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第十四話「長塚一家恐るべし」

「うぅ。和也君にみっともない姿を見られた…」

俺と瑞希さんが呆然としている間に長塚は格好を整えてリビングに戻ってきた。

「お母さん。何で和也君がうちに居るの?」

長塚は瑞希さんを睨みながら聞いていた。

ちなみに瑞希さんはキッチンで長塚の朝ごはんを作っている。

「あら、嬉しくないの?」

「そ、そういうわけじゃないけどさ」

長塚だってだらしない恰好を知り合いに見られるのは嫌なのだろう。

まぁ俺はあんまりそういうの気にしなんだけど。

「せめて事前に教えてくれておいたって…」

長塚は未だにぶつぶつと文句を言っている。

「有希もいい加減機嫌直しなさい。そんなことだと和也さんに嫌われるわよ」

瑞希さんは長塚の前にトースト二枚と目玉焼きをおいた。

「和也君はこのくらいで私を嫌うほどやわじゃないよ」

確かに長塚の言う通りだ。それに嫌いになるならとっくに嫌っているのだが何故長塚は自分のことのように言うのだろう?

「和也さん。お茶のおかわりいりますか?」

「あ、はい。いただきます」

長塚も来てしまったので俺はもうゆっくりとお茶を飲んでいる。

「それにしても和也さんってやっぱりあの和也さんだったんですね」

「あの?」

あのってどの?

「有希からよく和也さんの話を聞いてたんですよ」

「お、お母さん!?」

長塚は一体俺の何の話をしているんだ?

「和也さんの名前を聞いたときもしかしたらって思ったんです」

今思えば俺の名前を聞いた時の瑞希さんは少し変だった。

しかもそのあと妙に俺を引き留めようとしたし…

「俺のどんなこと聞いてたんですか?」

どんなことを話に聞いていたのかちょっと気になったので瑞希さんに聞いてみた。

「最初は面白い子と会ったって聞いたんです。それから毎日…」

「ぺロ! お母さんに体当たり!」

「ワンっ!」

瑞希さんの話を聞いたいたら、長塚の掛け声でペロがいきなり瑞希さんに体当たりをした。

「瑞希さん大丈夫ですか!?」

「ええ、大丈夫です。いつものことですから」

「いつも!?」

「ぺロ。丸くなって」

「ワンっ!」

瑞希さんが言うと今度はペロがボールみたいに丸くなった。

この家は一体何なんだ?

犬の言葉が解ったり、犬を使って攻撃させてたり。

「ふんっ!」

犬を丸くさせて投げつけたり…って!?

「きゃっ!?」

「な、何やってるんですか!?」

丸くなったペロは長塚にぶつかった。

「な、長塚大丈夫か?」

「うん、大丈夫だよ。こんなのいつものことだから」

「いつも!?」

ホントにこの家は何なんだ?

毎日何をしてるんだ?

「ていうかペロは大丈夫何ですか? 投げつけたりして」

下手したらこれ動物虐待になるんじゃ…

「問題ないですよ。ペロは丸くなると防御力上がるんで」

「防御力!?」

今更だけどペロってホントに犬?

普通の犬とは思えないんだけど。

俺たちの言葉は理解できてるし、言われれば攻撃するし、丸くなれるし、丸くなったら防御力(?)が上がるし…

「お前何者?」

俺は思わず丸くなるのをやめ、お座りをしているペロに聞いた。

「ワン」

ペロは「ただの犬さ…」と言っている…わけないか。

「瑞希さん。ペロは今なんて?」

当たり前のように瑞希さんに通訳頼んじゃってる俺って順応性高いのかな?

「ペロは「何者でもない。ただの犬さ…」と言いましたよ」

あれ? 俺って少しだけどペロの言葉を理解…いやいやいや、まさか。偶然だな。

ていうかペロかっけぇー! 何こいつ? ホントに犬!?

