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怪物たちの再三たる事件簿  作者: 白川ちさと
占有の迷走編

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43/72

43. 大雨の降る日



 その日は、車が路肩で水しぶきをあげるような大雨が降っていた。こんな日は絶対に出かけたくない。家でゴロゴロしているに限る。


 だが、滅多に入っていない約束が前々から入っていた。出版された五島咲夜こと、備吾が書いた新刊にサインをしなければならない。せいぜい数十冊程度なので家に配達して送り返してもいいと言われていたが、そちらの方が面倒だと断っていた。


 当日、雨が降ると知っていたなら、間違いなく逆にしていたのに。


 駅に向かって傘をさして歩く。履き古したスニーカーは既に水が染み込んできていた。


「あ?」


 目の前から、知っている人物が歩いて来る。


「よう。怜雄、お前何してんだ。学校は?」


 よく駅で見かける高校の制服を着ている怜雄だ。相変わらず存在感が薄く、足音をも立てていなかっただろう。自分でもよく気付いたものだと思うほどだ。制服のスラックスが雨に濡れて、色が変わっていた。


 まだ、朝の九時過ぎだ。学校が終わるには早すぎる。


「備吾さん。えっと、いつもの電車が止まっていて。復旧のめどもつかないから、学校は休んで良いことになったんです」


「学生はいいな……」


 学校は積極的に休めと言っているだろう。備吾も延期してもいいが、発売日には間に合わない。どこにサインを置くかというと、無名の備吾の本を気に入って多く仕入れてくれている書店だ。雨が強いからと無下にするほど、備吾も鬼ではなかった。


「俺は今からバスで仕事だ」


「……備吾さんって、仕事は何をしているんですか?」


 怜雄の質問に備吾は黙る。作家だということを明かしてもいいが、どんな本を出しているかなど聞かれて長話になっても困る。この雨だ。さっさと目的地の出版社に行こう。


「秘密だ。そのうち、正解を当ててみな」


「はあ……」


 怜雄に背を向けて、バス停に向かう。ちょうど、タイミングよくバスがやって来た。雨脚に押されるように傘を閉じる。カードをかざして、乗り込んだ。


『お足元にお気を付けてお乗りください』


 無機質な音声が備吾を迎える。持っている傘からしずくが滴り落ちて、バスの床を濡らした。

通勤時間からはずれているからだろう。バス車内は空いている。三人ほどしか乗っていなかった。後ろの席のへと向かう。


 ブーとブザー音を鳴らして、バスのドアが閉まろうとしているときだ。


「待ってください!」


 駆け込みで、誰かが後から乗って来た。


「あ。備吾」


「なんだ、仁良か」


 偶然一緒にバスに乗ったのが誰だろうと構わないが、同居人と乗ることなどない。


「こんな日に出かけるなんて珍しいな」


 自分もそんなときもあると言おうとしたが、ジッと運転手がこちらを見ている。奥に行きながら軽く「まあな」と短く返した。


「……ちょっと待て。なんで隣に座るんだよ」


 備吾が二人掛けの席座ると、さも当然のように隣に仁良が座った。他にも空いている席があるというのにだ。


「傘も濡れているし邪魔だろうが」


「でも、これから席が埋まるかもしれないだろ」


「誰も乗って来ねーよ」


 誰も乗って来ないは言い過ぎだろうが、バスの全部の席が埋まることはないだろう。


 そうこうしている間に、バスは走り出した。








 窓に叩きつける雨で外を見ても、流れる水滴で景色は歪んでいる。それでも、備吾は頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めていた。道は空いているようで、バスは路面を擦れる音を立てながら順調に進んで行く。


 三つか、四つ。バス停を過ぎた頃だろうか。バス停で待っている人がいたのだろう。ゆっくりと停車した。


 ブザー音と共に前のドアが開いた。水音を立てて、バスに乗って来る気配がする。


「お、おい……」


 備吾は見ていなかった。しかし、仁良が備吾の肩を焦ったように何度も叩く。


「んだよ」


 声を出さないように人差し指を口元に当ててから、その指で前をさした。備吾は指先を追う。


 まず目に着いたのは白いマスクだ。バスの中央に立っているその人物――、それほど身長はないだろう――は、薄暗い車内で、黒が際立っている。黒いズボンに黒いレインコートを着ていた。フードを被ったままで、サングラスまでしてれば顔は判別できない。


 そんな人物がこちらに向けて、黒く光る銃口を向けていた。


「全員、動くな」


 こもった低い声がする。車内にいた人間は、備吾以外全員身をこわばらせた。ひきつった悲鳴を上げた女性もいる。


 よく見たら、全身黒い人物は一人ではない。もう一人、銃口を突き付けている人物の後ろに全身黒い服を着た人物がいる。


 少し仁良の方に身を寄せる。前の席に座る男性の影から、ナイフが運転手に突き付けられているのが見えた。程なくすると、運転手が冷汗をかきながら運転席から出て来る。そしてナイフを突きつけていた方が、運転席に座る。


 間違いない。バスジャックだ。誰もが無言のままバスが出発する。



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