18. 巻き戻り三回目 その2
とにかく近づこうとするが、それを仁良が制する。
「仁良」
「備吾。いや、俺は元からこの店にいて」
「あ、ああ」
そのことは知っていたが頷いておいた。仁良はまずは動転している中年女性に近づいて、男性から剝ぎ取るように離れさせる。
「奥さん、落ち着いてください」
「きゅ、救急車を……」
了承しているように頷いて仁良は中年男性を席に寝かせた。
「マスター電話をしてください。そして、みなさん、その場を動かないでください。これは病気で倒れたわけではありません。毒を飲まされている」
店内で息を飲む音がした。さすがにお人よしの仁良でも、毒を飲まされたことぐらい分かるらしい。
「そんな!」
「私は小椋仁良。小さな探偵事務所をやっています。警察にも伝手があります。どうか不審な動きはしないように」
「誰が、毒なんて……。あなたたちね!」
そう睨みつけたのは、マスターと沖田だ。真っ先に疑うならコーヒーを作った人間か、運んだ人間だ。備吾も真っ先に疑った。
だが、仁良は頷かない。
「気を悪くしてもらいたくありませんが、一番疑わしいのはご婦人。あなたです。あなたが最も近くで、毒を仕込むタイミングが計れる。そして、動機も……」
確かにその通りだ。だが、それはこの巻き戻りの場合だけに限られる。
全てを知っているのは備吾だけだ。全員仁良の言うことに納得している様子だが、当然中年女性も黙ってはいない。金切り声でがなり立てた。
「そんなわけないでしょう! 私たちはこうやって休日も一緒に過ごす仲よ! 早く真犯人を捕まえなさいよ! 探偵なんでしょ、あなた!」
責め立てられた仁良は、あごに指を当てて思案する様子を見せる。
「では、こうしましょう。一度、みなさん持ち物検査をしてみましょう。毒を盛るのにも容器が必要なはずです。不自然な包みやビンなどないか調べるのです。もちろん、喫茶店内も見てみる。構いませんね、マスター」
「もちろんです」
マスターは軽く頷く。
「なんだ。今日の仁良は冴えているじゃねぇか。俺の持ち物はスマホと現金これだけだ」
全員の荷物を見れば巻き戻りのヒントも得られるかもしれない。
備吾はデニムのポケットの中から、スマートフォンと千円札の束を取り出した。一応現金を持ち歩いているが、遠出でもしなければ最近はスマートフォン一つで事足りる。
「私も全然見てもらって構わないわ」
中年女性は早く自分の潔白を晴らそうと、小さな黒いバッグに入っていたものをぶちまけた。財布にハンカチ、コンパクトと未使用のティッシュ。
確かに毒が入っていそうなものは見受けられない。
「一応、私も見せるべきなのでしょう」
そう言って、根津は黒いビジネスバッグを開いた。中身を取り出していく。皮の手帳にメモ帳、筆記用具、スマートフォンと面白味のないものが出て来る。
「ん? なんだ、これは……」
根津がバッグの中をのぞいて手を止めた。ゆっくりと震える手でそれを取り出す。真っ先に飛びついたのは中年女性だ。
「そ、それは毒ね!」
震える指先で指したのは小さなビンだ。中には白い粉が入っているように見える。
「ま、待ってください。これは何かの間違いです!」
根津は否定するがそれが毒でない可能性は低いだろう。思わず備吾はつぶやく。
「だけど、どうやって」
「そうです! 彼が証人です! 私は彼と話していて、あなたの旦那さんのカップに毒を盛ることなど出来ない!」
根津は必死に否定する。備吾もただ事実を肯定するように頷いた。
「ああ。こいつはこの席から一歩も動いていない」
「しかし、彼がそんなものを持っていたからには、警戒せざるを得ない。そこに座って動かないでください。他の皆さんも持っているものを見せましょう」
単純な注文だが、珍しく仁良はキビキビとこの場を仕切っている。
しかし、根津が犯人だという可能性があるのだろうか。はなはだ疑問だが、物証が出てきてしまった。
仁良が荷物を取り出す。スマートフォンと財布、文庫本だけだ。マスターと沖田はポケットの中を探られる。
「これは……」
出て来たのは沖田のポケットからだ。四つに綺麗に畳まれたティッシュだった。
「決まりだわ! この男が毒を用意して、あの女が夫のコーヒーに毒を盛ったのよ! 共犯よ! 狙いはきっとこの店を落ちぶれさせるためね!」
仁良が言うべき推理を中年女性が全て言ってしまう。
しかし、沖田の方も黙ってはいない。
「そんな! こんなもの私、知りません! それに働いている場所を貶めて何になるんですか!」
「犯人はみんなそう言うのよ!」
女同士で掴み合いになりそうだ。仁良が間に入って、中年女性の肩を押しやる。
「落ち着いてください。今すぐに警察がやってきます。そこで、全て分かるはずです」
ほどなくして、警察はやって来た。毒を盛られたかもしれないとマスターに言われたからだろう。ご丁寧に刑事と鑑識まで来ている。
そして、中年男性のカップと根津が持っていたビン、沖田が持っていたティッシュからは同じ青酸カリが検出された。
「そ、そんな」
「噓でしょ」
根津と沖田は茫然としている。
二人は重要参考人として警察署へ連れていかれることになった。
「備吾さん、私は何も……! この店はただ気に入っていただけで」
刑事に連れられて行かれる根津は、悔しそうに言う。
「ああ。分かっているさ」
答えはこのドアをくぐったときに分かるだろう。




