第十ニ話「…見つからない」
今日は珍しく朝早くに起きた。
とは言ってもどうせ今日は休日で学校は休みなので二度寝をしようとしたのだが、何故だか目が覚めてしまい寝付けないので起きることにした。
こんな時間に起きるのも珍しかったのでせっかくだし朝の散歩をすることにした。
何か面白いことでもないかと思いながら散歩をした結果、
「ワンっ!」
見知らぬ犬になつかれた。
「どうしてこうなった…」
一体どうしてこんなことに…
俺はただ散歩をしていただけなんだが。
犬はさっきから俺の周りをぐるぐると回っている。
「ん? ちょっとこっち来い」
俺が犬を呼ぶとちゃんとこっちに寄ってきた。
結構賢いなこの犬。
よく見てみるとこいつは首輪をしている。
「お前飼い犬だろ」
「ワンっ!」
こいつちゃんと返事までしてくれるぞ。
とりあえずこいつは飼い犬らしい。そうなると、
「飼い主はどこだ?」
どっかに飼い主がいるはずなんだが…
てかこいつは何で一人…いや一匹なんだ?
迷子か? それとも飼い主から逃げてきたとか?
「おい。お前の飼い主はどこだ?」
「クゥ~ン?」
どうやらわからないらしい。
俺の言葉が通じてないだけとも思えるが、俺はこいつにちゃんと言葉が通じてると思っている。
せっかくだし少し試してみよう。
「お前名前は?」
「ワンっ!」
「どこから来た?」
「ワンっ!」
「飼い主の名前は?」
「ワンっ!」
「好きな食べ物は?」
「ワンっ!」
なんて言ってるのかわからないっ!
俺の問いにちゃんと答えてくれてるんだけど全部「ワンっ!」としか聞こえない…
結論。俺の言葉は通じてると思われるが、俺にこの犬の言葉は通じない。
しかしこの犬どうしよう。
…ここで会ったのも何かの縁ってことで、
「お前の飼い主一緒に探すか」
「ワンっ!」
散歩ついで飼い主探しでもしますか。
それから結構歩いたんだが、
「…見つからない」
どこにいるんだこいつの飼い主は。
…まさかこの犬じゃなくて飼い主が迷子になっているのか!?
まぁどっちが迷子でもあんまり関係はないな。
「なぁ。お前の鼻使って飼い主を探し出すこととかできないの?」
なんてちょっとした無茶ぶりを犬にしてみたら、
「ワンっ!?」
なんか驚いたように吠え、周りの匂いを嗅ぎ始め、
「ワンっ!」
犬は俺の方を向き「俺についてこい」とでも言いたげに吠えて走って行った。
「あ、おい!」
ここまで来て放っておくなんてできないので俺は犬を見失わないように追いかけた。
それからは大変だった。
あの犬思ってた以上に走るのが速くて追いかけるのが大変だったのだか、さらには人一人通れるかわからないほど狭い道を走ったり、塀の上を走ったり、屋根の上を走ったり、下水道を走ったり…
途中何度も「なんでこんなとこ走ってんだー!!」と叫んだりもした。
声を出すのもきつくなり始めると「ぺロー!」と言う声が聞こえた。その声に俺の前を走っていた犬が「ワンっ!」と嬉しそうな声を出した。
やっと見つけたか…
なんて思っていると犬が走るペースを上げ始めた。
ふっふっふ、面白い。こうなったらこいつを抜いてやる!
俺もペースを上げ、全力で走った。
「ぬわっ!」
走って…転けた。
カンカンカン! と頭の中でリングの鐘が鳴った。
俺の負けだ…
「ぺロっ!!」
「ワンっ!」
俺の倒れてるすぐそこでは飼い犬とその飼い主が感動の再開を果たしていた。
「もう。どこ行ってたの? 散歩の途中にいきなりいなくなったりして、心配したんだから」
「ワンっ!」
「え? そこに倒れてる人と一緒に私を探してた?」
「ワンっ!」
なんか今飼い主さん。犬と会話してなかった?
