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怪物たちの再三たる事件簿  作者: 白川ちさと
占有の迷走編

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46. 巻き戻り二回目


「さて」


 備吾は再びバスに乗り込む。一通りの報復を行って気は済んだ。問題はこのバスの乗客乗員、そしてバスジャック犯、全員をどうやって救出するかだ。死人が一人でも出れば、神は自分を解放してくれないだろう。


 後ろからくせのある髪を少し濡らした仁良が乗り込んでくる。


「あ。備吾」


「よお。先入れよ」


 備吾はまだカードを通していない。じゃあと言って、仁良がカードをかざして先にバスの奥へと入っていく。巻き戻り前と同じ後ろの二人掛けの席に座った。備吾もカードをかざすと、同じように奥に行くが一緒には座らず、隣の二人掛けの席に座る。


「隣に座れよ。まだ人が乗って来るだろ」


 そう言って、仁良は隣の座席をポンポンと叩く。やれやれそれどころではないのにと頬杖をつきながら、備吾は言う。


「もし大勢乗ってきたら、そっちに座るさ」


 実際に乗って来るのはバスジャック犯だがという言葉はもちろん言わないでおく。二人が乗って来るのは四つ先のバス停だ。まだ、落ち着いて作戦を練る時間はある。根津から電話がかかって来るので、音を切っておく。


 まず乗り込んできたバスジャック犯は二手に分かれた。乗客を銃で脅す役と運転手を脅してバスを乗っ取る役だ。


 ふと、バスの運転とはそう簡単にこなせるものだろうかと疑問に思う。バスの運転自体はアクセルとブレーキ、ハンドル操作自体は一般車両とそう変わらないだろう。


 だが、一般車両とは明確に大きさが違う。素人がどこにもぶつからずに右折や左折が一発で出来るとは思えない。巻き戻る前を思い出してみるが、スムーズに曲がっていた。


 おそらく、バスの運転手か大きなトラックなどの大型車両を日頃運転しているのだろう。だから心中をするのにバスを選んだとも考えられる。


 もうひとつ気になるのは、乗客に身の上話をさせたことだ。仁良と今も後部ドア近くに座る熊坂実花に話をさせた。あれは彼らにとって必要だったのだろうか。


 しかし、もし覚悟が揺らぐような話をされたら、バスジャックをした意味がない。それとも、巻き込む乗客たちの話を聞いておくべきだと思ったのだろうか。


 考え込んでいる内に、例のバス停にやって来た。黒いレインコートに身を包んだバスジャック犯たちが乗り込んでくる。


「全員、動くな」


 銃が乗客たちに突きつけられると同時に悲鳴が上がった。運転席では運転手がナイフで脅されている。運転手が追い出されて、地獄へのドライブが始まった。


 横の席で仁良が前の席で隠すようにスマホを操作している。


「おい。止めておけ、見つかるぞ」


 こちらにスマホの画面を見せて来る前に、小声で忠告しておく。


「大丈夫。……もう終わった。いつ来るかは分からないけれど助けを呼んでおいた」


 仁良の顔は安堵の色が見えるが、警察の助けが来るような時間の余裕はない。


「いや、そうか……」


 備吾はひとりごちる。つまり、警察が来るまで時間稼ぎをすればいいのだ。そうすればバスジャック犯は捕まり、乗客たちも無事に解放される。全員無事なら神も文句を言うまい。


 ――それならば。備吾は影から足を伸ばし、バスのブレーキを一瞬踏みつけた。


「!? なんだ!」


 バスはガタリと揺れ、運転しているバスジャック犯が声を上げる。銃を持っている方の視線が前方に向く。その隙をついて、備吾は仁良に話しかける。


「おい。スマホを貸してくれ」


 なぜかは聞かずに仁良は素早く渡した。備吾はメッセージを付け足す。おそらくバスは大橋の方へ向かっている。そこに待ち伏せしているのが確実だろう、と。


 バスジャック犯は銃を持ったまま、近づいてきた。スマホは返さずに持っていることにする。


「あんた、名前は」


 銃口を突き付けられたのは備吾だ。


「……五島咲夜」


 苗字を言わないと納得しないかと思い、面倒なのでペンネームで答えておいた。無名と言っていいので誰も反応はしない。


「年齢は?」


「二十五」


 本当の年齢はもう数えていなかった。


「職業は?」


「作家」


「ペンネームは?」


「……五島咲夜」


 備吾は端的に答えていく。足止めをしなければならないが、質問をしてくる方を足止めしても意味がない。備吾は影に足を潜めて、故障しているように見せかけてブレーキを踏んでいた。


