52. 巻き戻り一回目 PM3:13
午後三時三十三分。
そろそろ様子だけ見ておくか。部屋のベッドに腰かけて本を読んでいた備吾は、マットレスの脇に置かれている目覚まし時計を見て思った。
部屋を出ると、すぐにスンと鼻で息を吸う。芳醇な香りが部屋に満ちていた。
「……なにしているんだ?」
キッチンで大鍋に向き合っている仁良の背中に声を掛ける。
「ああ。牛タンシチューを作っているんだ! 今日は花火を見ながら豪華ディナーだぞ」
仁良は知らない。そんな大層な料理を作っても、上がる花火はとても小さいのだ。ロマンチックの欠片もない屋上で食べるような料理ではない。
「そうかよ。良かったな」
出来上がってしまった料理よりも、立てこもり犯だ。備吾は玄関へと向かう。
雑居ビルの屋上へ続く階段を上がっていく。しかし、どうやって解決させようかと考える。立てこもり犯は仁良の呼びかけによって、出て行ったのだ。それなのに巻き戻っている。
とりあえずは、本人の目的を聞くべきだろう。仁良ごときの説得に応じるような人間だ。同じようなお人よしである可能性は高い。要望を聞いて、可能ならば応じることも考えなくもない。案外、すんなり巻き戻りも解かれるだろう。
そんなことを考えながら、屋上のドアノブに手をかけて押す。
「ふん」
ドアはあっさりと開いた。まだ、立てこもりは起きていないようだ。
置いてある簡易イスを入口の影に置いて座る。死角だから犯人が入ってきたら、すぐに取り押さえよう。
午後三時五十二分。
目を閉じていた備吾は、階段を上って来る足音で目を開ける。立てこもり犯に違いない。備吾は立ち上がって物影に隠れた。
そして、現れた人物を背後から羽交い絞めにした。
「捕まえたぞ! 逃がさねぇからな!」
立てこもり犯は暴れるかと思ったが、案外大人しくしている。
「なんだよ、備吾。何の遊びだよ」
そこには見知らぬ男ではなく、くせ毛の自分より少し背の高い男、仁良がいた。立てこもり犯ではなく、仁良を羽交い絞めにしていたのだ。備吾はすぐに解放する。
「……なんだ、仁良か」
「なんだって、備吾が勝手にくっついてきたんだろ」
呑気な言い方に頭が痛くなる。しかし、この仁良は何も知らないのだからしょうがない。
「くっついてきたは止めろ。どこのカップルのじゃれ合いだよ。お前こそ、ここに何しに来たんだよ」
「いや、洗濯物を回収しに」
仁良は奥の洗濯物干しの方へと向かう。仁良の背中を見ながら、備吾は何かがおかしいと思う。おそらく、仁良が洗濯物を取り込みに来ると同時に立てこもりが発覚したのだろう。だが、今この場に立てこもり犯はいない。
「どういうことだ……」
とりあえず、仁良が居なくなっても、備吾は屋上に居続けた。立てこもり犯はやはり来なかった。




