61. 巻き戻り一回目 PM1:03
午後一時三分。
「じゃあ、しっかり鍵をかけてください」
仁良が見送る鶴に言う。家の中に入ったことを見届けてから家を去った。
「家の中の家事はともかく、買い物は手伝わないといけないな。ただでさえ、この暑さだ。ご老体には堪えるだろう」
仁良の言葉に巻き戻る前も、そこまでしていたのかと内心呆れる備吾。
「あれ? そこにいるのは、……備吾さんですか?」
後ろから声を掛けられる。振り返ると、このつい二日前に会った作家の富丘が買い物袋を抱えていた。以前会ったときとは違う着流しを着ている。
「よお。富丘じゃないか。家がこの辺なのか?」
「ええ。この家の真後ろですよ」
富丘は鶴の家を指さす。
「そうか。ちょうどいい」
備吾は使えるコマは何でも使うつもりだ。
「実は」
「ちょ、ちょっと待ってください! そう誰にでも話すのは不味いです。あなたの知り合いでも!」
三国巡査が事情を話そうとした備吾を止める。それもそうかと、警察という立場の人間がいるのも面倒だなと思う。
「まあ、ここに住んでいるのはお鶴ちゃんというお年寄り一人なんだが、ちょっとトラブルがあってな。こうして、警察も来たってわけさ。富丘も出来るだけ気にかけてやってくれないか」
「そうですか。ご挨拶に伺ったときはお元気そうでしたが……。分かりました。何かあればすぐに駆け付けるので、遠慮なく言ってください」
これは良い助っ人を得たものだ。ただ、備吾と同じくらいひょろりとした富丘がどれほど役立つだろうか。それでも巻き戻る前は出来なかった、不審な人物を見つけることもあるかもしれない。
「じゃあ、よろしくな」
富丘に手を上げて、備吾たちは歩いていく。
それから三日が過ぎた。
朝の清掃活動から、仁良が戻って来る。
「なあ、備吾。鶴さんの元気がないみたいなんだ」
「昨日会ったときは、前とそれほど変わらない様子だったぞ?」
一晩でそれほど変わるだろうか。
「それが、昨夜に妙な物音を聞いたらしい」
「妙な物音?」
「ああ。よく聞こえなかったらしいが、それで不安になって寝付けなかったそうだ。備吾は鶴さんに気に入られているし、花を買って持っていったら元気も出ると思うんだ。花代は俺が出すからさ」
妙な物音のことを詳しく聞かなかったことは、ポンコツ探偵の仁良らしい。それも行方不明の叔父から引き継いだものだから仕方ないといえば、仕方ないのだが。
「分かった。持っていって話を聞いて来る。あと花代ぐらい自分で出す」
女性に渡す花の金を他の男の財布から出すわけにはいかない。十時を過ぎると備吾は階段を下りて、フラワーショップりんに足を向ける。
「備吾さん、おはよう」
いつものように鈴華が挨拶して来た。
「よう。鈴華。実は花をいくらか見繕って欲しいんだが」
「珍しいですね。備吾さんが買うなんて」
「いっ! びっくりさせるな、怜雄。そうか、今日は日曜日か」
背後から出て来た怜雄にまたも驚いてしまった。これほど心臓に悪い人間は他には知らない。
「今日は土曜日ですよ。それで、仁良さんのお使いか何かですか?」
毎日花を買っている仁良。最近はバラばかりではなく、他の花も買ってくる。おかげで探偵事務所の窓際はいつも華やいでいた。
「まさか。仁良の花を俺が買っても意味ないだろ。まあ、見舞いの花だ。適当に見繕ってくれ」
鈴華がどことなく嬉しそうに言う。
「どんな人にあげるんですか? その人のイメージに合わせますよ」
「そうだな……」
備吾は鶴を思い出す。
「少女のような人だ。あと、些細な習慣も大切にする。だから、花も大切にするだろうさ」
「素敵な人なんですね。分かりました」
鼻歌を歌うような雰囲気で、鈴華は花を見繕い始める。怜雄がジッと備吾を見つめて言う。
「もしかして、備吾さんの仕事関係の人ですか?」
「……なんでそう思うんだ」
「だって、お見舞いなんですよね。備吾さんの交友関係は広くはなさそうだし」
その通りなのだが、思ったことをはっきり言う怜雄に少々ムッとする。腕を組んで怜雄を見つめ返した。
「なんだ。もしかして、俺の仕事を探りに来ているのか」
「あ、い、いえ。そんなつもりでは」
わざとらしく視線をそらすあたり、正解のようだ。
「まだまだ、俺の仕事のことは教えられないな」
「そんなもったいぶるような仕事なんですか?」
「備吾さん、こんな感じでどうかしら」
怜雄が追及してくる前に、鈴華が花を束にして見せて来る。どんなものでも構わないが、鶴のイメージに合うと思った。
「じゃあ、それにしてくれ」
「はい。少し待っていてね。すぐに包むから」
鈴華が怜雄に手伝ってもらいながら、花束を作る。会計をして、備吾は店を出た。