「って! 大丈夫ですか!?」
どうやら飼い主さんはやっと倒れてる俺に気付いたようだ。
「え、ええ。大丈夫です。問題ありません」
正直なところ大丈夫ではない。
色々なところを走らされ、最終的にものすごい勢いで転けたのだから体中が痛い。
「そんな今にも死んでしまいそうな目で言われても…」
心配してくれる飼い主さん。見た感じ俺の母さんと歳が近そうな女性。
母さんの歳は知らないけどおそらく同い年くらいだと思う。
「クゥ~ン」
犬も心配そうに俺の頬を舐めている。
心配してくれるのは嬉しい。でもこいつがあんな変な道を通らなければ今よりは軽く済んだと思う。
「あら? ペロがうちの家族以外に懐くなんて珍しい…」
「そうなんですか?」
「ええ。誰かに懐くなんて滅多にないんです」
でもこいつ気が付いた時には俺の周りをうろちょろしてたぞ…
「この犬の名前ペロって言うんですか?」
もしかしたらペペロンチーノ略してペロとかだったり…ないな。
「ええ。うちの大事な家族です」
飼い主さんはペロを抱き上げ、優しい眼差しをしてそう言った。
「ところで体は本当に大丈夫なんですか? 実は立てない位に酷かったり…」
「いえ、ホントに問題ないですよ」
身体中痛いが家に帰るくらいはできる。
「じゃあ足を怪我されてるとか」
「それもありませんが」
何故この人はそこまで俺に聞いてくるんだ?
「本当にどこにも問題はないんですか?」
「はい。ホントに大丈夫なんですけど…」
「あの、でしたら何で立たずに倒れたままなんでしょうか?」
「…え?」
言われて気が付いた。
俺はまだ道に倒れたまま飼い主さんと喋っていた。
端から見たら俺って相当変な人に見えるんじゃないだろうか…
「す、すみません! 今立ちます!」
このままじゃ本当に変な人だと思った俺は急いで立ち上がった。
まだ大丈夫。まだ変な人にはなってない…はず。
「ふふっ。変な人」
…手遅れでした 。
「とにかくペロはもう大丈夫そうなんで俺はもう行きますね」
これ以上変な人だと思われたくないので俺は早くこの場から立ち去ろうと思ったのだか、
「あ、待ってください」
飼い主さんに呼び止められた。
「はい?」
「ペロが迷惑をかけたのでお礼……を?」
「お礼とかは別に…どうかしました?」
飼い主さんが俺を見て固まってしまった。
どうしたんだ?
「あの…怪我とか本当の本当に大丈夫なんですよね? 我慢とかしてないですか?」
「本当の本当に問題ないですよ」
少し我慢してるけど…
「で、でも」
飼い主さんは俺を見てとても心配そうにしている。
別に俺そこまで酷い怪我したりはしてないんだけどな…
なんて思いながら自分の体を見てみると、
「うわ…」
マジで驚いた。服がすごいボロボロになっている 。
少しだけど所々血も出てるし。
けど何でこんなことになってるんだ?
さっき転けたから血が出てるのはわかるんだが、転けただけで服がここまでボロボロになるはずがない。となると、
「ワンっ!」
俺は飼い主さんに抱かれているペロを見た。
こいつを追いかけていろんなところを走ったからな…
「もしかしてペロがなにか…」
「い、いえ。そんなことは…」
…ないとは言い切れない。
もう少しまともな道を走ってくれればこんな風にはなっていなかったはず。
「と、とにかく大丈夫ですから」
「だめです! 私の家がすぐ近くですのでお礼とお詫びをさせて下さい」
「で、でも…」
「お願いします。このままじゃ申し訳なくて」
「わかりました」
ここまで言われて断ることは俺には出来なかった。