有希。
どうやら有希はなんの悪意もなく言っていたらしい。
これが翔太なら何発か殴ってるんだけどな。
「ところで宮野君の家に行かないんですか?」
帰りの支度を済ませている吉田が俺に向かって言ってきた。
「そうだった! ほら行こう!」
「あー、待った待った」
有希が席を立ち上がり教室を出て行こうとするので俺は急いで有希を呼び止めた。
「翔太がこの学校に来るからそれまでここで待機だ」
「ここに? 和也君の家じゃなくて?」
「翔太の奴言うだけ言って勝手に電話切ったんだよ。だから文句があるなら翔太に言え」
「別に文句を言いたいわけじゃなんだけど…とりあえず本多君が来るまでどうしよっか?」
有希は自分の席に座り直して、首を傾げながらどうしようかと聞いてきた。
「なら本多君が来るまで三人で勉強でもする?」
「吉田。それはやめよう!」
放課後の教室で勉強とかまったくやる気にならない。
「和也君は何か意見ないの?」
「俺か? そうだな…」
翔太がここに着くまでにそれなりに時間がかかるだろうし…
「翔太のことは忘れて帰るか!」
「ダメだよ!? 和也君。本多君と勉強する約束したんでしょ。だったら約束は守らなきゃ」
「じゃあ、勉強会中止!」
「それもダメ! 和也君の家に行けなくなる…じゃなくて、もうすぐテストなんだから」
今少し有希の本音が出てたような気が。
「はぁ……帰るか」
「だからダメだって! どうして和也君はそんなに帰りたがるの?」
どうしてってそりゃ。
「帰りたいからだろ」
「? だからどうして帰りたいの?」
「? 帰りたいから帰りたいに決まってんだろ?」
…………
「「?」」
二人して首を傾げる。
なんだかよくわかんなくなってきた。
そんなこんなでいつも通り駄弁っていると、俺の携帯が振動した。
翔太からメールだ。
『もうすぐ着くから校門の辺りにいてくれ。 かんfぅdhbヴぁいおmn』
後半に何があった!?
とにかく校門に行くか。
「そろそろ翔太が着くらしいから校門に行くぞ」
「「おーっ!」」
「いや、そういう返事しなくていいから」
校門に行き、待つこと数分。
目の前に一台のバイクが止まった。
そのバイクには二人乗っていて、一人はものすごくごつい。フルフェイスヘルメットを被っているので顔はよくわからないがどっかの暴走族なんじゃと思えるような奴。
その後ろに乗っているのが翔太だ。
「お待たせー!」
翔太はバイクから降りると俺たちの方に向かって歩いてきた。
「お。長塚さんと吉田さんも一緒か」
「ああ。俺たちとこの二人で一緒に勉強会をすることになった。翔太も俺よりこの二人に勉強を教えてもらった方がいいだろうし」
「和也! お前って奴は!」
翔太は何故か涙ぐんでいる。
決して自分で翔太に勉強を教えるのが面倒だったわけでは…ない。
「ほ、本多君。あの人って本多君の知り合い?」
有希が恐る恐る未だにヘルメットを被ったままこちらを無言で見つめている謎の男について翔太に聞いた。
「まあね。せっかくだし紹介するよ」
翔太は「ちょっと待ってて」と言うと謎の男の方に歩いて行った。
俺としてはあの男にはそのまま帰っていただきたかったのだが…
翔太と話していた謎の男がついにヘルメットを取った。
その男の顔はなんていうか人を何人か殺していそうな顔だった。しかも顔にやたら傷があるし。ちなみにはげである。はげと言うより坊主頭と言った方がいい気がするが。とにかく、斧持って振り回すのが好きな山賊の親玉も言われても違和感のない人だった。
はっきり言ってめっちゃ怖い。
有希は俺の後ろに隠れてしまっている。
吉田は俺の後ろにいる有希の後ろに。
つまり俺が先頭で盾代わりにされてるというわけだ。
「こいつ俺の知り合いで真城信彦っていうんだ」
「真城信彦です」
真城さんの声を聞いて一瞬ビクッとした。
この声で「お前殺す」とか言われたら涙目に…いや、もっと酷いことになる気がする。
「で、こっちが俺の親友の宮野和也」
翔太は次に俺を真城さんに紹介した。
いつもならここで「誰がお前の親友だ」とか言うのだが今の俺にそんなことを言う余裕はない。
「どうも。宮野和也です」
「………」
真城さんに無言で睨まれる。
俺何かした?
「…宮野和也さん」
「は、はい」
俺、ここで殺されちゃうのかなぁ?
