武器庫
塔の内部は思った以上に静かだった。
外壁を抜けてメンテナンスハッチから侵入したラフィを迎えたのは、薄暗い配管の迷路と、かすかに響く機械の作動音だけだった。
足元の鉄板を踏むたびにわずかな軋みが伝わる。だが、ラフィの足音はそれすら打ち消すほど静かだった。まるで音そのものを押し殺すかのように。
ヘッドホンからは依然として『Seven Nation Army』が流れ続ける。
そのリズムが、心拍と呼吸を完璧に同調させる。
『メンテナンス通路、監視カメラ3基確認。回避ルートを表示します。』
MUSE の声が耳元で響く。
投影されたホログラムが薄暗い配管の壁に浮かび上がり、ルートを示すラインが走る。
ラフィはすぐにラインを追い、無駄なく動いた。
カメラの視界を正確に読み、死角から死角へと滑るように移動する。
ドゥーンドゥン。
ドゥーンドゥン。
脳裏で鳴るベースラインが、慎重に動く身体を後押しする。
スピーカーからは時折、警備兵たちの無線が漏れてくる。
「……南側異常なし、巡回続行。」
「……エネルギー管理システム、正常稼働中。」
平穏そのものだ。
この塔に嵐が迫っているとは、誰も気づいていない。
ラフィはすれ違う配管の影に身をひそめる。
警備兵の影がパイプに映るが、彼らはそのまま何も知らず通り過ぎていった。
『巡回ルート、正常。進行ルートはクリアです。』
MUSE の冷静な報告。
ラフィは声を発さず、わずかに顎を引いて返事の代わりとした。
目的地は、武器庫。
塔の中心部、ガラス張りの大広間の奥にある最重要区画だ。
音楽のリズムを刻みながら、ラフィは鉄骨の梁を渡り歩く。
下では警備兵たちが緩やかな巡回を続けているが、誰一人として天井裏の影に気づく者はいない。
『次の分岐路、排気ダクトルート推奨。検知音を抑えつつ進行可能です。』
ラフィはダクトの開閉部を見つけ、器用に開ける。中に身を滑り込ませると、乾いた金属の冷たさが全身を包む。狭い空間だが、足音を完全に消せるのは利点だった。
進みながら、微かな振動が伝わってくる。
塔全体が稼働している証だ。
生命維持装置の脈動のように、建物が生きている。
ドゥーンドゥン。
ドゥーンドゥン。
ラフィはリズムを頼りに呼吸を整える。
視線は一点の曇りもなく、ただ目標だけを捉えている。
ダクトを抜けると、塔内部の管理フロアに出た。
金と赤を基調にした悪趣味な装飾が並ぶ廊下。絨毯の上を進むラフィの足音は、もはや完全に消えていた。
塔の中央ホール。武器庫へと続く扉が見えた。
『武器庫、接近。敵兵数2名、監視カメラあり。行動パターン:定期巡回。』
ラフィはホログラムで敵兵の動きを確認し、息を潜める。
カメラの死角に入るタイミングを読み、無駄のない動きで扉の前に滑り込む。
手を伸ばし、慎重にパネルを操作する。
――カチリ。
電子ロックが静かに解除される。
『武器庫への侵入成功。警戒レベル:現状維持。』
MUSE の声が耳元で響いた瞬間、ラフィは扉を開けて中へと身を滑り込ませた。
内部は豪奢でありながら、どこか歪な空気が漂っている。
金箔が施された壁、赤いベルベットの展示台、その中央には明らかに場違いな輝きを放つレブの銃が飾られていた。
静かに近づきながら、ラフィは目を細める。
「見つけた。」
その声はほとんど囁きだったが、耳元の音楽がしっかりとそれを拾い上げた。
ドゥーンドゥン。
ドゥーンドゥン。
彼女の指が銃に触れるまで、警報はまだ鳴らない。