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百三十四、瘴馬・銅書

 裂罅の底を横断するのに一週間程かかった。最初は治安が悪そうに思えたし、実際死体とか明らかに私刑らしい行為も目にしたが、六番隊を襲撃する者は、復活所から飛び出て来た異形くらいで、概ね安全だった。


 昇降機は電車みたいに座席が備え付けられている。そこらの食堂みたいに画質の悪いテレビもあって、ずっとニュースが流れている。また亜神の暴走で人が大勢死んだらしく、教会が上級天使を召喚して対処したそうだ。民間の宗教企業役員が収賄で逮捕され、合法とそうでないものの違いをコメンテーターが鹿爪らしく解説する。陽炎館の精鋭部隊〈メルシナ〉がテロを未然に防ぎインタビューを受けている、路面に散らばる血肉と臓物を背景に、ひらひらしたカラフルな衣装の少女たちが、にこやかに「市民の皆さんを守れて楽園にまた一歩近づけました」と話していた。


 他の客が、どこか遠くの街で「瘴馬が走った」と喋っている。ある情報を、何らかの悪い意図のために大勢に流布したという意味だ。その情報を知らせること自体が目的であり、ネット上の怪談や儀式手順の六割がこれだという説さえある。それが成されたら大抵の場合、地域ごと処置が行われ、記憶は消去されるので被害者は、うっすらと何かがあったとしか覚えていない。


 鷹丸も、小学校低学年の頃、友達から何とかさん、あるいは何とか様という存在を呼び出すための方法を教わったことがある。気が付くと、一週間ほど経過しており、瘴馬が走ったとだけ知らされた。市内の他の学校いくつかでも処置が行われたらしかったが、どこまで噂が広がったのか、その結果何が起こったのかは結局分からなかった。


 瘴馬の類語に、銅書(を著す・記す)という語もあり、これは誤った手順を教えて儀式を本来とは異なる結果に導く、もしくは結果を偽ったり伏せたりして儀式手順を教えることを意味する。相手を代理儀式の主体者にすることも含めた、若干古めかしい言い回しだ。


 この二つは重なる部分も多く、何とかさんの儀式に関しては、恐らく実際に行えば良からぬ結果になったのだろうが、儀式について知ること自体が、何とかさんを呼ぶ儀式の一部だったのかも知れない。そういえば、小学校の国語の先生が、やたらと細かく言葉の違いについて説明する人だったな、と思い出したが、その顔や名前も覚えていないことに気づいた。あるいは、あの人が儀式を流布した張本人だったのだろうか? そんなことを考えながら、空を見た。巨大な武者が変わらず、そこにいた。

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