「お噂は翔さんから聞いています!」
「…は?」
噂? あと、翔さんって翔太のことか?
「自分一度和さんに会ってみたかったんっす」
「和さん?」
「あ、すんません。いきなり失礼でしたか。自分尊敬する人のことはこういった呼び方をしてしまうもんでして」
あれ? 意外と礼儀正しいなこの人。見た目はともかく結構いい人なのかもな。人は見かけによらないって言うし。
「って俺を尊敬?」
「はい! 翔さんの親友でおられる和さんマジ尊敬っす」
親友ってのは翔太が勝手に言ってるだけなんだが。
「親友ってだけなのに尊敬するんですか?」
「翔さんに知り合いは多くても親友は和さんだけっすから。あと自分にはため口でいいです。」
「確かに和也は俺のただ一人の親友だかんな!」
親友…ね。
翔太は俺と違って交友関係がものすごく広い。どれくらいかというと、中学の時に学校にいる人全員と連絡先を交換しているほどだ。生徒全員ではなく教師を含めだ。担任や生徒指導の先生、校長なども含め全員だ。もちろんそれだけでなく近所に住んでいる人たちや、ファミレスの店員たち、どっかの会社の社長などとも知り合いというレベルだ。おそらく今はもっとすごくなっているだろう。
翔太は俺と違って人と関わるのがうまいのだ。これは翔太の才能と言ってもいいかもしれない。
だからこそわからない。どうして俺なのか。翔太にはたくさんの知り合いが、友達がいるのにどうして俺なんかを親友と呼ぶのかが。
「で、この二人は長塚有希さんと吉田真理さん」
「よ、よろしく」
有希はまだ怖いのか少しぎこちない。
「よろしくお願いします」
吉田はなんていうか凛としてる。
キャー! 吉田さんかっこいい!
「長塚姐さん。吉田姐さん。よろしくっす」
「「ね、姐さん?」」
なんか真城さんって面白い人だな。悪い人ではないし。
「二人は苗字で呼ぶんだ?」
「あ、いえ。その」
いきなりもじもじしだした真城さん。
き、きもい! 見た目が怖い分そういう反応するとめっちゃきもい!
「じ、自分。女性の方は心に決めた人以外苗字で呼ぶように心掛けてんす」
マジでなんなのこの人!? 色々と見た目とのギャップありすぎだろ!
「真城さん。えっと」
俺は何か言おうとして言葉に詰まった。
「あ、和さん。真城さんなんてかたい呼び方せずにもっとフレンドリーな呼び方でいいですよ」
「は、はぁ…」
フレンドリーな呼び方と言われても。
「自分はボス、お頭、信彦さんって呼ばれることが多いっす。後は信彦、信ちゃんとかっすね」
「ちなみに俺は信って呼んでるぜ」
じゃあ翔太の呼び方を少しパクって、
「信さんでいいですか?」
これが妥当なとこだと思う。
「私は真城さんで」
「わ、私も真理ちゃんと同じで」
吉田と有希は普通に苗字か。
「あの、一つ聞いてもいいですか?」
吉田がおずおずと手を上げた。
「はい。なんですか?」
「ボスとかお頭ってどなたから呼ばれてるんですか?」
「仲間からです」
…仲間?
「そうそう。信は不良たちをまとめてるリーダーなんだよ」
「リーダー?」
「うちの連中ちょっとやんちゃな奴多いっすけど根はいい奴らばっかりっすよ」
ちょっとがどのくらいか気になるところなんだけど。
「自分はそろそろ行きますね」
「わかった。送ってくれてありがとな」
「何かあったらいつでも呼んでください。それでは」
信さんはバイクに跨ると颯爽と去って行った。
「…じゃあ和也の家に行こう!」
「その前に聞いておきたいんだけど」
「おう。なんだ?」
「このメール後半に何があったんだ?」
俺は先ほど送られてきた翔太からの、
『もうすぐ着くから校門の辺りにいてくれ。 かんfぅdhbヴぁいおmn』
というメールを翔太に見せながら真相を聞いてみた。
「ああ、それね。最初は、風になるぜぇ!って書きたかったんだけどさ、バイクで走りながらだったから携帯をつい落としそうになっちゃって。まぁ落とすことは無かったんだけどボタン変な風に押しちゃって、しかもそのまま送っちゃったんだよね」
風になるぜぇ! って最初のか以外全部違うな。
「お前ホントバカだろ。なんで走ってる最中にメール打つんだよ。せめて信号で止まってる時にしろ」
こんなんでテストの赤点回避なんてできんのかな?