55. 天に咲く
「要求は?」
「……今日一日ここに誰も入って来ないようにしていただくだけで」
そうなると、仁良の花火見学の計画は丸つぶれになる。しかし、備吾は何度ももう見飽きているので軽く頷いた。
「いいだろう」
「……実は。花火をここで上げたいんです」
「花火を?」
なるほど、だから火が必要なのかと合点する。
「今年亡くなった妻との約束だったのです。元気になったら若い頃のように打ち上げ花火を自分たちで上げようと。ただ、約束が果たされないまま彼女は……」
「そうか」
「彼女はね。病気がちでしたが、とてもパワフルな人でしたよ。いつも、どこに旅に行こうと私を引っ張り出すのも彼女でしたし、いつも笑顔で周りを笑わせてくれました。そんな人の最後の願いだったのです。彼女は花火大会を見るより、騒ぎながら自分たちで打ち上げる花火が好きでした。なぜだかは、結局は教えてもらえませんでしたが」
立てこもっている人物は、一度ふうと息をつく。
「今日、隣町で花火大会があると聞きましてね。居てもたってもいられなくなって、花火をたくさん買い込んだのです。そして、たまたまここの屋上の話を聞いて、つい……。申し訳ない。その上、忘れていた火種さえ用意してもらうなんて。なんとお礼を言っていいか」
「……いや。話が聞けただけで十分だ。あいつらも野暮なことは言わない。あんたの邪魔はしないさ」
しばらく待つとチャッカマンを買って来た怜雄が戻って来た。それをドアの隙間から差し入れる。
「いいんですが、備吾さん」
「ああ。部屋に戻るぞ」
後ろを気にしつつも怜雄は黙ってついてきた。住居スペースに戻ると、待っていた仁良に事情を説明する。
「そうか。なら、今日は中止にするか。俺たちはまた来年だな」
手の込んだ準備をしていた仁良だったが、事情を聞くと軽く頷いた。怜雄に鈴華に言付けるように頼んで、あとは明日になるのを待つだけだ。もしも巻き戻ったら、今度は屋上に乗り込むことにしよう。
焼いたバケットと作ったソースを仁良は、三人に持たせるように瓶や紙に包んで分けている。そろそろ、フラワーショップりんも閉店の時間だ。
――と、時計を見たときだ。
ドンドンドンッ
大きな破裂音が響いた。
「な……」
「え、これって」
備吾も仁良も揃って天井を見上げる。もちろん、天井が見えるだけだ。だが、音は次々と鳴り続けている。
すぐに玄関に向かった。玄関を出ると仁良は階段を上がろうとする。その肩を備吾は掴む。
「ちょっと待て! これ、言っていた通りだろうが!」
「そ、それもそうだな」
さすがのお人よしの仁良も慌てたらしい。屋上に乗り込むなら、外から確認してからでも遅くはないのだ。二人で競うように雑居ビルの階段を駆け下りていく。
外に出ると、雑居ビルの周りには人が足を止めていた。皆、天を大きく仰いでいる。その中には、鈴華と水木と怜雄の姿もあった。
備吾と仁良も音につられて顔を上げる。
ドンッ
地響きのように揺れるような音ではないが、消して小さな音ではない。火花は薄暗い空に拡散している。色とりどりとはいかないが、ビルの屋上をはみ出て咲く大きな花火が上がっていた。
「すごいわね」
「綺麗ですね!」
鈴華と水木は瞳を輝かしている。備吾は思わず苦笑いした。
「死者を偲ぶって感じではないな」
随分と花火を買い込んでいたようだ。花火はその後も数十分続く。
どう考えても、立てこもっていた気弱な男とは正反対の行動だ。その男が好いた女の性格を物語っているようだった。
「ん? なんだ?」
後日、家の前に大玉のスイカが置かれていた。送り主は聞くまでもなかった。




