57. 脅迫文
数日後。
この日、珍しいことに小椋探偵事務所には客人が訪れていた。
「ごめんなさいね、仁良ちゃん。忙しいのに」
「いいえ、忙しくはないですよ。鶴さん。それで、困ったこととはどんなことでしょうか」
仁良の前に座るのは老婦人だ。上品な薄ピンクの上着を羽織っている。
彼女は仁良が公園で朝のゴミ拾いをするときに、よく話しかけてくれる人だ。散歩の途中で、近所に住んでいるらしい。こうして探偵事務所を訪ねて来るのは初めてだった。
「実はね。最近、ポストにこんな手紙が入れてあったの」
鶴は鞄の中から一通の茶封筒を取り出した。仁良は黙って受け取り、中身を確認する。
「これは……」
明らかに異常な手紙だった。手書きでもプリントされた文字でもない。何かの紙を一文字一文字、切り抜いたものだ。小さな文字でこう書かれている。
『この町は呪われている。怪物たちの住む町だ。お前は狙われている。命を守りたかったら出ていくがいい』
明らかに脅迫文だ。仁良は紙を元通りに畳んで、ゆっくりと鶴に話しかける。
「……警察には届けましたか」
「まだなの。だって、悪戯かもしれないし。警察は一通の手紙くらいでは動いてはくれないでしょう?」
「そんなことはありませんよ。話せばパトロールの巡回地点くらいには入れてくれるかもしれません。鶴さんのようなお年寄りの一人暮らしなら尚更でしょう」
仁良の話を聞くと、鶴のこわばっていた表情はいくらか和らぐ。
「そうなの。じゃあ、交番に行ってみようかしら」
「ええ。それが良いでしょう。それからこの手紙以外に、不審なことトラブルに心当たりはありませんか」
そうね、と言って考え込む。
「そういえば、この前異様に近所の犬が吠えていたわね。確か三日前くらい」
仁良はメモを取る。
「不審な動きをする人物に反応していたかもしれません。他にはありませんか」
「そうねえ。あまり思いつかないけれど……」
些細なことでも仁良はメモを取っていく。交番まで二人で向かった。
その後、仁良は警察官の青年とパトロールに励む。それ以降、特に何事もなく、続けて手紙が投函されることもなかった。
「典型的な悪戯だったみたいですね」
「そうね。よく考えたら呪いの手紙なんて古風だものね」
何事もなく時が過ぎた。――はずだった。




