百三十、多重受注
鷹丸は最初は真面目に探索に当たった。〈背犬病〉によってどのような犬が生えてくるのか。色は、大きさは、鳴き声は? また〈むらもち〉とは何か。薬か、食べ物か、呪文書か。あるいは、癒し手の名前なのか。
その熱意は次第に失われ、鷹丸はしてはいけないと思いながら、〈背犬病〉の件が片付かぬまま、別の任務を引き受けた。ダロン平原に出没する固有名持ちの魔物、〈一つ目〉である。平原に出現するブラックウルフの頭目であり、隻眼と巨体が目印で、隊商の護衛に幾度も被害を出している、盗賊団並みに厄介な魔物だ。
この討伐を引き受けておいて、実際にダロン平原に行かぬまま、さらに別の仕事も引き受けた。どこかの村が邪教徒に襲われそうなので、助けて欲しいという任務だ。鷹丸、否、セロニアスは、信頼おける人物なので大抵のクエストを受けられる。それは、彼のここまでの活躍によって得た名声のためだ。
セロニアスは目付きが悪くてよく誤解されるが、実際は優しい心の持ち主で、病気の妹のために必死で戦い、パーティを追放されたり、田舎でスローライフを送ろうと計画して頓挫したりしつつ、金級冒険者に上り詰めた。彼は、面倒なことも多いので、あまり有名にはなりたくないと思っていたが、王女の誘拐を阻止、魔族と通じていた悪徳貴族を捕縛、自分を追放したパーティが破滅するのを見て嘲笑、などの活躍で金級冒険者にまで上り詰めたのだ。それは彼が何か努力したのではなく、ダンジョンで遭遇した美女の姿をした上位存在が、何故かセロニアスに好意を抱いたため超越的スキルを獲得した、いわゆる棚ぼたではあるのだが、彼が優しい心の持ち主であることが、大きな要因であったのは間違いないだろう。
彼が得たスキルは、天を仰いで奇怪な叫びと共にポーズをとることで全部のステータスを五百倍に向上させるというもので、雨乞いをしていると周囲の者に思われたために、雨乞い師という異名を得た。
そういうわけで、いたずらに複数のクエストを抱えていても、彼なら必ずや解決してくれる、と依頼者は信じて待つのだ。猫探し、ドブ掃除、買い出し、伝説の剣の探索、魔法薬の材料集め、下水道に潜んでいる邪教徒の殲滅、伝令、などいくつもの任務を引き受けるだけ引き受けた後、関太郎のいる冒険者ギルドへ戻った鷹丸、あるいはセロニアスは、そろそろいいですか、と尋ねる。
「ああ、時間は潰せただろう、とりあえず何かをやれば先に進めるんだ。別に成果を出す必要はない、何かをやったということが大事だ。そこいらをうろついたり、空を眺めたり、喫茶店でコーヒーを飲んでいるだけでもいい。それが、このおれがお前に提供する、何処かへ至るための道だ。〈雨乞い師セロニアス〉の冒険はこれからも続く。そして鷹丸、お前の旅も続く。また、何かをやって結末へ近づきたいなら、おれはいつでも参上する。違う道を携えてな」