「有希。あなたまだご飯食べてないでしょ。早く食べちゃいなさい」

「はーい」

長塚と瑞希さんはさっきのことは無かったように喋っている。

さっきのって本当に毎日のことなんだな…

「ところで長塚。ペロってなんか特技とかあんの?」

俺は朝食を食っている長塚にペロの特技なんかを聞いてみた。

「特技ですか? そうですね…」

「あの、瑞希さんじゃなくて長塚有希の方に聞いたんですけど…」

いやまぁ別にどっちでもいいんだけどさ…

「あら、そうでしたか? 私も長塚ですからつい」

なんかわざとらしいな。

「長塚だと紛らわしいの有希のことは名前で呼んだ方がいいんじゃないですか?」

これが目的か!

「いやでも長塚の方が呼びなれてますし、瑞希さんのことは瑞希さんって呼んでるじゃないですか」

「頭では解っていてもつい反応しちゃうんですよね」

「で、でも」

「これを機会に名前で呼ぶのに慣れればいいじゃないですか」

「え、えっと」

「和也君」

長塚に呼ばれたのでそちらを見ると、

「諦めた方がいいよ」

長塚は憐れみの表情を浮かべていた。

いつもみたいな楽しんでる様子はなく、心の底から俺のことを憐れんでいる表情だった。

「お母さんには勝てない」

この言葉にはものすごく重みがあった。

長塚に言われる前からこの人に勝てないなんてことは解ってた。

でも長塚に言われて瑞希さんには絶対に勝てないんだって改めて思った。

俺が母さんに勝てないように、長塚も瑞希さんには勝てないんだ。

俺の中で長塚に対する仲間意識が芽生えた。

「せっかくだから試しに有希のこと名前で呼んでみましょうか」

「マジですか?」

「はい。ほら言ってみてください」

覚悟を決めるしかないのか…

「えっと。ゆ、ゆゆ、ゆ…」

い、言えない…

たかが名前を言うだけなのに。

「ゆ、ゆー、ゆ~ゆ」

翔太のことなら名前で呼んでるのに…

「ゆ、ゆー」

あれ? 同い年で名前呼んだことあるのって翔太しかいないような…

「ゆゆゆっゆゆ」

我ながら情けない。

長塚はさっきから期待した表情でこっちを見てる。

さっきまでの憐れんだ表情はどこ行った!?

「和也さん」

瑞希さんの方を見るととても笑顔だった。目の奥は笑ってないけど…

気合だ! 頑張れ俺!

「ゆ、ゆ、ゆっきー」

頑張った結果なんか変な感じになった。

「ゆっきーですか。いいですね。じゃあ和也さんは有希のことをゆっきーと呼ぶということで」

「ま、待ってください! もう一度チャンスを」

「チャンスも何も和也さんはゆっきーって呼ぶことにしたんでしょう?」

こ、この人絶対に楽しんでる。

「そうじゃなくて。えっと、ゆ、有希」

恥かしいな。たかが名前呼ぶだけなのに。

こんなことならもっといろんな人のことを名前で呼ぶようにしておけばよかった。

「ほら、有希。返事は?」

「は、はい」

ゆ、有希も恥かしそうにしながらも瑞希さんに言われて返事をした。

「はい。もう一回」

もう一回!?

思わず瑞希さんの方を見るが無言でやれと言ってきている。

「ゆ、有希」

「は、はい」

お互いに俯きながらもう一度やった。

「ちゃんと相手の顔を見て」

お、鬼だ! この人鬼だ!!

「ゆ、有希」

「は、はい」

ゆ、有希の顔は真っ赤になっている。

俺も真っ赤になっていると思う。ものすごく顔が熱い。

名前を呼んだあと急いでお互いに顔を逸らした。

二人の間に変な空気が…

付き合いたてのカップルか!!

