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怪物たちの再三たる事件簿  作者: 白川ちさと
誰が為の珈琲編

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15. 巻き戻り一回目


 巻き戻り一回目、開始。


 とにかく備吾は状況が分かっていない。根津と打ち合わせをしていて、少し席を外している間に喫茶店内は騒然としていた。


 しかも原因は仁良が倒れていることときた。


 救急車を呼ぼうとしているところに、パニックになった中年夫婦が騒ぎ出して店を出ていく。根津と一緒に追いかけたところ、店の中に戻り、時間も戻っていた。


 頭が痛い。おそらく、仁良は病気で倒れていたわけではないだろう。


「大丈夫ですか。今日の打ち合わせは止めておきますか?」


「いや、大丈夫だ」


 コーヒーがこぼれていた。殺傷された様子もなかったから、毒を盛られたという考えが一番妥当だろう。


 つまり、仁良を助けない限り、時間の巻き戻りも終わらない。この場でお開きにしても、神は備吾を解放したりはしないはずだ。


「……神か」


 つい、自嘲的に笑う。怪物の自分が神を思い浮かべたことが何だか面白かった。


「備吾さん?」


「いや、コーヒーを頼もう」


 なるべく巻き戻る前の状況を再現することが必要だろう。コーヒーを頼み、同じようにヒューのことを語る。


 ヒューは四百年前にイギリスで近所に住んでいた青年だった。幼少のときに知り合い、養子に行き、寄宿学校から出て来ると、近所の住まいで絵のアトリエを開いた。ついぞ売れない作家ではあったが、何年経っても頑固で強情な男だった。


 備吾が人ひとりの一生を知る知り合いは実は少ない。いつまで経っても備吾だけが老けないから、怪しまれる前に住居を移している。


 ヒューの場合は無駄に勘が鋭く、強情に備吾が吸血鬼だと譲らないから折れてしまったのだ。


 備吾は太陽の光も平気で、血を吸う必要もなく、にんにくも何とか食べられる。銀の弾丸は食らったことはないが、おそらく平気だろう。何もしなければ人間とほぼ同じだが、歳を取らないことだけが明確に違った。それは、この巻き戻りが始まったときから、連綿と続いている。


 ヒューの話を小説にするのは、なにも彼を忘れないようにするためではない。


 せっかく日本語で小説を書くスキルを手に入れたので、活用させてもらおうというだけだ。何百年も前に死んだ男がまさか蘇って文句を言いには来ないだろう。


 それに結局のところ、一人の人生をそのまま写すだけでは小説にはならない。ドラマチックに改変して完成したものは、彼らからは遠く離れたものになる。


 小説を書くことは時計を作ることに似ていた。大きな歯車一つでは回らない。小さな部品を組み合わせて出来た時計は、人によって大きく異なる。完成したそれが高級腕時計だろうが、鳩時計だろうが、柱時計だろうが、繊細な作業だった。


「それで、ヒューは――」


 目の前に置かれたコーヒーに手をつけようとして引っ込めた。飲み過ぎるとトイレに行きたくなる。トイレに行くとその間にあったことが分からない。


 ほどなくして、ガシャンという音が店内に響く。


「お客さま?」


 店員の女性が声を掛ける。カウンター席では仁良が突っ伏して倒れているのが、備吾の席からよく見えた。


「心臓マッサージを……!」


 中年夫婦はその場で立ちあがり震えている。マスターがカウンターから倒れている男性に近づいたが、すぐに首を横に振った。


「お亡くなりになっています」


「すぐに救急車を!」


 根津はスマートフォンを取り出す。


「いえ、警察を呼んでください」


「え?」


「口から不自然にアーモンドのような匂いがします。おそらく、毒殺です」


「そんな」


 すぐに備吾はピンときた。


「青酸カリか」


 毒殺だとは思っていたが、これほどはっきり毒殺と分かるとは思わなかった。コーヒーのように味の濃い飲み物に混ぜるなら、他にも分かりにくい毒物があっただろうに。それとも、単に手に入れやすかったのだろうか。


「私、見ました」


 店員の女性が震える声で言う。


 なんだと備吾は思う。目撃者がいたようだ。毒を盛った人間も間抜けなものだ。


「犯人はこの人です!」


「あ?」


 指をさされたのは備吾だ。思わず間の抜けた声が出る。


「亡くなった方と手を上げて挨拶し合っていたんです! 知り合いに違いありません!」


 備吾は頭の痛い思いで、眉間に深くシワを刻む。


「知り合いだからって犯人とは限らないだろうが」


「でも、この店に他に知り合いの人はいないはずです。この人を殺す動機なんて他の人にはありません」


 言われてみたらその通りだ。どうして、犯人は仁良を殺そうなどと思ったのだろうか。備吾はマスターに視線を向ける。


「いえ、私は会話をしたこともありません。最近何度か来店していただいているお客様だという認識しか……」


「私もです」


 喫茶店の人間はそろって、仁良のことをよく知らないと言う。


「私たちは単純に居合わせた客ですよ!」


 中年夫婦は警戒するように主張した。


「……私も同じです。失礼ですが、備吾さん。彼との仲はどのような」


 根津に至っては、備吾に疑いの視線を向けて来る。信用関係がないことは分かっていたが、こうも簡単に疑われるとは思わなかった。


「なんだよ! こいつとは同居人だよ! だけど、お前俺がずっと座っていたのを見ていただろうが! どうやって毒を盛るんだよ!」


「まあ、確かに……」


 根津が頷くが、疑いの目は晴れない。備吾は大きく舌打ちをする。その不遜な態度がさらに警戒させたようだ。


「トイレに閉じ込めておきましょう。いつ逃げ出すか分からない」


「お、おい!」


 中年の男性が備吾を捕まえ、トイレの方へと連れていく。興奮しているせいか力が強く、体力のない備吾では振り払うことも出来ない。トイレのドアをくぐる。


 すると、備吾はまた店に入店した。




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