69. 巻き戻り一回目
巻き戻り一回目。午前七時二十二分。
気づいたら、自分の部屋のマットレスであお向けに寝ていた。もちろん、寝ていたときのスエット姿だ。
「朝……」
外でスズメが鳴いている。枕元のスマホを見ると、日付は同じだった。
「ったく。何だってんだよ」
眠気はないので、すぐに起きられる。とりあえず、巻き戻る前のことを思い出そうと服に着替えながら頭を巡らせた。
「ないな……」
解決しなければならない事件は何も起きなかった。怜雄とラーメン屋に行き、並んで待ってただそれだけだった。起こった出来事といえば、怜雄が人にぶつかられたことぐらいだ。
つまり、解決する出来事から見つけないといけない。そして、神の意向通りに解決しなければ、巻き戻りからは解放されないのだろう。
どうしたものか分からないが、ラーメン屋に関わりがあることには間違いない。再び行くべきだ。一応、なるべく同じ状況を作り出すために怜雄も連れて行こう。
「仁良。怜雄は来たか?」
自室からリビングに出ると、キッチンに立つ仁良の背中に声をかける。仁良は黒いエプロンで手を吹きながら言う。
「おはよう、備吾。いいや。怜雄くんが遊びに来る予定なのか?」
「いや。昼飯を一緒に食うだけだ。……まあ、まだ随分早いが」
「ちょっと待っていろよ。いま、ミルクパンを作っているから」
備吾は食べていなかったが、今日の朝食のパンはミルクパンだったようだ。待っている間、リビングのソファに寝そべり、スマホをチェックする。目ぼしい事件があるかもしれない。しかし、近隣での事件はなく平穏なものだ。唯一見つかったニュースは、駅前でボランティアが清掃活動したというものだった。
「朝食が出来たぞ」
仁良に呼ばれて、備吾もテーブルにつく。目の前には出来立ての湯気が出ているミルクパン。レタスとトマトのサラダ。カリカリに焼かれたベーコン。いつもの牛乳。健康的な朝食だ。
備吾はミルクパンをひと口かじった。しっとりとしていて、甘みが他のパンより強い。
朝食を済ませると、スマホで調べる。我竜堂は十二年前に出来たラーメン屋だ。本店から暖簾分けされて、駅の近くにオープンした。
スープは魚介で取ってあり、ネギ多めのラーメンは老若男女に人気がある。備吾もニンニクは最初から入っていないから好んで食べに行く。
店主は四十代後半の男で、黙々とラーメンを作っているので声も聞いたことはない。あまり広くない店内で、カウンターのみ。店員も店主を除いて三人ほどが調理とホールを担っている。
注文は食券を購入する。備吾は大抵、ラーメンと一緒に煮卵を付けていた。
しかし、巻き戻る前は注文どころか店にも入れなかった。
約二時間後。玄関のチャイムが鳴る。
「ふごっ」
ソファでうたた寝していた備吾は、音で目が覚めた。顔を擦っていると、玄関が開く音がする。
「いらっしゃい。怜雄くん。備吾と一緒にご飯を食べに行くんだって」
「あ。はい。そうです。備吾さん、覚えていたんですね。意外です」
意外は余計だと言ってやろうかと思ったが、巻き戻る前は覚えていなかったので口をつぐんでおいた。代わりにスマホをズボンのポケットに突っ込んで、玄関の方に歩いていく。
「よお」
「備吾さん、おはようございます」
「じゃあ、行くか」
靴を履くと怜雄の横をすり抜けて、雑居ビルの階段を下りていく。
「え。まだ、十時前ですよ。お昼には早くないですか」
困惑している様子の怜雄が後ろからついてきた。だが、無視して雑居ビルを出ると駅の方に足を向ける。
「ラーメンだから大丈夫だ。それに店が開いて一番だと、列も少ない。待ち時間が少ない方がお前もいいだろ」
「そうですけど。……朝ご飯食べて、そんなに時間も経っていないのに食べられるかな」
文句がありそうだが、聞くわけにはいかない。何しろ巻き戻りの原因が何も分かっていないのだから、行ってみないことには始まらないのだ。
「着いた」
巻き戻る前には赤い暖簾がかけられていたが、開店前の店には暖簾がない。時間を見ると開店の五分前だった。
「少しですけれど、もう並んでいますね。本当に人気の店なんですね」
店の前には三人ほど男性が並んでいた。きっと常連客で、店が混む前に食べるつもりで来たのだろう。備吾と怜雄も後ろに並ぶ。
前の男性たちの話し声が聞こえて来る。
「このところ店長は元気がないよな。どこか病気じゃないだろうか」
「そうか? いつもと同じで黙々と作業していたけれど」
「いや、麺を湯切りするのに前みたいな勢いがない気がするんだ」
「そんな細かいことよく見ているな……」
備吾はよい情報を仕入れたと思った。もしかしたら、この巻き戻りは店長の不調が何らかの関係があるかもしれない。その原因を突き止めることがひとつのきっかけになる。とりあえずの取っ掛かりは見つかった。
そろそろ開店時間だ。店員が出て来て赤い暖簾をかける。
「先頭のお客様からどうぞ」
順番に店内に案内される。四番目と五番目に並んでいた備吾と怜雄も待つことなく、店内に入っていく。
そのまま、備吾の世界は反転した。