 当然バスは思うように動かない。後ろからクラクションを鳴らされることさえある。


 バスジャック犯は焦れたのか、備吾の尋問を止めて前へ向かう。


「どうしたのですか? 運転出来ないとは言いませんよね」


「い、いや。この車体がたまたま整備不良みたいだ。だが、進まないわけじゃない」


 備吾はやり取りを聞いていて、何かを想起した。


「……そうか。夫婦なんだ」


 少し苛立ち気味に夫を責める妻の言動そのものだ。昔、ニューヨークのアパートで隣に住む夫婦がこんな雰囲気だった。普段は夫を立てるが何かトラブルがあると針で突くように言葉で責める。それに心中する仲というと、誰でもいいとは限らない。


「じゃあ、次は」


 バスジャック犯は銃を持って振り返る。その手にはナイフもあった。


「お前だ」


 熊坂実花の頬にナイフを添わせる。最初に聞いたように質問を繰り返し、熊坂実花も答えた。


「な! なんだ!?」


 バスが悲鳴を上げながら急ブレーキをかける。立ったままだったバスジャック犯は銃を取り落として、床に身体を打ち付けた。


「ッ! どうして……」


 備吾は窓の外に目を凝らす。大粒の雨が降る中、大橋の前には警察車両が並んでいた。どうやら、間に合ったようだ。


「や、やったな。備吾!」


 仁良は小声で遠慮がちに喜んだ。さすがにこれはチェックメイトだろうと、備吾の声も弾む。


「ああ。これで全員無事だ」


 今のうちにスマホを返しておく。バスジャック犯は逃げるだろうか。バスを反転させれば、パトカーも追いきれないかもしれない。もちろん備吾は阻止するが、捕まったら心中も何もないだろう。


 しかし、バスは止まったまま動かない。


「どうやって先回りしたかは分からないが、捕まるしかないようだ」


「そうですね、あなた」


 バスジャック犯二人はレインコートのフードとマスクを外した。その姿に乗客たちは唖然とする。顔面に年輪のようにしわの寄った年老いた老夫婦だった。とても、バスジャックをするような人間には見えないほど身体つきは弱弱しい。それでも、元々捕まる覚悟も出来ているかのように見えた。


 バスの前方のドアが開くと同時に、備吾の前で一人の女性が立ちあがる。


「どうして!?」


 誰かと思えば熊坂実花だ。何がどうしてだろうかと思っていたが、バスジャックをしていた老夫婦が答える。


「それは、お前が一番よく分かっているだろう」


「もう子供じゃないんだ。一人で頑張りなさい」


 老夫婦の顔から覚悟の色が消えて、疲労の色を濃く落とした。どう考えても、子供に言いつけるような言い方だ。つまりバスジャック犯たちは熊坂実花の両親に違いない。


 巻き戻りごとに熊坂実花に質問を重ねていた。彼女の乗るバスをジャックしたのも偶然ではない。熊坂実花は両親に頼まれて実家に料理を届けに行くところだと言っていた。メッセージでいつバスに乗ったか報告させれば、ジャックするバスを間違うこともないだろう。


 つまり、夫婦でのバスを使っての心中ではなく、子供も巻き込んでの心中だったのだ。


 熊坂夫妻は、濡れるのもいとわずに警察の元へ向かう。備吾は転がっている銃を拾いあげた。よく出来たおもちゃだ。


「皆さん、もう大丈夫です」


 警察が開いている前のドアから顔を出す。乗客たちは促されて外に出ていく。


「備吾、俺たちも行こう」


「ああ」


 事件は解決した。乗客も無事で、バスジャック犯の熊坂夫妻も捕まった。雨の中、警察官が傘をさして備吾がバスから出て来るのを待っている。


 短い階段を降りていく。そして、一歩外に出たと同時にバスの中に舞い戻った。




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