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怪物たちの再三たる事件簿  作者: 白川ちさと
本食う虫も好き好き編

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58. 巻き戻り一回目


 巻き戻り一回目。


 備吾は薄い掛け布団の中で異常を感じていた。外では朝から夏らしく蝉がけたたましく鳴いている。いつもの日常だ。


 だが、その日常が今日は違ったはずだ。夜寝る前にスマホで天気予報を確認していた。雨が降る予報で、降水確率七十パーセント。程よい雨量だ。


 毎日が灼熱地獄だと、雨でも降らないと外出などしたくない。そう考えていた。




「……どうして今日も……」




 家にこもりきりだったので、スマホの日付を見てもどれくらい戻ったのか分からない。曜日など気にしない作家の習性のせいだ。とりあえず、時刻は午前九時四十三分だ。


 部屋を出てリビングに行くと、仁良がソファで新聞を広げていた。


 備吾に気づいて振り返る。




「おはよう、備吾」


「はよ。なあ、今日は何か予定が入っているか?」


「いいや。いつものように清掃に行って、花を買うぐらいしか予定はないけれど。何か俺に用事だったか?」


「いや……」




 どうやら、老婦人から受けた依頼はまだしていないらしい。脅迫文が届き、警護に奔走している様子だった。だが、結局悪戯だったという報告を巻き戻る前日に受けている。


 つまり、ただの悪戯ではなかったということか。


 備吾はキッチンに向かい、冷蔵庫から牛乳を取り出す。椅子に座って用意されていたベーグルサンドを手にする。大きな口でかぶりついた。レタスとベーコンのサンドだ。塗ってあるマスタードが辛い。牛乳のパックのまま、口につけて傾けた。


 流石にベーグルをいつ食べたかは覚えていない。だがスマホで確認すると、富丘に本の感想を送った翌日だった。つまり、喫茶ムーンライトで会った二日後ということだ。


 そのとき、仁良のスマホの電話が鳴った。




「はい。小椋探偵事務所です」




 どうやら、仕事用のスマホの方のようだ。




「鶴さん。どうしましたか。ええ、大丈夫ですが。――はい、はい」




 電話は件の老婦人からだろう。今日会う約束を取り付けたようだ。


 備吾は電話が終わった仁良に話しかける。




「なあ。俺も同席してもいいか?」


「また原稿が進まないのか。俺はいいが、鶴さんがいいと言ったらな」




 脅迫文の謎を解かなければ、この巻き戻りも終わらないだろう。腹ごしらえが終わると気合を入れるために冷たいシャワーを浴びた。









 午前十一時。――五分過ぎ。


 約束の時間だが、うっかりソファでうたた寝をしていた。


 慌てて靴を履いて住居スペースから出ていく。階段を駆け下りて、小椋探偵事務所のドアを開けた。




「おい! 仁良、起こせよ!」




 ソファに座っている仁良は既に手紙を手にしていた。




「気持ちよさそうに寝ていたから。いや、それよりお客さんの前だから乱暴に入って来るなよ!」




 前のソファには老婦人が座っている。その後頭部が備吾を振り返った。




「まぁ!」




 備吾を見て声を上げる。しまった、さすがに印象が悪いと備吾でさえ思った。これでは一緒に脅迫文の件を解決することを断られてしまうかもしれない。


 しかし、老婦人は立ち上がって胸の前で指を組んだ。




「びっくりしたわ。私の亡くなった夫にそっくりだわ、あなた!」


「は?」




 予想外の言葉に思わず間の抜けた顔になる。




「特にその目元。そんなにたれ目の人は中々いないもの。夫の生まれ変わりのようだわ」




 ただの戯言には違いないが、備吾がその夫の生まれ変わりのはずがない。備吾の方がずっと長く生きている。




「お名前を聞いてもいいかしら」


「ああ。備吾と言う」


「そう。備吾ちゃん! 私のことはお鶴ちゃんって呼んでね」




 鶴は少女のように頬を染めて笑った。本当に備吾が亡くなった夫に似ているのだろう。




「じゃあ、お鶴ちゃん」


「なあに、備吾ちゃん」


「今日の依頼、一緒に聞かせてもらっていいかな」


「まあ! もちろんよ。心強いわ」




 備吾を隣に座らせ、自分も横に座る鶴。脅迫文のことなど忘れてしまったかのように、にこにこと笑っている。




「えーと、じゃあ、備吾にも見てもらおう」




 仁良が紙を渡してくる。ここに来た一番の目的のものだ。広げてみると、脅迫文らしい脅迫文が出て来た。声に出して読む。




「この町は呪われている。怪物たちの住む町だ。お前は狙われている。命を守りたかったら出ていくがいい、か」




 思いのほかファンタジーな脅迫文だ。


 怪物という言葉に引っかかりを覚えるが、もしも備吾が本当の怪物と知っているなら、このように安易に話題に出したりはしない。




「……お鶴ちゃんはこれを読んでどう思った。怖かったか?」


「そうねえ。とても悩んだわ。だって、こんなものを送られる覚えなんてないんだもの。でも、それほど怖くはないのよね。この町は呪われているなんて、最初の一文から滑稽な感じでしょう。信じると言う方がおかしいわ」


「そうだな……」




 鶴は文章の内容というより、脅迫文を送られたこと自体を恐れて仁良に相談したようだ。切り張られている文字の紙を見つめる。見慣れた紙ですぐに分かった。




「これは……、本の紙だな。文庫本や単行本の文字を切り貼りしているようだ」




 仁良は手帳にすぐにメモをする。




「そうなのか。確かに雑誌でも新聞紙でもない、統一された文字だからな。すぐに手に入るだろうし、言葉にも困らなさそうだ。備吾の言うことに間違いないだろうな」




 買ってくるなら新聞紙や雑誌と手に入れる手間は大差ないだろう。




「たぶん、この呪われているという文面。新聞には中々出てこないだろうが、小説には出て来るだろうな。たまたま、見つけて脅し文句として利用しようと考えたのかもしれない。確かかは分からないから剥がしてみていいか?」


「待ってくれ。今から鶴さんと交番に届けに行くんだ。相談が出来たら、紙を剥がしてみても構わないと思う」




 そういえば巻き戻る前に交番の警察官と警備をしていると言っていた。何が起こるか分からないなら、人の手は多いに越したことはない。


 鶴に脅迫文を渡して、備吾も同行することにした。





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