第十話「お前はうさぎか!」
現在は七月。クラスの奴らもすでに夏服になっている。
ていうかまだ冬服の奴がいたらそいつはよっぽどのバカか、もしくはアホか。
…バカとアホってどう違うんだっけ?
まぁそんなことはどうでもいい。
ぶっちゃけ七月だとか、夏服だとかも今の俺にとってはどうでもいいことだ。
今最も重要なことは…
「は~い。じゃあ順番にくじ引いてってね」
席替えだ。
ついにこの日が来た。
こんなほぼど真ん中の席とはお別れだ。
理想としてはとりあえず端っこの席がいいのだが席はくじで決まるので運次第だ。
いっそのことバトルロワイヤルでもやって生き残ったやつが全員の席を決めるとかした方が面白いと思う。
ホントにバトルロワイヤルなんかしても俺は勝ち残れない気がするが…
くじを引いた後はそのくじを担任に渡して席に戻る。
担任はそのくじに書かれている番号を見てその生徒がどこの席になるかをチェックする。
自分がどの席になるかは全員がくじを引き終わってからでないとわからない。
ちなみに目が悪い生徒などは前の席の番号だけがあるくじを先に引いている。
クラス内では「どこになるかな?」とか「近くだといいね」とか話している奴らばかりだ。
俺としては誰が近くでもいいのでとにかくここの席以外がいい。
とりあえず同じ席にならないことを祈っとく。
「全員引いたよね? じゃあこのプリントを黒板に貼るからこれ見て自分の席を確認して移動して」
担任は席順の書かれたプリントを黒板に貼り付けた。
すると黒板にクラスメートたちが自分の席を確認しようと集まる。
一斉に行くもんだから少し混雑している。
俺は少し人が減ってから見に行こうとその様子を見ていた。
「宮野ここ俺の席なんだけど」
どうやらこの席ともお別れのようだ。
長いようで短い期間だった。
今までは真ん中で嫌だ嫌だと言っていたが今にして思うと…
「宮野聞いてる?」
「…今退く」
ふむ、追い出されてしまった。
せっかく人が元自分の席とお別れをしていたというのに。
まぁ別にいいんだけど。
しょうがないからそろそろ俺も席を確認しに行くか。
そうして俺は黒板に向かって歩き出したのだった!
とか言っても数歩で着いたけどな。
さてと俺の席はどこだ。
廊下側の席から順に探していく。
一列目はない。二列目も。三、四…
最後は窓側の席なわけだが…見つけた!
俺の席は窓側の一番後ろ。
よっしゃ! キタコレ!
思わずガッツポーズしそうになるくらい嬉しい。
やばいめっちゃラッキー!
「あ、後ろの席和也君なんだ」
「へ?」
声がした方を向くとそこには、
「あ! それに私の斜め後ろは真理ちゃんだ。ラッキーだな~」
めっちゃいい笑顔の長塚がいた。
前言撤回。アンラッキーだわ…
前には長塚。横には吉田。
マジでか…
誰が近くでもいいとか言ったけどごめんなさい。あれ嘘です。
これなら前の席の方が…いやでもど真ん中に比べればこっちの方が…
何かもうどうでもいいや。
くじで決まったんだし諦めよう。
「和也君どうかしたの?」
「いやなんでもない。てか前向け」
今授業中なんだが…
別に長塚のことを嫌っているわけではない。
ただ長塚といると疲れるんだよな。
なんかボケたりするから思わずツッコんじゃうし…
「寂しくなったら声掛けていいからね」
「寂しくなんかならないから。仮になったとしても長塚に声かけたりしないから。後前向けって」
「少しでも寂しいと思ったらすぐに声掛けるんだよ。我慢して死んじゃだめだよ」
「俺はうさぎか!」
こういう風に。
「宮野お前はうさぎなのか?」
「あ、いえ。なんでもありません」
「授業中は静かにな」
「あ、はい」
周りはクスクスと笑っている。
畜生長塚め…
「長塚お前授業中に話しかけてくるな」
授業が終わり俺は長塚に注意することにした。
「え~いいじゃん。みんな笑ってくれたし」
「俺がただ笑われただけだよ」
「宮野君ナイスツッコミでしたよ」
「吉田お前もか…」
やっぱり前の席の方がよかったな…
「とにかく長塚。授業中に俺に話しかけるなよ」
「寂しくなったら…」
「そのネタはもういい!」
今は国語の時間だ。もちろん教師は我らが敵田中だ。
もう俺の中では田中は教師ではなく敵として認識されている。
「和也君和也君」
「お前休み時間の聞いてた?」
「聞き流してた」
「ながっ! すなよ…」
思わずまたでかい声を出しそうになった。
「チッ! 惜しい」
「わざとか! わざとだな!?」
「宮野何がわざとなんだ?」
「あ、え~と…なんでもないです」
またやってしまった。
「和也君ごめんごめん」
「謝るくらいなら話しかけるな」
「でも私寂しいと死んじゃう体質で」
「お前はうさぎか!」
………
「あ~宮野?」
もうやだ。穴があったら入りたい…いっそのことグランドに穴掘って入ろうかな。
「宮野? その、なんだ。誰がうさぎなんだ?」
「あ、その、えっと」
ああもう! どうにでもなれ!!
