39. 巻き戻り一回目。四日目
巻き戻り一回目の四日目。
この日もボヤの後が発見された。いつ燃やされたかは分からないが、半分焼けている漫画雑誌の残骸が雑木林から発見されたのだ。やはり、仁良や消防団員たちは難しい顔をしていた。
「こんなところで」
「枯れ葉に燃え移れば、山火事になるぞ」
ただ、よく見ると紙がふやけた跡がある。備吾は漫画雑誌をつまんで持ち上げた。
「濡れてはいないな。元々水を用意していたか。ただの雨か、朝露か」
「まだ、前者なら消す意思があるということだろうか」
「だが、消せばいいという問題じゃないだろ」
人間は炎を自在に扱い、文明を築いてきた。炎失くしては、鉄も加工出来ない。ビル一つとっても、炎の恩恵に違いなかった。とはいえ、炎を完全に支配しているわけではない。
「知っているか。ライターの起源。ライターは最初銃身のない銃の形をしていたんだ。弾をぶっ放すための火薬。それに引火させるために火花を出すだろ。その仕組みを利用してライターは作られた。つまり、普段使われているライターも、銃の眷属みたいなもんなんだな」
どんな大きな炎であろうとも、全ての火種はごく小さなものだ。
「銃と同様、どんなに小さな炎であっても人を殺すには十分な力がある」
備吾は振り返って落ちていたマッチの残骸を見せた。消防団員たちがしっかりと頷く。小さな炎の恐ろしさを知っているからこそ、彼らは早い段階から仁良に協力を仰いだのだろう。
今夜未明、木造アパートで火事が起きる。そして、午後五時五十二分。月野伎がいつもの赤いワンピースでアパートから出て来た。特に変わった様子は見られない。
問題は帰ってきた直後だ。
「あれ? どうした?」
午前ゼロ時三十二分。家を出ようとしていると、起きて来た仁良に呼び止められる。仁良も連日のボヤ騒ぎで覚醒して眠れないのだろう。
「見回りに行ってくる」
「俺も行こうか。いや、いい。一人の方が調子もいい」
「そうか?」
今夜、仁良が火事に翻弄されることもないだろう。病院送りになることもない。
「行ってくる」
歩いて二分の裏の木造アパートの塀に背中を預けて月野伎を待つ。
ほどなくして彼女はやって来た。さすがにこの時間では疲れた様子で、下を向いて歩いている。
「月野伎だな」
備吾は暗闇の中から街灯が照らす場所に歩を進めた。
「……誰?」
形のいい眉をゆがませて、いぶかしむ月野伎。
初対面の男が深夜に待ち伏せをして名前を呼ぶのだから、警戒するのが正常な反応だ。肩にかけていたバッグの持ち手を両手で握りしめる。
「心当たりはあるな。この町で起きているボヤのことだ」
月野伎はハッと息を飲む。この反応は間違いではなさそうだ。
「理由が何かは知らないが、まあ、日頃の憂さを放火で晴らそうって奴もいる。まだ、ボヤで済んでいる内はいいが」
「火が……」
ぼんやりと月野伎がつぶやく。
「おい。話は終わってない」
「火が燃えている……」
この女、ついにおかしくなったかと思った。だが、備吾の方を見ていない。呆然と斜め上の方、つまりアパートの二階を見ていた。
さすがに夜に自分から逃げきることは出来ない。備吾も同じく顔を上げて二階を見た。
「な……」
アパートの二階からは煙と炎が上がっている。備吾は炎と月野伎を交互に見る。そして、舌打ちを小さくした。どうやら、アパートの火事の原因は月野伎ではないようだ。まさか、ボヤとアパートの火事には関連性はないのか。そんなはずはない。
だが、考えている暇はなかった。まだ、火の勢いは弱い。今のうちに、住人を全員避難させれば、巻き戻りも起こらない可能性もある。
呆然としている月野伎に背を向けて走り出す。一階のドアを順番に叩いていく。
「起きろ! 二階が火事だ!」
何事かと顔を出す住民もいるから、放っておいても避難するだろう。問題は一番奥のばあさんの部屋だが、影に手を忍ばせて鍵だけ開けておいた。あとは他の住人か仁良が連れていくだろう。
二階も同様に部屋を叩いて回る。一番奥の部屋は月野伎の部屋だ。そこからは、すでに窓が割れ、炎が吹き出ていた。ということは、火をつけたわけではなく、自然発火だ。コンセントに埃が溜まっていて、火が付いたのかもしれない。それぐらいしか原因は思いつかない。
とにかく、部屋の住人を次々に叩き起こして避難させた。途中で仁良も加わる。じきに消防車も来るだろう。
「これで全員か!?」
怒鳴るように聞くと、爺さんが頷く。誰も煙も吸っていないように見えた。ただ、月野伎だけがアスファルトの地面に座り込んで一点を見つめている。
家が燃えてその火元が自分の部屋なら、茫然自失となっても無理がない。
だが、人命ほど大事なものはないのだ。
「お疲れ、備吾。よく頑張ったな」
仁良も労ってくれている。ボヤのことは気になるが、これで巻き戻りも終わるだろう。
「疲れた。先に戻る」
備吾はフラフラと雑居ビルに戻っていく。自室に戻ると、煤だらけの身体のまま、マットレスの上に倒れ込んだ。
「これで、……やっと……」
重たいまぶたが閉じていく。しかし、備吾は知らなかった。
――焼けたアパートから一人の遺体が出て来たことを。
「ふごっ!」
急に世界が反転して、息を詰まらせた。なぜか逆さまになっているので、起き上がって周りを見回す。
「ここは……、事務所か」
小椋探偵事務所だ。移動した覚えなどないのだから、また巻き戻ったのだろう。
「全員、助けたってのに。やっぱボヤの方をどうにかしないといけないのか」
コキコキと首を鳴らす。そうなると、確認すべきことがある。
そのまま、事務所を出たフラワーショップりんにも、仁良がいるであろう小学校にもいかない。雑木林だ。
「まだ、ないか」
半分燃やされた漫画雑誌はまだない。ということは、これから四日後の間に犯人がやって来て燃やしたに違いなかった。




