休む
三題噺もどき―ろっぴゃくじゅうに。
紙に眼を走らせ、見開きが終われば、次をめくる。
文字の羅列が心地よいテンポで並び、次々とめくる。
「……」
手触りのいい紙の上を、指が滑る。
紙をめくり、次の展開へと物語は移っていく。
「……」
半月にも満たない、か細い月の光で照らされた物語は。
心躍る……とまでは言わずとも、今の私には心地がいい。
「……」
時折、ずり落ちてくる眼鏡を掛けなおしてみたり。
机の上に置かれたマグカップに手を伸ばしてみたり。
ここから見える、キッチンにふと視線をやってみたり。
「……」
何やらまた作っているらしい。
キッチンから聞こえるその音も、不思議と落ち着くものがあった。
集中したいなら、読書くらいは部屋でするのだけど、今日は部屋にはこもらないでくださいと、アイツに言われたので。
大人しく、リビングで静かにしている事にしたのだ。
「……」
そうでなくても。
昨日のうちに仕事のほとんどを終わらせてしまって、やることが若干なくなりつつあったので、部屋にいなくてもいいと言う状況が今は必要なのかもしれない。
……とはいっても、来月締め切り分まで終わらせてしまっただけなんだが。
「……」
まぁ、どちらにせよ。アイツに心配やら迷惑やらをかけたのは事実なので、大人しく従うことしかしないが……。全く私はどういう立場なんだ。
仕事のことは今は忘れて、休むことにしよう。
「……」
そう決め込んで、読書を再開する。
実のところ、読書をすること自体は昔から好きだったので、部屋には本が積まれていたりする。電子書籍を利用することもあるが、それを読んだうえで気に入ったものは買うとか、そんなことをよくする。
「……」
今日のこれは、気に入りの作者の書いた本で。
積読状態になっていたのを引っ張り出してきた。なんだかんだ、仕事やらなんやらで昨年の年末はバタバタしたし、年が明けてからもまぁ、色々あったから。
「……」
紙をめくり、物語をめくる。
展開していく物語は、徐々に佳境へと向かっていく。
と、その時に。
「……」
ふわ―と、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
香りの元であろう、キッチンを見やると、オーブンから何かを取り出していた。
さて、今日は何を作ったのだろうか。
「……」
まぁ、丁度キリがいいし。集中も途切れ途切れになっていたので、ちょっと覗いてみるとしよう。
本を閉じ、机の上に置き、少し固まった体を伸ばす。
座っている時の姿勢がよくないのは何とかしないとなぁ。
「……」
そろそろと、キッチンに近づくと、更に甘い匂いが鼻をつく。
シンクはすでに空になっており、使った道具類は洗われて、水切りラックの上に並んでいた。そのあたりを見る限り、作ったものの検討は案外つく。
「あ、焼けましたよ」
「……そのようだな」
オーブンから取り出されたトレーの上には、クッキーが並んでいた。
今日はシンプルなバタークッキーだろうか。この間はココアクッキーを焼いていた。
しかし、その形がいつものシンプルな丸ではなかった。
「型でも買ったのか?」
「あぁ、はい。たくさん出ていたので」
そうか、時期的にはバレンタインとやらが来るのか。あまり関係がないのだが、お菓子をあげたりもらったりするらしい。ハロウィーンに似ているのだろうか。どちらかというと、チョコ菓子の方が多いらしいが、クッキーをあげたりもするんだろうか。
まぁ、これにチョコペンとかで書けばそれらしくはなるのか。
「やけにかわいい型だな」
「そうですね、こんなのばかりでしたよ」
バレンタインということがあるのか、口紅だったりまんま唇の形だったり、紙に包まれたキャンディだったり板チョコの形だったりと、まぁ、こんなにもあるのか。クッキー型ってもっとシンプルなものだと思っていた。
「他にもハートとか、クマの形をしているのもありましたよ」
「ほぉ……」
まぁ、自分で作ることはないので買うことはないかもしれないが。お菓子はどうにも作るのは向いてないのだ。なぜか失敗する。
しかし、今度買い物に行くときにでも軽く覗いてみてもいいかもしれないな。買って置いておけば、コイツが使うだろうし。
「今日、散歩は行きますか」
「いや……」
「なら、お湯を沸かしておいてください、休憩にしましょう」
そういいながら、並んでいたクッキーを、適当に取り出した皿にのせていく。
そのあたりのこだわりはないので、ホントに適当である。積んでいる。
「……」
「なんですか」
「いや」
ま、食べてしまえば形なんてどうでもいいからな。
コイツは作れれば何でもいいんだろうし、私は食べられれば何でもいい。
さっさとお湯を沸かして、休憩にしよう。
「ん、うまいなこれ」
「少し量を変えてみたんです」
「ふーん……お前、料理研究家にでもなるのか?」
「なりませんけど」
お題:キャンディ・クッキー・口紅