「先生がうさぎじゃないかなって!」
こうなったらここで決着をつけてやる。
我が宿敵田中よ!
「お、俺がか?」
「ええ! そりゃもう! ばっちりと! パーフェクトに!!」
やばい。もう自分が何言ってるのかさえ分かんなくなってきた。
「なんで俺がうさぎ?」
「何か先生って人参好きそうな顔してるんで!!」
その瞬間クラスの空気が凍った気がした。
…何言ってるんだろ俺。
少し冷静にはなったけどもうどうしようもないなこれ。
「俺って人参が好きそうな顔してるのか?」
「え、ええ。まぁ」
どうしよう。俺一体どうすれば…
「確かに人参が好きだがな」
「…え?」
マジで?
クラスの奴らもみんなホントに?って顔してるし
「俺の大好物だ。人参は良い! もしかして宮野も人参が好きなのか?」
「え!? えっと、はい」
この空気の中「俺は別に」とか言えるわけがない。
少なくとも俺は言えない。
「そうかそうか! 人参は良い食べ物だ!」
この教師授業中に人参について語り始めたぞ!?
クラスを見回すと全員が「何とかしろ」と目で訴えかけてきてる。
「せ、先生。今は授業を…」
「ん? ああ、そうだな。じゃあ宮野。昼休み職員室にこい」
まぁ叱られるわな。
「人参について語ろうじゃないか」
…え?
昼休みは散々だった。
大して好きでもない人参のことを永遠と、しかも一方的に語られた。
田中の人参トークを聞きながら飯を食べる。
はっきり言って説教された方がましだった。
田中めやってくれる。
今回は俺の負けだが次は勝つ!
「はぁ~」
とにかく今日はひどい目にあった。
もう疲れた。
おやすみパトラッシュ。
「か、和也君」
俺は眠ることさえできないのか!?
「ごめんね。私のせいで」
いつになくしょんぼりとしている長塚。
今回のことはさすがに反省したらしい。
「別にいい。でも、できたらあまりこういうことはするな。」
こう簡単に許してしまう俺は甘いのだろうか?
「許してくれるの?」
「別に怒ってないしな」
というか起こる気力さえ今の俺にはない。
…そういえば今まで長塚のこと本気で怒ったことないな。
長塚に振り回されて疲れるとか面倒なとかなら思ったりするけど、ムカついたりしたことはないよな。
「和也君は優しいね」
「んなことないだろ」
「ううん。私は和也君とっても優しいと思うよ」
「そうかい」
こういうこと言われるとなんか恥かしいな。
俺は照れくさくて窓の外を見ながら返事をした。
「ところで田中先生との人参トークはどうだった?」
「最悪だった」
「田中先生との絆は?」
「より悪くなった」
「あ! UFO!!」
「え? マジで?」
俺は急いで窓を見て「ってベタな嘘つくな!!」と言おうとしてやめた。
なんだか声を出すのもめんどくさくなってきた。
…あ、あの雲ドーナツみたい。あははは~
「ま、真理ちゃん! どうしよう、和也君おかしくなっちゃった!」
「落ち着いて、有希ちゃん。宮野君はただ空を見てるだけだよ」
「違うよ! いつもならあそこで「ってベタな嘘つくな!!」みたいなツッコミが来るのに…」
「よくそんなことわかるね…」
「長年の勘だよ!」
…………
「誰かツッコんでよ!?」
長塚が一人でアホなことをしている。
残念ながら今の俺にはツッコむ気力もない。
「う~どうしよう。和也君が本気でUFOのこと探しちゃってるよ」
「UFOなんて探してないわ…」
「うわ~ん! やっとツッコミしたと思ったらいつものキレがないよ~!!」
長塚は一体俺に何を求めてるんだ…
もう本気と書いてマジで疲れた。
早く家に帰って心身ともに休めたい…