一、扶桑国
扶桑国は巨大宗教企業〈八海〉によって統治され、異相体を転用したテクノロジーによって繁栄を謳歌していた。それは現実そのものを歪曲させ、異相化することに他ならなかった。人々は控えめに言って堕落していたが、その原因は皮肉にも、高度な技術が多くの問題を解決してくれるという「保証」だった。
例えば難病や四肢の欠損、死すらもある程度克服したため、ちょっとやそっとの体調不良では病院に行かなくなった。あるいは、謎の黒い影が部屋の中をちらつく、うめき声が聞こえる、もっと直截的に血塗れの青ざめた悪霊が眼前にいる、といった怪奇現象が発生しても、電話一本で解呪師とか祓魔師の人を呼べるし、今日は忙しいから明日にしよう、ということになる。妖怪、魔物、怪物、そういうのが窓の外をうろついていても、誰かが通報して破壊師が来てくれるはずだ、という風にして人々は危機感を失い、ネットのショート動画とか競馬中継、クロスワードパズル、パルプ小説などを見て過ごしていた。
仕事や学業についても、能率が低下し、ただ時間を潰しているだけといった状況が蔓延していた。なぜなら、〈八海〉が全ての国民に対し、食料と住居を保証しているからだ。いざとなったら働かなくとも生きていける、その安心感が退嬰を呼んでいた。
そんな泰輪十六年の扶桑、首府武陽の北で物語は始まる。




