25. 巻き戻り一回目 猫探し
仁良は室谷のエプロン姿を見て、目を瞬かせている。
備吾の場合、室谷との初対面はどうとも思わなかったが、仁良の場合はどうだったのだろう。やはりなぜ女ではなく男を雇ったのだろうと疑問に思っているのだろうか。
備吾の思惑とは裏腹に、仁良はすぐに笑顔を浮かべた。
「そうですか! よろしくお願いします、室谷くん!」
「こちらこそよろしくです。仁良さん、備吾さん」
このときは特に気にした様子も見せず、二人軽めの挨拶を交わす。
にこやかに手を上げて、その場を去る仁良。二人で猫用の罠を持ち、住宅街を歩く。
「さて、ココちゃんを探しにまずは公園に行ってみよう」
「なあ。普通、猫を捕まえるのに何日くらいかかる?」
実際のところ、巻き戻る前の二週間のうちに探している猫は見つかったのだろうか。
そうだなと仁良は宙を見上げる。
「運がよければ二、三日。どれだけ探しても出てこないこともあるから、十日間って期限をつけて探すことにしているよ。申し訳ないけど、他の人を当たってくださいってね」
それを聞いてげんなりした。このところ、忙しくしていると思えば猫探しに翻弄していたわけだ。
「それに、とりあえず居そうな場所を探ってみるけれど、夜の方が活発に動くから見つけやすいんだ」
道理で、この二週間夕食は作り置きが多かった。ただ、仁良が不在のときはたまにあり、備吾は全く気にもしていなかった。
小雨が降る中、公園にたどり着いた。ベンチに猫用の罠を置いて一息つく。
「で、どこに罠を仕掛けるんだ」
「ああ。ここは許可がないと置けないんだ」
「は?」
てっきり罠を設置するために、公園に来たのだと思っていた。土もぬかるんでいるし、服も少し濡れたし、最悪だ。
「ココちゃーん。出ておいでー」
仁良は手や袖が濡れることもいとわず、茂みをかき分けてのぞき込んでいた。
「……いないみたいだな。ココちゃんの家はこの近くだ。だから、この公園を拠点にしている可能性が高い。どこか近くのビルや路地に罠を置こう」
結局、駐車場と住宅の間に、家の人の許可をもらって置くことになった。雨に当たらなないよう囲いをし、中にはおもちゃとペースト状のエサを置く。
「なあ、これだと他の野良猫も捕まらないか?」
「ああ。そうだよ。だから、夜に見に来て確認するんだ。野良猫だったら、早く出してあげないと可哀そうだからな」
この様子だと、今までも夜中に罠を見に来てはそのたびに猫を逃がしていたに違いなかった。思えばなぜか仁良は野良猫に懐かれやすいと思っていたが、このせいなのかもしれない。捕まりさえしなければ、エサをやっているようなものだ。
「どうする? 備吾と一時間おきぐらいに見に来るか?」
「いや、毎回お前と一緒に見に来る」
「……来るという割に嫌そうな顔だな」
夜の方が備吾の調子がいいとはいえ、正直目的が猫の罠を見に来ることではやる気など出るはずもない。そもそも本来の目的は仁良に異変がないかの見張りだ。
「早く捕まるといいな」
「そうだな」
仁良は猫の話だと思ったようだが、備吾は強盗犯のことを指していた。
午後八時十五分。猫の罠に行くこと一回目。
野良の三毛猫が一匹。逃がす際に仁良が手を引っかかれる。
午後九時二十五分。猫の罠に行くこと二回目。
何も入っていない。
午後十時三十分。猫の罠に行くこと三回目。
野良の白猫が一匹。仁良に懐いている明らかに常習犯だ。
「よく考えたら、俺が行く意味あるのか?」
三回目の帰り道にふとつぶやく備吾。よくよく考えてみると、仁良が夜中留守にしていたのは一日、二日の話ではない。
「自分が来たいと言ったんじゃないか。でも、まあ二人である必要はない。ココちゃんが見つかったら連絡するでいいか」
「いや……」
あごに指を当てて考える。正直、何日も待つのは面倒だ。
それに猫を捕まえるところから、どこをどうしたかは知らないが、このままいくと仁良は逮捕される未来が待っている。
備吾は仁良に背を向けて、手を軽く上げた。
「俺は俺で探してくる」
「ああ、ありがとうな。備吾」
礼を言われるようなことではない。備吾は待つことが面倒だと思ったから、行動に移すことにしただけだ。
仁良が見えなくなったことを確認して、備吾は立ち止まる。昼間降っていた雨は上がっていたが、まだ地面は濡れていた。
耳を澄ます。雨の雫が雨どいから落ちる音がする。三軒隣の住宅で映画を観ている音が聞こえる。駅の向こうで電車が汽笛を鳴らす音がする。
人ならざる聴覚で一つの町全体の音という音を拾っていく。
「……いる。近くから潰していくか」
影の中に潜った。夜なのでほとんどが闇なので、昼間よりも動きやすい。
違う。違う。違う。――いた。
猫のココちゃんは空き地に居た。野良猫に囲まれて、威嚇されている。影から出て来た備吾は、目だけで威圧した。野良猫たちは散り散りに退散していく。
「黒と白の靴下。お前だな」
すっかり怯え切った猫のココちゃんを抱き上げた。備吾の腕の中で硬直しているが、逃げなければ問題ない。影の中を移動してもいいが、それほど公園から離れていない。ココちゃんを抱いたまま、歩いて向かった。
「あれ? まさか捕まえたのか、備吾!」
仁良が備吾の姿を見つけると、駆け込んできた。怖がっていたココちゃんは仁良の腕に逃げていく。
「どうやって捕まえたんだ?」
「たまたまさ。歩いていたら、野良猫たちに囲まれているところを見つけたんだ。だから、すっかり怯えているだろ」
「確かに。もう大丈夫だぞ、ココちゃん」
優しくなでられると、緊張を解いたように目を細める様子に少しイラっとした。だが、話が進めばそれでいい。
仁良と二人で飼い主の元へ届けに行く。深夜十二時をとっくに過ぎていたが、飼い主は大喜びでココちゃんを迎えた。
しかし、強盗と関連がありそうなことは起こらない。ただ、迷い猫探しという面倒な仕事は片付いた。これで落ち着いて仁良を見張ることが出来るだろう。
備吾はクタクタになりながら、布団の中に潜り込んだ。




