置き去りメイドのオペラ革命
他国に残されたメイド。
主である侯爵令嬢は、本国に戻った。
冤罪で婚約破棄をされて、国外追放を命じられた。
両親は政治の駒として使えなくなった令嬢を、とっとと家から追い出した。
そのとき追放についていった忠誠心の熱いメイドが、私だ。
実際は、実家の男爵家に戻れないから一緒に行ってもいいか、というくらいの感覚だったけれど。
だが、王子の「真実の愛」様が使えないことが判明した。それはそうだろう。
王子に甘々な国王は騒動の責任を王子に被せ、自分の立場を守ろうとする。
王族の資質に疑問ありと崖っぷちに立たされた王子は、侯爵令嬢を迎えに来た。
プライドを投げ捨てて土下座した。
侯爵令嬢もちょうど心細くなっていた頃合いで、条件をつけながら、元サヤに戻った。
個人的には「ええ?」と異議ありと言いたかったけれど、まあ、お嬢様がいいなら口を挟む立場にはいない。
慌ただしく帰国するときに腹心の侍女はお連れになったが、単なるメイドの私は置き去りにされた。
「え? 嘘でしょ」である。
馬車に余裕がないと言われた。
いやいやいや。
ドレスをでーんと広げていないで、ちょっと詰めてくれれば乗れるじゃないですか。
もう、護衛騎士と馬に相乗りでもいいですよ。
――って、言ってるのに、置いていくか? 普通。
借りた部屋は一ヶ月分支払い済みなので、数日、そこで待ちましたよ。
ぽつーんと、広い部屋で。
出かけている間に迎えが来たらいけないと思って、観光にも行けずに。
数日後に大使館に行って、事情を説明した。
私が雇われているのは国ではなく侯爵家なので、連絡は入れてくれるがどうなるか保証できないと言われた。
本国は、王子の醜聞を塗り替えるためすぐに結婚式を挙げようと、その準備で忙しいらしい。
そうですか。
追放された令嬢に外国までお供した結果が、これですか。
私は、自分でなんとかしなければいけない。
ホテルの人に相談して、良心的な公証人を紹介してもらった。そういうところは、高級ホテルなので助かる。
手紙を書いた。
侯爵家に宛てて、迎えに来てほしい。来なかった場合は、お嬢様の荷物を売って退職金代わりにしていいかと。
期限を書いて、それまでに返事がこなかったら退職するとも書いた。
公証人は細々としたアドバイスをしてくれた。
同じ文面を左右に書いて、公証人の目の前で半分に切った。
真ん中に公証人さんのサインが書いてあるから、それも半分に引き裂かれている。
結局、返事が来なかったので、お嬢様の置いていったドレスを売った。
ホテルの人に公証人のサイン入りの手紙を見せたら、何着か買い取ってくれた。
いいお値段がついて思わず笑いそうになったけれど……こういう物を平気で置いていける人たちの暮らしぶりを思うと、少しだけ虚しくなった。
どうせならオペラが盛んな国に行こうと、私は汽車に乗った。
祖国にはまだ汽車がないから、キョロキョロしてしまう。
車窓の景色に目が回りそう。
売店や切符のもぎりなど、オペラに関わる仕事がしてみたい。胸を弾ませながら、列車の揺れに身を委ねた。
十年後、「真実のあなた」というタイトルの新作オペラが公開された。
魔女に仲を引き裂かれた婚約者たちが、試練を乗り越えて結ばれるという内容だ。
ロビーに展示された手紙も話題を呼んだ。
魔女から婚約者に出された、挑発するようなもの。
王子が婚約者に平謝りしている内容。
そして、一度破いて修復された書きかけの手紙――婚約者が王子に対して、浮気を責め、鉱山の権利を請求する内容。
一見、オペラの内容を裏付けるようでいて、端々に王子のだらしなさや侯爵令嬢の計算高さが見え隠れしている。
脚本家の妻は熱心に展示物を見ていく客を見て、満足げに微笑んだ。
「ホテルに残されたものは全て、私の物だもの。
結婚して他国の人間になった私に、手は出せないでしょ?」
手紙の名前のところは紙を貼ってあるから、本人たちが騒ぎ立てなければただの「参考資料」だ。
このオペラが国をまたいでヒットしたら――の話だし。
公証人のサイン入りの手紙は、万が一訴えられたときのために隠してある。
心の中で「ざまあみろ」と呟いた。
私は見捨てられたんじゃない。逞しく、この国の片隅で生きていく。
――片隅?
いや、オペラにできそうな物語は、まだまだある。
ダーリンがスランプになったら、少しだけ教えてあ・げ・る。
一部修正(2026年2月17日)




