23. 巻き戻り一回目の六月二日
この日は、朝から雨が降っていた。カーテンを閉めていても、ザアザアと音が聞こえるほど強い雨だ。
音のせいで目が覚めてしまった。起き上がり、何か飲もうとキッチンへ向かう。備吾が冷蔵庫を開けると、そのドアの向こう側から声がする。
「おはよう、備吾。牛乳は昼飯に使うから飲まないでくれるか」
連行されたはずの仁良だ。一応、尋ねてみる。
「お前、なんでいるんだ」
「……なんでって、まだ朝だし。朝食を作らないといけないから」
どうやら、また巻き戻ってしまったようだ。
別に死んだわけでもないというのに神は慈悲深い。それにどう考えても犯人は仁良ではないのだから放っておけば良いものを、と頭の中で文句を垂れる。
どうしようかと入っていた野菜ジュースをコップに移しながら考える。
普通に考えたら仁良が連行されることを阻止し、真犯人を逮捕すれば、時間ももとのように流れるはずだ。
死を阻止するよりも簡単だ。コンビニ強盗現場に行き、犯人たちを片っ端から現行犯で捕まえればいい。のちの感謝状などは面倒だが、巻き戻って何度も奔走させられるよりも何倍もましだった。
しかし、その間、仁良が何かへまをしないようにしなければならない。防犯カメラに写り連行されたのは、おそらく何か仁良が余計なことをしたのだろう。
「なあ」
「なんだ? 朝食ならまだだぞ」
「ああ、今日はどう過ごすのか……、待て。何をしているんだ」
「なにって、いつものパン作りだけど。昨日のハンバーグの残りを挟んだ総菜パンにするつもりだけど」
この日警察に連行される予定のはずの仁良は、小麦粉を測りで計量していた。
何かに気づいて備吾は口元を押さえる。
「待て、待て。お前、その。落ち込んでいないのか」
「落ち込んで? ははっ! 何でもないのに何を落ち込む必要があるんだよ。この前、根津さんにコーヒーをおごってもらって機嫌がいいくらいなのに」
連行される前の日は、仁良は鈴華が室谷と仲がいいと朝から落ち込み、パン作りどころではなかったのだ。ところが、目の前の仁良は爽やかに笑っているではないか。
その事実に気づくと、備吾は自分の部屋に駆け込む。
どこにあるか分からないスマートフォンを探した。床に置いている書類や本をぶちまけながら、机の上にあることに気づく。そして、電源を入れた。
「あー……」
日付は六月二日。それは仁良が逮捕されるより、二週間近く前の日付だった。
巻き戻り一回目の六月二日。
この日の朝食の総菜パンは覚えている。朝からそこまで食欲は湧かないから昼に食べると言って、野菜ジュースだけを飲んでいたのだ。
既に野菜ジュースを飲んでしまった備吾は、とりあえずキッチンに戻る。ダイニングテーブルの席につき、仁良がパン生地を成形している様子を後ろから眺めた。
「なあ。聞いていいか」
「なんだ? まだ、パンは焼けないぞ」
「金に困っているのか?」
備吾の質問を聞くと仁良はパン生地を落としそうになる。おっとと言って、キャッチして態勢を立て直した。仁良は振り向くと苦笑しながら答える。
「そりゃ、儲かってはいないけれど毎日花を買う余裕はあるし、たまにコーヒーを飲みに行くぐらいの余裕はあるぞ」
「まあ、そうか」
頷きはするものの、人間というものは、いつどこで金が必要になるものかは分からない。奇妙なツボが部屋から出てきても、お人よしの人をすぐに信じる人良のことだから不思議ではなかった。
そもそも数は正確には覚えていないが、強盗は複数人いた。仁良が共に強盗をするほど密接に連絡を取っている相手はいない。それとも備吾が知らないだけなのだろうか。
テーブルに肘をつき、指を組む。ふーっと息を吐いた。
これから二週間。少しも時間を無駄には出来ない。
失敗すると再び二週間も巻き戻ってしまうだろう。それを何回も繰り返すなど、神の指示だろうが、誰に指示だろうが冗談ではなかった。
この最初の巻き戻りで決着をつける。それしか、選択肢はなかった。