心の中でツッコむ。

今は声に出す気にもならないくらい恥ずかしい。

「ワンっ!」

俺の代わりにペロがツッコんでくれた。

俺がしたツッコミと思いっきり同じ言葉で。

「ぺ、ペロ!?」

「そうねぇ。ホントに付き合いたてのカップルね」

「お、お母さんまで!」

あれ? やっぱり俺ってペロの言葉理解できてる?

考えるのもめんどくさくなってきたので話を戻すことにした。

「そんで結局ペロって何か特技とかあんの?」

「特技かは解らないけど技ならあるよ」

「技!?」

技って何?

「さっきの体当たりとか丸くなるとか」

あれって技だったんだ…

「他にもとっしんとか」

「突進?」

「突進じゃなくてとっしん。体当たりよりも威力が高いけど反動があるんだよ」

やばい、意味が解らなくなってきた。

「あとはでんこうせっかかな」

「電光石火?」

「違うよ。でんこうせっかだよ。スピードのある技かな」

マジでペロって何なの!?

「他にも…」

「もういい! もういい…」

もう聞きたくない。

「そう? もっとすごいのあるのに」

はぁ、疲れた。

「もう帰るわ」

「え? 帰っちゃうの?」

家に帰って休みたい。

「あの、瑞希さん服は?」

「あの服はクリーニングに出した後必ずお返ししますので」

「でもこの服」

有希のお父さんの服を着て帰っちゃたら…

「うちの旦那は服の一つや二つ無くなっても気にしない人なので」

気にしましょうよ!

「ずっと気になってたんだけどその服ってやっぱりお父さんのなの?」

「そうよ」

「何で和也君が着てるの?」

「和也さんの服が汚れちゃったからに決まってるからでしょう」

「えっと、何で和也君の服が汚れたの?」

「ペロが和也さんに迷惑をかけたからよ」

「…今更なんだけど何で和也君うちに居るの?」

本当に今更だな…

最初の方はぐちぐち言ってたけど。

そのあとは特に気にしてなかったし…

そういえば瑞希さん。有希は朝起きてリビングに誰かが居ても気にしないって言ってもんな。

「瑞希さん。ゆ、有希には俺が帰った後にでも説明しといてください」

「そうですね。そうします」

「え!? ちょっと!」

有希は何か言っているが気にしない。

「じゃあ俺帰りますね」

「待ってください」

帰ろうとしたら瑞希さんに止められた。

「帰る前にやってもらうことがあります」

「何ですか?」

「最後に有希のことをちゃんと呼べるようにしてください」

「? ちゃんと名前で呼んでますよ」

「言い淀まずに言えるようになってください」

くっ。言われるような気はしてたさ。

さっきからどうしてもちゃんと有希と言えないでいた。

「じゃないと帰しませんよ」

この人ならマジで帰してくれない気がする。

「さぁ」

「ゆ、有希」

「もう一回」

「ゆ、有希」

「やり直し」

「ゆ、き」

「もうちょっと」

「ゆ、っき」

「ほら頑張って」

何やってんだろな俺…

「ふ、二人とも恥かしいんだけど」

俺だって恥かしいわ!!

「ゆき」

「あと少し」

「有希」

言えた!

「有希、有希」

「…はい。よく頑張りました」

「し、師匠!」

なんか達成感。

「じゃあホントに帰らせてもらいますね」

まだ午前中なのに長い時間ここにいた気がする。

「じゃあ瑞希さんお邪魔しました」

「また来てくださいね」

「か、考えておきます」

「ワンっ!」

「ペロ。今度は一緒に遊ぼうな」

「和也君。また学校でね」

「有希もまたな」

そうしてやっと俺は長塚家から外に出た。


「つ、疲れた」

瑞希さん恐ろしい人だった。

さすがは有希の母親と言ったところか。

有希といい瑞希さんといいペロといい。

「長塚一家恐るべし」

今日はもう帰ったら寝よう。

夜寝れなくなる気がするけど…



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