71. 巻き戻り三回目
巻き戻り三回目。マットレスに横たわり、白い天井を見上げている。
「くそ! やっぱり食えなかったか!」
備吾は前髪をかきむしる。もう三回も食べ損ねているのだ。はじめはそれほど渇望していなかったラーメンも、その美味さを知っているからには腹に納めなくては気が済まない。
ただ、どうやら迷惑客を捕まえなくては、巻き戻りどころかラーメンのスープを一口も飲むことは出来ないだろう。
その迷惑客を探さなければならない。そうなると、行列を見張るべきだろう。
「……並んでいる段階で分かればいいが」
いかにも迷惑をかけそうな客など外見で分かるものだろうか。だが、闇雲に並んで無駄に時間を浪費するよりもいい。
また怜雄に断りを入れなければならないが、仁良に頼むことにしよう。確かラーメン屋の前にカフェがあった。そこから見張れば、二人にも気づかれない。
前回の巻き戻りと同様に、仁良に金を渡して、怜雄と一緒にラーメン屋に行ってもらう。巻き戻る前とは状況が少し違うが、誤差の範囲内だ。
朝食を食べ、午前十時の少し前にラーメン屋の前のカフェに到着する。外が見られる窓際の席を確保し、コーヒーを注文した。
列は既に出来ている。見覚えのある店主の噂をしていた男たちが並んでいる。少しして店が開店すると、ぞろぞろと中に入っていった。
備吾はひと口コーヒーをすすり、持って来た文庫本を開く。文字を追いながら、時折ラーメン屋の方へと目線を向けた。
十一時前まで行列は出来ずに、人々はそのまま店内に吸い込まれていく。十一時半を過ぎた辺りから、一人二人と列が出来ていき、すぐに十人ほどが並ぶ。その中には、仁良と怜雄の姿もある。
相変わらず、怜雄は他の客に存在が気づかれずぶつかられていた。仁良に至っては重い荷物を持った老人に付き添い、二人で列を抜けて並びなおす羽目になっていた。
「……何やってんだか」
そうしている間も、老若男女の客たちが列に並ぶ。しかし、誰もがスマホを見ているか、ぼーっとしているか、連れと話しこむなど迷惑行為をしそうな人物はいない。若い男二人か、小難しそうな老人か、はたまた子供連れか。見た目では分からない。
そのうちに仁良と怜雄の二人もラーメン屋に入店し、数十分後満足した顔で出てきた。
怜雄が入ったときには店主は既に怪我をしていたそうだ。つまり、これまで見てきた中に怪我の原因となった人物がいる。
店内の様子には耳を澄ましていた。しかし、備吾の人ならざる耳をもってしても何も聞こえなかった。おそらく、店内だけこの時間から隔離されているのだろう。
備吾は立ち上がった。会計を済ませて、カフェを出る。行列はまだあるが、仁良たちが並んでいたピークのときほど長くはない。再び文庫本を開いて、二十分ほど待つ。順番が来て中に入るが、やはり自分の部屋のマットレスで寝そべっていた。
巻き戻り四回目。
「どうしたものか……」
起き上がって、髪をかき上げる。開店から仁良たちが出て来るまで見張っていたが、それらしい人物は見かけなかった。
つまり共に並んで会話を聞いて特定するか、もしくは目的の人物と共に店に入れば巻き戻りも終わるかもしれない。結局はラーメン屋におもむくしかないのだ。とにかく、怜雄が来るまで待つ。断るという選択肢もあるが、怜雄の耳と目も借りたい。
店主の手の甲の怪我に気づいたのは怜雄だ。人の気配は薄いが、その分人の気配や異変には敏感に思える。人から気づかれにくいということは、注意を払ってもらえないのだから、自然に身についたのだろう。
約二時間。この時間を待つのも面倒に思えるだろうが、備吾も時間が巻き戻るのは幾度となく経験している。慣れたものだ。
怜雄が来ると、十一時過ぎにラーメン屋に着くように家を出る。
「行列しているけれど、それほど長くないですね。良かった」
列の前後におかしな言動をしている人物はいないか気を配った。列全体の会話を聞いていく。しかし、それらしき人物は見られない。やはり、列に並んでいる間には分からないのかもしれない。
そう思いながら、店内に足を踏み入れる。世界は反転した。
巻き戻り五回目。怜雄を誘い、時間をずらしてラーメン屋に並ぶ。収穫なし。
巻き戻り七回目。怜雄を断り、問題が起きただろうギリギリの時間に並ぶ。子供連れに前を譲ってみる。またも巻き戻る。
巻き戻り十回目。怜雄と一緒に並ぶ。前に並ぶ男に声を掛けてみて、我竜堂のラーメンの美味さを力説する。男にも怜雄にも引かれる。




