婚約破棄? ――よろしい。ならば戦争です
「公爵令嬢ギレーヌ・シオン! 本日、この場をもってボクは――貴様との婚約を破棄する!」
王国の将来を担う令嬢令息たちが集う王立学園の卒業記念パーティ。
その祝いの席で突如告げられた王太子の婚約破棄宣言に、会場は水をうったように静まり返った。
その静寂のさなか、一方的に婚約破棄を告げられた当の公爵令嬢ギレーヌは――
「……殿下の御心のままに」
見事なカーテシーで了承を告げた。
「………」
「………」
「………」
――え? それだけ?
あっけなさ過ぎる了承に、婚約破棄を突きつけた王太子だけでなく、その浮気相手のピンク髪の男爵令嬢、王太子の取り巻きや、無関係な周囲の天パや赤スーツのロリコン卒業生たちまで、拍子抜けしたような雰囲気になる。
その空気を代弁するように、王太子が怪訝そうに尋ねた。
「……それだけか? 言いたいことがあるなら、今ここではっきり言ってしまえ。後でごねられても困る」
――後で父の公爵に泣きつくような真似はよせよ?
言外の意図が透けてみえる元婚約者の物言いに、ギレーヌは軽く思案をめぐらせ――ややあって、
「――よろしい。ならば――申しあげることとしましょう。――戦争です」
「……はい?」
自身の元婚約者のいきなりの戦争発言に目を点にする王太子。
そんな王太子に、公爵令嬢は傲然と告げる。
「わたくしは、父であるディギンより、公爵家当主代行の権限を預かっております。その権限をもちまして、改めて宣言いたしましょう。――わがシオン公爵家は、この度の王太子による一方的で短慮な婚約破棄宣言を受け、王家に『仕える価値無し』と結論。よって、本日、この場をもちまして、わがシオン公爵家はキュレン王家より独立を宣言し――シオン公国を名乗ることといたします」
「………………はい? あの? ギレーヌ嬢?」
「同時に、我がシオン公国は、自国の独立を恒久不動のものとするため、本日、この時をもちまして、キュレン王国に宣戦を布告いたします。――次は戦場でお会いしましょう? 陛下によろしくお伝えくださいませ、元婚約者殿?」
「え、ちょ――」
王国歴260年。
公爵令嬢ギレーヌ・シオンはキュレン王国からの独立を宣言。
自らの国をシオン公国と名乗り、王国に対し独立戦争を仕掛けた。
後に1年戦争と呼ばれることとなるこの争乱は、瞬く間に周辺諸国にも飛び火し、大陸は長い戦乱の時代を迎えることとなる。
――公国の歴史の最初の1ページは、このような書き出しではじまっている。
オレ、いつか戦記ものを書く時は、この書き出しではじめるんだ……。