28. 偽りの真贋
三回目の巻き戻りといえども、二週間ある。総じて、備吾はのんびりと過ごす。
昼寝や読書を楽しみ、深夜まで猫のココちゃんを捕まえるために奮闘する仁良の報告を聞く。途中、壺を割ってしまったという報告も。
猫のココちゃんを捕まえた場面には立ち会わなかった。ただ、フラワーショップりんで働いている室谷の頬に大きな絆創膏が貼られていることだけを確認する。
仁良が鈴華と室谷の仲が良いと沈んでいる。思えば、これはわざとだったのだろう。
そして、コンビニ強盗が行われる六月十四日が訪れた。
午前九時二十三分。
フラワーショップりんは、鈴華が仕入れに出ているようで、室谷ひとりが店に立っていた。
「よお」
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
完璧な営業スマイルを向けられて、はてと不思議に思う。
「ああ。そうか。初めましてか」
思えばこの二週間、特別な用以外、買い物以外は外に出なかった。当然、買い物の中に花があるはずもない。
「俺は備吾。このビルの三階に住んでいる」
「あなたが備吾さんですか! 仁良さんから聞いていますよ」
室谷は人好きのする笑みを浮かべた。この調子で近づいて来られたら、きっと大概の人が心を許してしまうだろう。
「俺は仲良くするつもりはない。もうすぐ、お別れだからな。一つ教えてやる。今から警察がここにやって来る」
はっきり言うと、室谷は眉を寄せた。ただ、まだ備吾の言うことを信じていないようだ。
「警察? 何かお世話になるようなことはないですけれど。万引きされた覚えもありませんし」
「そりゃ、しらばっくれるか。だが、大原と峯崎。彼らが今日警察に相談しに行った。俺は警察が来るまでの、お前の引き留め役だ」
「……あいつら。クズ教師と負け犬が」
大原は高校教師であり、峯崎はIT社長だった。
コンビニ強盗として二人が捕まったとき、警察に訴えていた。自分たちは室谷にそそのかされた、こんなことしなければ良かったと。
備吾はこの二週間、何度か二人に接触していた。彼らのメンタルは非常にもろくなっていた。通りで室谷にそそのかされるはずだ。
大原はギャンブルにはまって、多額の借金をしていた。とても、高校教師の給料で返済できるような金額ではない。峯崎はIT会社を立ち上げたものの、軌道に乗らず、最初の虚勢を張ったまま引くに引けない状況になっていた。
二人とも金が必要だった上に、精神的に追い詰められていた。追い詰めていた原因のひとつに室谷という存在もある。金が必要なら一緒に強盗をしようと執拗に誘っていたのだ。他に当てはないだろう。家族にはなんと言うのだと繰り返し言われていたら、当然判断も狂ってくる。
それを正常に戻していくのは骨が折れたが、最後には二人も備吾に味方する。
「お前、証拠が残らないよう、二人をフラワーショップりんに来させて、直接計画を伝えていただろう。だが、二人は音声データとして、録音している。その上、先月のコンビニ強盗の殺人未遂の件も自分の仕業だと証言させた。つまり、捕まるのはお前だけだ、室谷」
室谷は持っていた白いダリアを握りつぶす。そのまま、備吾に投げて来た。
「こんなもんで……、!」
室谷は無言で、ポケットから瓶を取り出した。
「常に持ち歩いていやがったか!」
コンビニで被った硫酸だ。すぐに回復するが、そう何度も食らいたくはない。備吾は背後に素早く回り、腕を捻り上げた。そのまま、地面に押し倒す。
「くそ! 止めろ! 不当な暴力だ、これは!」
性懲りもなく、叫び散らす室谷。そのうちに騒ぎを聞きつけたのか、仁良がやってきた。
「ど、どうしたんだ」
「仁良さん助けてください! この人がいきなり襲いかかって来たんです!」
諦めの悪いやつだ。備吾はあごで、転がって中身がこぼれている瓶を指す。
「それ、硫酸だから触るなよ」
「え! 本当か!?」
仁良は瓶を避けるように歩いて来る。
「助けてください!」
「どうしたんだ、備吾。彼が何をしたんだ?」
「いま、警察が来る。それまで待て」
「仁良さん!」
最後のあがきとばかりに室谷は声を張り上げた。
「少しの辛抱だよ、室谷くん。備吾だって、好きでこんなことやる人間じゃないからね」
確かに好きで男の背中に乗る趣味はない。仁良もお人良しと言えども、その辺の道理は分かっているのだ。程なくして警察がやって来て、全てが明るみに出た。
六月十七日。午前七時十一分。
朝食の席で、仁良は新聞をめくる。
「事件のこと書かれているな。鈴華さん、大丈夫かな。こんなことで店が注目されて」
「水木も付いているし、名前は伏せられている。大丈夫だろ」
事件のことは大きく取りざされていた。
まず、室谷が先月のコンビニ強盗殺人未遂事件の犯人であることが大きく書かれている。しかし、犯人の名前は室谷ではない。芦谷だ。室谷光というのは偽名であった。
さらに、アルバイト先で新たなコンビニ強盗を企てていたこと。二人を脅して強盗に協力させようとしていたことも書かれている。その上、逃亡を図る際に用意していた荷物の中には大量のマスクも発見された。
自分だけが特殊マスクを付けていたのは、最初から二人を裏切るつもりだったのではないだろうか。その上、名前だけではなく、経歴も何もかも虚偽のものであった。海外の渡航歴も一切なかった。以前、どのような生活をしていたかも一切不明である。
備吾はトーストをひと口かじり、ひとりごちる。
「歪んだ変身願望でもあったのかね」
強盗で金を得ることよりも、人を傷つけ騙すことに喜びを得ているように思える。
室谷だった青年は全く違う人間になろうとしていた。だが、その先にどんな自分が見えるのだろう。人間は別人になりたくとも、自分という骨格から逸脱することは出来ない。
「だけど、何も俺でなくてもいいだろうに」
仁良の吐露に備吾は黙る。出会ってからずっと思っていたが、この男不運の星に生まれつきすぎている。いくら人一人の不運と言っても、限度があるだろう。
新聞を畳んで仁良は、立ち上がる。
「さて。今日はスーツを着ないとな」
「ん? 何かあったか?」
いつもラフな格好をしていないとはいえ、スーツを着る機会はこの探偵にはそうそう存在しない。仁良は照れた顔で説明してくる。
「ああ。なんか表彰されることになって」
「表彰?」
「この前、壺を割っただろ。骨董屋に賠償のお金を持っていったら、他にもおばあさんが同じように物を壊してしまったからってお金を持って来ていたんだ。それも二千万も。さすがに高すぎるから勘弁してやって欲しいと言ったんだけど、骨董屋の人は譲らなくて。それを昨日たまたま警察の人に会ったから相談したら、どうやら詐欺を繰り返していたみたいなんだ。骨董屋の人は捕まったから、通報したお礼と詐欺を未然に防いだことの表彰らしい」
「……へえ」
どうやら不運だけではないらしい。しかし、お年寄りばかりを狙った詐欺だろうに、ターゲットにされるなど間が抜けているにもほどがある。しかも、ギリギリ払える金額にまけられたに違いない。
かくして、騙されて弁償されていた壺は仁良にとって幸せの壺となったのであった。
偽りの真贋編 完




